新14話 職人の仕事

 ルーゼ達は、マスターに連れられて、ある場所に来ていた。


「マスター、ここって」

「ああ、ルーゼ、君は知っているね」


 この場所がどういう場所か、ルーゼは知っている。

 町のことで、ルーゼが知らないことの方が珍しいのだ。


「邪魔します」


 マスターがドアを開けると、老人が木を切っている光景が皆の目に入ってくる。

 それこそが、この場所で行われている仕事の関わることなのだ。


「うん? マスターにルーゼ、それに……魔族か?」

「レドックさん、今はよろしいでしょうか?」


 レドックと呼ばれた老人は作業を止めて、こちらに寄ってきた。


「ああ、かまわないぜ。何の用だい?」

「実はね……」


 マスターは、レドックに事情を説明する。


 自身の酒場で、ローレライのフィオを雇おうと思っていること。だが、そのためには、移動手段が必要であることなど、包み隠さず話していく。


 マスターの話が終わり、レドックは驚いたような顔になった。

 さらにレドックは、魔族達を見つめる。


「なるほどな……事情はわかったぜ」

「ああ、あなたの力で、どうにかできないだろうか?」

「まあ、できる限りはやってみるさ、それでフィオでいいのか? ちょっと、こっちに来てくれ」

「あ、はい……」


 レドックに呼ばれ、フィオはゆっくりと近づいていく。

 少し怖がっているようにも見えるが、恐らくは大丈夫だろう。


「なるほど……理論的には、大丈夫かもしれんが、本来は人間用だからな……」


 レドックは、近づいてくるフィオの下半身を見つめていた。その瞳は、真剣だ。色々と考えているのだろう。


「ねえ、ルーゼ。レドックさんは、何をしている人なの?」

「ああ、それは……」


 そんなレドックの様子を見て、ミシェーラは疑問を口にした。

 まだ、魔族達には何も話していないので、それも当然だろう。

 だが、ルーゼがミシェーラの問に答えようとする前に、レドックが声をあげる。


「ミシェーラといったか? 俺が何か気になってるなら、答えてやるぜ。俺は、職人をやっている。いわば、物作りのプロってとこか」

「物作り? それって……」

「まあ、何限るって訳でもないがな。一応は木製の物を取り扱ってる」

「木製……それって、フィオの車椅子も!」

「そういうことさ!」


 レドックは、木製品を作る職人だった。車椅子も木製であるため、マスターは、彼に依頼したのである。


「それで、レドックさん、彼女の車椅子を改良できますか?」

「ああ、この車椅子に今、足りないのは、強度だ! 本来なら、軽い段差くらいなら、越えられるだろうが、こいつの作りは少々甘い。だが、それだけじゃだめだろうぜ」

「ほう、それは?」

「ああ、悔しいが普通の方法じゃあ、大きな段差を越えることはできねえ」


 レドックは、そこで懐からある物を取り出した。

 それは、ルーゼ達も知っているものだ。


「こいつは、魔石と呼ばれる代物だ。こいつには、飛行フライという魔法が込められている。この石に刺激を与えると、浮遊することができるのさ。具体的には、魔力を込めたりな……」


