新17話 積み重ねてきたもの

 ルーゼ、ミシェーラ、フィオの三人は酒場で来客を待っていた。


「時間か……」

「うん、だけど……」

「誰も来ませんね……」


 だが、酒場の中で三人は落ち込んでいた。

 パーティの開始時刻を過ぎても、人っ子一人現れなかったからである。


「人間は、魔族が来るかもしれないって、思ったから来ないのか……?」

「それじゃあ、魔族も、人間が来るかもしれないって、思ったのかも……」

「お二人とも……」


 ルーゼとミシェーラは、特に落ち込んでいた。

 自分達がやったことが、意味がなかったと思ってしまったからである。


「おや、三人とも、どうかしたのかな?」


 そんなことを言っていると、店の奥からマスターがやって来た。

 ルーゼは、マスターを見て責任を感じてしまう。せっかくの酒場に、人が来ないのは自身が提案したせいだと思ったからだ。


「マスター……すみません。僕が変な提案をしたせいで……」

「そんな! ルーゼ」

「ルーゼ、自分を責めては駄目ですよ!」


 だが、そんなルーゼに対して、マスターは笑っていた。その様子は、客が来ていないことをなんとも思っていないかのようだ。

 そのことに、ルーゼは目を丸くする。


「マスター?」

「三人とも、諦めるのが早すぎやしないかい? まだ、店は開いたばかりだよ」

「だけど、誰も来ないなんて……」

「おーい!」


 ルーゼが悲観していると、酒場の扉が開かれた。

 そして、中年男性の集団が現れる。


「いやあ、マスター、遅くなってすまねえな。こいつら、かき集めてたら、時間かかっちまって、って、なんだ、俺らが最初か?」

「カーターさん!」

「おお、ルーゼ。準備、ご苦労だったな」


 そこに現れたのは、カーター率いるこの町の男性達だった。

 ルーゼ達は、思わず驚いてしまう。


「マスター、来たよ」


 また、酒場の扉が開かれる音がした。

 ルーゼがそちらを見ると、ミトと数名の老人達がいる。


「ミトさん!」

「おや、ルーゼ、こんばんは」

「マスター、帰ったぜ!」

「チャック、うるさいよ」


 そんなミト達に続いて、さらに来客が現れた。

 それは、チャックとシムアと数名の若者達である。

 いなくなった二人が、現れたことで、ルーゼ達はさらに驚いてしまう。


「チャックさん! シムアさん! 一体どこへ?」

「おお、ルーゼ、俺達は、こいつらを呼んでいたのさ」

「皆、行こうかどうか迷っていたみたいだから」


 そんなルーゼ達の耳に、またも扉の開く音が聞こえた。

 さらに、来客が来たのだ。


「あれ? お姉ちゃん、まだ来てないのかな?」

「ニャー?」

「リネ、テール、落ち着きなさい」

「リネちゃん……?」

「あ、ルーゼお兄ちゃん。ピピィお姉ちゃん、知らない?」


 そこには、リネとその母がいた。

 さらに、他の子供やその母親達もいる。


「私とリネで、声をかけたのよ」

「うん! そうなんだよ!」

「そ、そうだったんですか……」


 周りを見ると、酒場は人間達で溢れていた。

 それは、今まで魔族が助けてきた人々の呼びかけに応えてくれた者達だ。


 そこで、ルーゼはミシェーラの顔を見つめる。


「ルーゼ?」

「ミシェーラ、魔族達が助けた人達が、皆を集めてくれたんだ。魔族の心が、ここに人を呼んでくれたんだよ!」

「ルーゼ……うん、よかった……」

「人間だけじゃないよー!」


 続いて、扉を開ける音とともにピピィが現れた。

 ルーゼとミシェーラは、二人でそちらを見つめる。


「ピピィ!」

「ルーゼ、私の後ろ、見てみて」

「あ、ああ!」


 ピピィの後ろには、たくさんの魔族達がいた。

 二人は、その光景に驚く。

 ただ、ピピィやゴゴが何をしていたかを理解する。

 人間だけでなく、魔族にも呼びかける者がいたのだ。


「宿舎の魔族に、ゴゴとスーネ、それにガルスと一緒に呼びかけたんだ。マリッサも手伝ってくれたしね」

「ゴゴ!」

「久し振りね」

「ルーゼよ、上手くいったようだな」

「私は、あまり何もしてないんだがねえ」


 見知った者達が、ルーゼに呼びかけてくる。

 そのことに、ルーゼは少し笑ってしまう。嬉しさが、溢れてくるのだ。


「やってるか!」

「レドックさん、もっと静かに……」


 さらに、レドックとカテリナも現れた。

 そして、ルーゼにとって、かなり近しい人物もそこにいる。


「ルーゼ」

「町長!」

「これが、お主の導いた者達か……よく頑張ったな。町長として、感謝したい……」

「町長、ありがとうございます」


 ルーゼは、町長に歩み寄った。

 その顔は、笑顔に溢れているのだった。




◇◇◇




 町長と話している時、ミシェーラは、ピピィとゴゴと話していた。


「ピピィも、ゴゴもそんなことしていたんだ」

「ミシェーラ、仲間外れにしてごめんね。でもね、ミシェーラにはいつも頑張ってもらってるから、たまには、ピピィ達もって、ゴゴと相談したんだ」

「ゴゴ!」

「そうだったんだ……二人ともありがとう」


 二人の言葉は、ミシェーラにとっても嬉しいことだった。

 そのため、ミシェーラも自然と笑みを零してしまう。


「うん?」

「え?」

「ゴゴ?」


 三人がそんな話をしていると、男二人組が近くに寄ってきた。

