新13話 その歌声を響かせて
森の泉で、ルーゼは待っていた。
魔物討伐後、一日の休日を挟み、体は充分元気だ。今日も、また魔族に対する依頼を持ってきている。
昨日、ルーゼは見ていなかったが、ピピィと町の人が協力して、猫を捕まえるという騒ぎがあったそうだ。
人間と魔族が協力して、問題を解決する。それは、ルーゼが望むことだった。
もしそれが、自分達の行動した結果であるなら、これ程嬉しいことはない。
「ルーゼ、おはよう」
「ゴゴ」
待っていると、ミシェーラとゴゴがやって来た。
今日は、ピピィの姿が見えない。
「おはよう、ミシェーラ、ゴゴ。今日は、ピピィがいないね」
「うん、昨日のある騒動で友達になったリネちゃんと遊ぶらしくて」
「ああ、その話なら聞いているよ」
どうやら、ピピィは人間の友達と遊んでいるようだ。
ならば、特に問題もないだろう。
それに、魔族と人間が友達になったというなら、それは喜ばしいことだ。
「それで、今日は二人だけなんだね?」
「うん」
「ゴゴ」
「ゴゴは、カーターさんに呼ばれなかったのかい?」
「ゴゴ」
「うん、そうみたい」
ルーゼには、ゴゴの言葉はわからない。
そのため、ミシェーラに翻訳してもらう必要があるのだ。
ただ、今の言葉だけなら、動作でわかった。頷いてくれたからだ。
「ゴゴ」
「カーターさんが自分の言葉を理解してくれるようになったらしくて、ゴゴ、とってもいい気分らしいんだ」
「へ、へえ……そうなんだ。それは、よかったね」
「ゴゴ!」
ルーゼは驚いた。
カーターが、ゴゴの言葉を理解したというのはそれ程に衝撃的なことなのである。先を越されたという気持ちも、少しあるのだ。
それにしても、何かコツでもあるのだろうか。
そう思ったルーゼだったが、本人の前で聞くのは気が引けたので、何も言えなかった。
「そ、それで、今日の依頼なんだけど、かなり限定的というか、指名というか……」
「うん? どうしたの?」
「ゴゴ?」
そのため、ルーゼは話題を切り替える。それは、今日の依頼のことだ。
ただ、今日の依頼も少し厄介なものだった。
なぜなら、具体的にどの魔族がいいと、指定があったからだ。
「酒場のマスターからの依頼なんだけど、酒場で歌ってくれる歌手が欲しいらしいんだ」
「なるほど……それで?」
「ああ、それで、魔族でも歌が上手いと噂のローレライに協力して欲しいって、依頼なんだ」
ローレライとは人魚の一種である。上半身は人間によく似ており、下半身は魚のようであるのが特徴だ。
その歌声は、かなり魅力的なものであると、ルーゼも聞いたことはあった。しかし、その歌は、人を惑わすとも聞いている。
「ローレライの歌声って、人間が聞いても大丈夫なんだろうか?」
「えっ? 私達は大丈夫だったから、問題ないんじゃないかな」
「ゴゴ」
ミシェーラはそう言っているが、人間と魔族では違う部分があるとルーゼは知っていた。
なぜなら、アルラウネのスーネの力は魔族には影響しないが、ルーゼには影響したからだ。
「それで、ローレライの人にここまで来て欲しいんだけど……」
「うん、それは、大丈夫だと思う。ローレライのフィオなら、多分協力してくれると思うよ」
「そうなのか……それじゃあ、また昼過ぎに集合しよう」
ミシェーラから、思いのほかいい反応が得られたため、ルーゼは安心する。
これなら、問題もないだろう。
そこで、三人は一度別れるのだった。
◇◇◇
ルーゼが森の泉で待っていると、ミシェーラとゴゴ、そして、車椅子に乗ったローレライがやってきた。
「あなたが、フィオさんですね」
「はい、私がフィオです」
「それで、早速で悪いんですけど、依頼の話をしていいでしょうか?」
「その前に、一つだけいいでしょうか?」
フィオは、森の泉の方を見つめて、そう言ってきた。
その瞳は、何か期待に満ち溢れているように見える。
「あそこに入ってもよろしいでしょうか? 私、水を見ると、入らずにいられないのです」
「え? 泉にですか?」
「はい、ミシェーラから森に泉があるという話は、聞いていたのですが……」
「フィオは、遠慮して、ここに来ないようにしていたんだって」
「……そうだったんですか。それなら、存分に入ってください」
「はい、ありがとうございます」
ミシェーラはフィオの車椅子を押し、泉の近くに寄った。
するとフィオは、車椅子から飛び出していく。
そして、泉の中に入る。
「ああ、綺麗な泉ですね……」
「あ、フィオさん、服のまま……」
「ああ、大丈夫だよ、ルーゼ。フィオの服は、水に浸かっても大丈夫な素材で作られているから」
「ええ、心配してくださって、ありがとうございます」
フィオは、かなり嬉しそうにしていた。
ローレライは本来、水辺に住んでいる。そのため、水の中は嬉しいのだろう。
「それに、私に敬語を使う必要はないですよ。年も近いですし、なにより、人間のお友達は、私も欲しいですから……」
「それじゃあ、フィオでいいで……かな? フィオも、敬語をやめても……」
「あ、フィオは、誰にでもその口調だから」
