新18話 魔王軍幹部だった男

 ルーゼとミシェーラは、悪魔であるドレイクと対峙していた。

 ドレイクは、かつて魔王軍幹部だった男だ。そんなドレイクの出現に驚いているルーゼに、ミシェーラが説明をし始める。


「ドレイクは、私のいとこなの。だけど、どうして、ここに来たかはわからない……」

「ふん。誇り高き悪魔が人間と馴れ合うとは、愚かな! 叔父上から貴様が、人間の町に行ったと聞き耳を疑ったものだ……」


 ドレイクは敵意を込めた目で、ルーゼを見つめてきた。

 先程からの発言からもわかるが、かなり人間を嫌っているようだ。


「ここに、何をしにきたの?」

「貴様を迎えに来たのだ。俺とともに帰れ。これ以上、誇り高き我ら血族を人間と触れ合わせる訳にはいかん!」

「そんな! 私は、自分の意思でここに来た。それに、お父様もお母様も許してくれたことだよ!」

「貴様に選択権等、ありはしない!」


 ドレイクは、ミシェーラの話などそもそも聞く気がないらしい。このままでは、ミシェーラを力づくで連れ帰ってしまうだろう。

 そう思ったルーゼは、なんとかしてドレイクを止めなければならないと感じた。かつての魔王軍幹部は恐ろしかったが、ルーゼは口を挟むことにする。


「待ってください! あなたの……」

「ミシェーラ! さっさと俺と来い! 俺に余計な力を使わせるな」


 ドレイクは、ルーゼの言葉など聞こえていないように話を続けた。

 どうやら、ルーゼの存在など気にも止めていないらしい。

 そこでルーゼは、アプローチを変えることにする。


「さっきから聞いていれば、勝手なことばかりだね。魔王軍元幹部の割には、小さい男のようじゃないか?」


 ルーゼは軽く挑発するようにそう言った。

 すると、ドレイクはルーゼを睨みつけてくる。


「人間よ、貴様の意見など、聞くに堪えん。この場から、去らぬというなら消し炭にするぞ……」


 以外にも、ドレイクはそれに反応した。

 煽り耐性は、そこまでないようだ。


 ルーゼはとりあえず、ドレイクを引き付けることにする。


「はっ! 嫌がる者を無理やり連れ帰ろうなど、誇り高き血族が聞いて呆れる!」

「……俺を愚弄するとは、命知らずな奴だ。人間らしき、愚かさだ」


 ドレイクは、本気でルーゼに狙いをつけたようだ。

 態勢を変えて、構えをとってくる。本当に、戦闘することになりそうだった。


 選択肢をやや間違えたかもしれない。そう思ったルーゼだったが、今更引き返すことはできなかった。


「ミシェーラ、少し離れていて……」

「ルーゼ……」

「大丈夫……」


 ルーゼはミシェーラに離れているように合図し、臨戦態勢をとる。

 何より、こうなってしまったら、どうしようもない。ルーゼにできるのは、相手の攻撃を躱しながら、説得するくらいだろう。


「人間にしては、潔いな。逃げず、戦うことを選ぶか」


 ドレイクは喋りながら、右手の人差し指を立てた。

 すると、その指を覆うように黒い煙のようなものが発生する。


「なんだ……あれは……? まさか……闇?」


 ルーゼは、その黒いものに、言い知れぬ恐怖を感じた。そして、あれこそが、闇魔将の由来たる闇だと予測する。

 闇は螺旋を描くように、ドレイクの指を覆い、一本の針のような形状になった。


闇螺旋ダーク・スパイラル……」

「何……?」

「行くぞ……!」


 ドレイクは大地を大きく蹴り、ルーゼ目がけて飛び出してきた。


「くぅ!」


 ルーゼは、咄嗟に横方向へ移動し攻撃を躱す。


「ふんっ!」

「くそっ!」


 ドレイクは一度急停止し、身を翻して再びルーゼに向かってきた。

 ルーゼは、必死に体を動かし、なんとかドレイクの軌道から外れる。

 今度は止まらず、そのまま近くの木に攻撃がめり込んだ。


「ほう、ただの人間という訳でもないようだな」


 ドレイクは、木から指を引き抜いた。そして、ルーゼはその光景に驚愕する。

 木には、ドレイクの指程の穴がくっきりと開いていた。あの攻撃を受ければ、一たまりもないことを、ルーゼは理解する。


「ドレイク! もうやめて!」


 その時、ミシェーラの声が響いた。

 それは、とても悲痛な声だ。


「ミシェーラ! こいつが貫かれるところを見たくなければ、すぐに俺と来るのだな……」

「えっ!」

「矮小なる人間など、いつでも消せる。今のは、手加減していたに過ぎん。貴様がこの俺と帰るというなら、今は見逃してやろう」

「そ、それは……」