 その顔には、ミシェーラ達も見覚えがある。


「あ、あなた達は……!」

「ああ!」

「ゴゴ!」

「よう……」

「おおよ……」


 その二人組は、三人がルーゼと最初に会った時、因縁をつけてきた二人組だった。

 そのことに、ミシェーラ達は少し警戒する。何をしてくるか、わからないからだ。

 だが、男達の言葉は予想していないものだった。


「あの時は……すまなかった!」

「俺達、魔族のことを勘違いしていたぜ。この通りだ、申し訳ない!」


 二人の男は、深く頭を下げながら、謝ってきてきたのだ。


「……」

「……」

「……」


 三人は、顔を見合わせる。

 ここまで、頭を下げられたなら、答えは一つだろう。


「もういいですよ」

「うん、うん、ピピィ達、もう気にしてないよ」

「ゴゴ」


 二人の男は、顔を上げる。


「ありがとよ」

「ああ、恩に着るぜ」


 そして、それぞれそう言ってから、去っていった。

 そんな三人の元に、ルーゼが駆けてくる。


「ミシェーラ、ピピィ、ゴゴ……」


 ルーゼは全てを見ていたようだ。

 その心配そうな表情が、それを物語っている。


「ふふ、よかったよ、これで」

「うん、うん、よかったよ」

「ゴゴ」

「皆……」


 ミシェーラ達の言葉で、ルーゼも安心したようだ。


 次に、四人は辺りを見渡す。

 すると、人と魔族が話し合っているのが見えた。

 まだ、ぎこちないが、それぞれが歩み寄ろうとしているのだ。


「さて、皆さん! 本日のメインイベント! フィオさんによる歌です!」

「皆さん! よろしくお願いします!」


 拍手の後、フィオの歌が、辺り一面に響いた。

 今まで、話していた者も耳を傾ける。

 そこに、人間も魔族も関係はない。

 

 それからも、パーティは続いていく。




◇◇◇




 パーティは長い間続き、やがて終了していった。


 それぞれ、まちまちに帰宅したが、ルーゼ達は最後まで残っていた。

 辺りには、色々なものが置いてあり、酒場は元の姿ではない。


 片付けについては、後日行うことになった。

 もう夜も遅いので、今からすることはできないという判断だ。という訳で、皆帰ることになったのである。


 ピピィがリネの家に泊まることから、ゴゴがそちらを送ることになった。

 そのため、ミシェーラは、ルーゼが送ることになったのだ。


 そういう事情があって、ルーゼはミシェーラと一緒に歩いている。


「ルーゼ、森の泉に寄っていかない?」

「えっ?」

「ちょっと、ルーゼと話したいと思って」


 そこで、ミシェーラはそんなことを言ってきた。

 少し疑問に思ったが、ルーゼにとってもそれは悪い提案ではない。なぜなら、彼にも話したいことがあるからだ。


「……いいよ、行こうか」


 こうして、二人は森の泉に、立ち寄ることとなった。




◇◇◇




 ルーゼとミシェーラは、森の泉に来ていた。

 そこで、ルーゼはゆっくりと口を開く。


「……思えば、ここにミシェーラが来なければ、僕の計画は実行できなかったかもしれない」

「ルーゼ?」

「ありがとう、ミシェーラ。君がいたから、僕はやってこられた」

「ルーゼ……」


 その言葉を聞いて、ミシェーラは首を横に振った。


「うんうん、お礼を言うのは、私の方だよ。ルーゼのおかげで、魔族と人は分かり合えたんだよ」

「ミシェーラ……」

「ルーゼがいなきゃ、私だけじゃ、何もできなかったよ。だから、ありがとう」


 ミシェーラの言葉を、ルーゼは嬉しく思った。

 だから、手を伸ばす。ミシェーラとしてきたことを讃えるために。


「ミシェーラ、握手してくれないかな?」

「握手?」

「今までの色々とか、これからよろしくっていう意味を込めてさ」

「……うん! これからもよろしくね、ルーゼ!」


 ミシェーラは、ルーゼの手を握り、強く力を込めてくる。

 そこには、今までの感謝と、これからもよろしくという意味が込めてあるように思えた。


「ふふっ」

「ははっ」


 そして、二人は笑い合う。

 自分達のこれまでを振り返りながら。


 だが、その時だった。


「ミシェーラ、少し様子を見ていれば……」


 低い男の声が、辺りに響く。

 それは木の陰から、放たれた言葉だ。


「えっ?」

「誰だ!」


 呼ばれたミシェーラは、驚いたような表情になった。

 そんなミシェーラを庇うように、ルーゼは前に出る。


「ふん、矮小なる人間と手を取り合うなど、悪魔の風上にも置けん……」


 以外にも、木陰に隠れた男は、すぐに出てきた。

 その姿に、ルーゼは驚いた。

 目の前に現れたのは、ミシェーラと同じ悪魔である。


「ド、ドレイク……」

「ドレイク?」


 ミシェーラの発した名前に、ルーゼは聞き覚えがあった。

 その名前は、人間達にとっても有名な名前なのだ。


「まさか……闇魔将、ドレイク……!」

「ほう、俺を知っているようだな」


 闇魔将ドレイク、魔王軍の幹部の一人にして、悪魔軍団を指揮していた男である。

 ルーゼの額から、汗が流れてくる。


「そんな男が、どうして……?」


 ルーゼに、未だない危機が訪れようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る