「申し訳ございません。昔から、この口調に教育されているので……」
「ああ、それなら大丈夫だよ」
フィオは、泉の中でリラックスしていた。
その光景も、中々絵になるものだ。ローレライ故に、水が似合うのである。
ただ、そのままという訳にもいかない。
今回は、依頼のために来てもらったのだ。その話をしなければならない。
「リラックスしているところ悪いんだけど、依頼の話をしていいかな?」
「あ、すみません。私、はしゃいでしまって……ミシェーラから聞いていますが、私の歌を皆様に伝えたいというお話でしたね」
「うん、そうなんだ。酒場のマスターからの依頼だから、そこに向かいたいんだ」
「わかりました、それでは、ゴゴ、申し訳ないのですが、そこまで運んで頂けますか?」
「ゴゴ」
ゴゴは、泉の近くまで近寄り手を伸ばす。
フィオはその手を取り、ゴゴに抱き留められた。
「あれ? その車椅子で行くんじゃないのかい?」
「それでもいいのですが、段差などもありますから」
「ローレライは、元々、座り続ける種族でもないから、体にも負担がかかるからね」
「そうだったのかい。じゃあ、車椅子の方は、僕が運ぼう。といっても、押すだけだけれど」
「ゴゴ」
ルーゼは、車椅子を手に取った。
そこまで重くないので、問題なく運べるだろう。
「じゃあ、出発しよう」
こうして、一同は酒場に向かうのだった。
◇◇◇
酒場に着くと、マスターが待っていた。
「いやあ、ルーゼ君、魔族の皆さん、今日は、すまないね」
「マスター、お久し振りです」
マスターは身なりの整った人物で、口髭を生やしていた。
彼は、町の皆からマスターと呼ばれている。本当の名前もあるが、そう呼ぶ者はほとんどいない。
「そちらのお嬢さんが、ローレライかな?」
「はい、フィオと申します」
「あ、私は、ミシェーラです」
「ゴゴ」
三人が挨拶すると、マスターは笑顔で応えていた。
あまり、魔族に対する恐れなどはないようだ。
自ら指定しているのだから、それほど差別的意識を抱いていないのかもしれない。
「ふむ、早速だが、フィオさんの歌というのを聞かせてもらえるかな?」
「あ、そうだ……!」
ルーゼは、その言葉で思い出した。
まだ、重要なことをフィオに聞いていなかったのだ。
「そういえば、ローレライの歌って、人間に何か影響があったりしないのかな?」
「ああ、それはそういう歌を歌わなければ、大丈夫ですよ」
ルーゼは安心した。
スーネの時は、大変な目に合ったので、もうそういうのは嫌なのだ。何より、それで魔族のイメージが下がるのは避けたい。
「それでは」
フィオはゴゴに下ろしてもらい、車椅子へ乗った。
「あー」
フィオは、声の調整をするために、声をあげる。
その声だけで、ルーゼとマスターは驚いた。とても、美しい歌声なのだ。
そして、フィオは一呼吸置いてから、歌い始める。
「え?」
「おお!」
その歌声に、ルーゼとマスターは感嘆した。
今まで、聞いたどんな歌よりも美しく、滑らかだ。
その後、しばらくフィオは歌い続けた。
それに、皆は夢中になるのだった。
「どうでしたか?」
「……す、すごい……」
「素晴らしい歌声でした」
フィオに聞かれて、ルーゼとマスターは拍手をしながら、フィオを称賛する。
二人とも、かなりその歌声に聞き惚れていた。
ローレライの歌が上手いという噂は、本当であるようだ。
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
「ああ、これで私の心は、決まったよ。ぜひ、うちの酒場で働いてくれないか?」
「えっと……」
「うちの酒場には、花がなくてね。看板娘が、是非欲しいと思っていたのだよ」
マスターの提案は、そんなものだった。
それに対して、フィオは少し困ったような顔になる。
「そのことなんですが、毎日というのは厳しいと思います」
「おや、どういうことかな?」
「私は、この通り、地につける足がありません。車椅子での移動の都合上、宿舎とここを行ったり来たりするのは、難しいのです」
「なるほど、そうでしたか」
そう言って、フィオはマスターの提案を断った。
どうやら、フィオの体ではこの町を不自由なく動くことは難しいようだ。
元々、水棲であるローレライが、地上で暮らしていくにはどこかで無理が生じるのだろう。それは、今回の件に関わらず、困ったことである。
「ふむ、それは困まったね」
「ですから、たまにならいいのですが、毎回というのは難しいのです。誰かの助けがなければ、移動も難しいのですから」
マスターは悩みながら、フィオを見つめた。
姿勢は、その下半身に向いている。魚のようなその下半身では、町を動くのは困難だ。
「確かに、その体での移動は難しいかもしれないね。それなら、彼に相談するとしようか」
「彼……ですか?」
「マスター、何を思いついたんです」
マスターは、不敵に笑っていた。何か、思いついたようだ。
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