 魔石とは、魔力を込めたりすることで、魔法が使えるものである。

 レドックが持っている魔石は、飛行フライという魔法が使えるらしい。

 その言葉により、皆も理解する。レドックは、その魔石を使おうというのだ。


「魔力……つまり、私の魔力を使って、車椅子を浮かせる、ということでしょうか?」

「ああ、ローレライなら、魔力を持っているだろう?」

「ええ、魔力なら問題ありません」


 ローレライは、基本的に魔力が強いといわれる種族である。

 そのため、レドックはこのような提案をしたのだろう。


 しかし、その話を聞いて、ルーゼは根本的なことを思った。そもそも、車椅子と組み合わせる必要があるのかと。


「ちょっと待ってください、レドックさん。それなら、元々、フィオが浮遊石で浮かべばいいだけじゃないんでしょうか?」

「魔石は、残念ながら、そこまで、万能じゃないのさ。長時間浮かぶには、魔力をかなり消費しちまう」

「なるほど、それで、車椅子と組み合わせて使うということですか……」


 レドックの言葉で、ルーゼは理解する。

 戦闘に慣れている魔法使いならともかく、一般の者はそこまで魔力を持っていない。そんなフィオが魔石を使い続けるなど、不可能なのだ。


「そういうことだ。じゃあ、早速、作業するから、フィオは、そっちの椅子に移ってくれ」

「あ、はい、わかりました」

「悪いが、ちょっと待ってろ」

「ゴゴ……」

「あ、ありがとうございます」


 ゴゴによってフィオが椅子に移され、レドックの作業が始まった。

 ルーゼ達は、しばらく待機するのだった。




◇◇◇




 しばらく待っていると、レドックの作業が終了した。

 そこには、改良された車椅子が置いてある。


「できたぜ、改良版車椅子の完成だ」

「見た目は、あまり、変わってないですね」


 ルーゼが、素直な感想を呟いた。車椅子は、あまり見た目は変わっていない。

 だが、肘かけの部分に、レバーのようなものがついている。それが、何か特別なものなのだろうか。


「ああ、このレバー以外は、強度を強化したりしただけだからな。とりあえず、座ってみてくれ」

「あ、はい」

「ゴゴ……」

「あ、ありがとうございます」


 レドックに言われ、ゴゴが動く。

 そして、フィオを車椅子に座らせた。

 すると、フィオは、驚いたような表情をする。


「なんだか、座りやすい気がします」

「ああ、フィオの体に合うように、調整したからな」

「そうなんですか、ありがとうございます」

「そのレバーを持って、魔力を込めてみな」

「はい……」


 フィオがレバーを持つ。

 次の瞬間、椅子が少し浮きあがった。

 どうやら、魔力を込めたようだ。


「で、そのレバーを前側に倒してみな」

「は、はい」


 言われた通り、フィオはレバーを倒した。

 すると、車椅子が少し前に進んでいく。


「それで、レバーを戻して、魔力を解除するんだ」

「はい」


 フィオは言われた通り、レバーを戻す。

 さらに、車椅子もゆっくりと下がっていく。魔力を抜いたのだろう。


「すごいです……」

「ふふ、そうだろうな……」

「これなら、フィオさんの移動も楽になりそうだね」


 フィオの言葉に、レドックは少し誇らしげにする。

 やはり、自身の作品に誇りを持っているのだろう。

 フィオは、車椅子に乗ったまま、頭を下げる。


「はい、皆さん、ありがとうございます」

「は、いいってことさ」


 そこで、マスターが懐から財布を出す。

 それを見て、フィオとレドックの表情が少し変わる。


「レドックさん、それでは、この依頼の代金なのだが……」

「あ、マスター、代金なら私が働いて払います」

「いや、いいのさ。私が、頼んだことだからね」

「いい、いい、代金は今度一杯、奢ってもらうのと、フィオの歌でいいさ」

「レドックさん……今度、いい酒をお出しします」

「……私も、素敵な歌をお届けします」


 代金の話は、それで終わった。

 レドックさんは、そういう人間なのだ。


 フィオは、喜んでいるように見えた。

 ルーゼも、その光景に喜んだ。

 人間が魔族にこんなにも良くする。それは、少し前までは考えられなかったことだ。


「ねえ、ルーゼ、ゴゴ」

「何かな? ミシェーラ」

「ゴゴ?」


 そんなことを思っているルーゼに、ミシェーラが話しかけてきた。

 ミシェーラも、嬉しそうだ。


「フィオはね。普段から、自分が迷惑をかけるからって、遠慮して、一緒に出かけたりしないんだ」

「そうだったのか……」

「うん、だから、私も今、とっても嬉しいんだ」

「ゴゴ!」

「そうだね。僕も、嬉しく思うよ……」


 今回の出来事で、ルーゼは思う。

 今までは、魔族が人間の手助けをしていたが、今回は人間が魔族のために働きかけた。ピピィの出来事も合わせて、人間と魔族の共存が、この町で行われようとしている。

 それこそが、ルーゼの目指した理想だ。


「さて、皆さん。よろしいでしょうか」


 そこで、マスターが声を発した。

 その場にいる全員が、マスターの方を向く。


「フィオさんの移動の問題は、解決できました。しかし、もう一つやるべきことがあります」


 マスターの言葉に、全員が首を傾げる。

 一体何をするべきなのか、わからなかった。


「やるべきことですか……何でしょう?」


 それに対して、フィオが疑問を口にすると、マスターは話し始める。


「それは、衣装……。フィオさんの服装は現在も素敵ではあるが、せっかく、店で歌ってもらうなら、それに合った衣装を見繕いたいと思ってしまってね」

「衣装ですか……それは難しいかと。私は、人間とは違う体の造りをしていますから。上半身だけなら、人間と同じですが、下半身用の衣装はないと思います」

「魔族は、この町で服を探すのは、難しいんです。人間と変わらない姿の私でも、羽や尻尾がありますし」

「ほほう。それは、困ったね……」


 マスターは、少し考えるような素振りを見せた。

 しかし、すぐに不敵に笑う。


「ですが、やってみなくてはわからないだろうね……」


 こうして、ルーゼ達は新たなる場所に向かうことになるのだった。

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