 ドレイクの言葉に、ミシェーラは考えているように見える。恐らく、責任を感じているのだろう。


 だが、ルーゼはミシェーラにそんなことを望んではいない。

 ミシェーラは、何も悪くないのだ。それなのに、彼女を帰らせるなどいいはずがない。


「ミシェーラ! 僕なら大丈夫だ! それに、ドレイクは僕を傷つけられないさ」

「だけど、ドレイクは攻撃を!」

「僕を悪魔が傷つければ、それは種族間の大問題だ! 元幹部ともあろう者が、それを理解していないはずがない!」

「えっ? そんな……」


 ルーゼは、ドレイクの攻撃がこけおどしに過ぎないとわかっていた。

 現在、人間が魔族を傷つけるのもその逆も、どちらも大きな問題となる。特に、立場がある者なら猶更だ。


 無論、理由があれば話は別だが、今回のような理由では、ドレイクに非があると判断されるだろう。

 魔王軍の元幹部ともあろう者が、それを理解できていない訳がない。


 そのため、ドレイクがルーゼを傷つけることはできないはずなのだ。


「ふん、人間が……勘違いするなよ。貴様一人消したところで……」

「違うね! あんたと僕の問題ではない、人間と魔族の問題だ!」

「ふんっ……」


 ドレイクは、ルーゼの言葉で少し怯んだ。どうやら、図星であるらしい。

 彼自身の思想はともかく、今、ルーゼを傷つけるのは、得策ではないと心の底ではわかっているのだろう。


「さっきから、うるさいゴミが……」


 しかし、そのことが逆に彼を激昂させてしまったらしい。

 見下している人間に、心の内を見抜かれるが、耐えがたい屈辱だったのだろう。


闇螺旋ダーク・スパイラル!」


 ドレイクは再び、ルーゼ目がけて突進してきた。

 今度は、外す気などなさそうだ。


「駄目!」


 ドレイクが飛び出したのと同時に、ミシェーラが魔法を放っていた。

 どうにかして、ルーゼを助けてくれようとしているようだ。


「くっ!」


 ルーゼも体を移動させて、攻撃を躱そうとする。

 だが、先程よりもドレイクの動きは速かった。


「ちっ!」

「ぐああっ!」

「ルーゼ!」


 結果的に、ミシェーラの魔弾はドレイクに着弾し、その軌道を少し反らした。

 そのため、ルーゼの体を掠めるように、ドレイクはバランスを崩す。

 ルーゼの腕は、ドレイクの攻撃によって削られて、そこから血が噴き出す。


「ミシェーラ、貴様……人間を助けるなど、どういうつもりだ」

「ドレイク! これ以上、ルーゼに攻撃しないで!」

「いや、許さん! こいつは、ここで消し炭にしてやる!」


 激しい痛みに耐えながら、ルーゼはなんとか意識を保っていた。

 そんな中で、ルーゼは一つのことを考えていた。先程からの、ドレイクの言動はいくらなんでも、人間を敵視しすぎている。

 その理由が、気になってしまったのだ。


「ドレイク! あんた、何故そこまで、人間を恨む!? 確かに、戦っていたこともあった。しかし、争いは終わったんだ!」

「……終わった? 馬鹿げたことを……争いは終わらん。終わらせてはならんのだ!」


 ドレイクは激しく叫びながら、その地を踏んだ。すると地面が割れ、ルーゼはバランスを崩してしまう。

 さらにドレイクは、再び踏み込みルーゼを指で攻撃してきた。ルーゼは、持てる力を振り絞って、躱すことに専念する。


「貴様ら、人間を俺は許すことなどできん!」

「何故だ! 戦いが終わったというのに、過去の遺恨を持ち出しても、どうしようもないじゃないか!」

「なぜなら、俺の……俺の!」


 ドレイクの猛攻をギリギリで躱しながら、ルーゼは会話を続いた。

 そこに、ドレイクを説得するヒントがあるはずだからだ。何かなければ、ドレイクを止めることもできないのである。


「何だというんだ? あんたに何があった!?」

「教えてやろう! 俺の父と母は! 人間に殺されたのだ!」

「なっ……!」

「故に、俺は人間を許しはしない! 一人残らず、俺が消してくれる!」


 ドレイクの言葉にルーゼは驚くことになった。

 なぜなら、その言葉はルーゼにとっても、重要なことだったからだ。


「貴様らを許せるはずもない!」

「ぐああっ!」


 言葉で動揺したルーゼに、ドレイクの指が掠った。

 ルーゼの体に、激しい痛みが走る。


 だが、ルーゼは痛みよりも思考を優先させていた。

 彼の過去が、そうさせたのだ。


 一瞬の中、ルーゼの思考は加速していく。

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