新22話 竜の襲撃

 ルーゼは、ミシェーラと別れた後、町長の家に戻っていた。

 帰って来るなり、ルーゼは町長に問い掛ける。


「町長! 竜が出たって、本当何ですか!?」

「ルーゼ!? ああ、残念ながら、本当じゃ」


 すると、町長からはそんな言葉が帰ってきた。

 どうやら、竜が出たという話は本当らしい。

 もちろん、ルーゼも嘘ではないと、わかってはいた。だが、それでも町長の口から聞くのはショックが大きいのである。


「そんな……」

「町には、避難勧告を出しておる。竜が目覚める前に、逃げられれば良いのじゃが……」


 話していると、ドアを叩く音が聞こえた。

 その音に反応して、ルーゼはすぐにドアを開ける。


「シムアさん!?」

「ルーゼ!」


 すると、そこにはシムアが立っていた。

 その顔は、かなり焦っているように見える。

 恐らく、何か悪いことがあったのだろう。


「シムア、どうした?」

「町長! 大変です! 竜が目覚めたようです。しかも、この町に向かっています!」

「……そうか。シムアよ、お主は、避難指示を続けてくれ」

「は、はい!」


 町長の言葉に、シムアはすぐに駆け出して行った。

 その後、町長は動き始める。


「ルーゼよ。お主も逃げるのじゃ……」

「町長……何をしているんですか?」


 町長が鎧を着込みながら、そう言ってきたので、ルーゼは疑問を口にした。

 その言葉に、町長はゆっくりと口を開く。


「わしは、少しでも時間を稼ぐため、竜を引き付けに行く」

「そんな! 無茶ですよ!」

「お主も知っている通り、わしなら、竜くらいどうってことないわい」


 ルーゼは、町長の実力を知っていた。

 確かに優れた実力ではあり、ルーゼに戦いを教えたのも彼である。

 だが、それで竜に対抗できるとは思えない。

 人間一人と竜一匹、その結果は目に見えているだろう。


「……僕も行きます」

「ルーゼ、何を言う!」

「何も死にに行く訳じゃないでしょう。なら、一人より二人の方がいいでしょう」


 だが、ルーゼはわかっていた。町長が、折れないことを。

 彼は町の人々を守るためなら、そこまでするのだ。


 だが、ルーゼにとって、町長も守りたい人である。

 そのため、ルーゼは同行を決意した。一人よりも二人の方が、生存率は高いはずだからだ。


「……わかった。ともに来るのじゃ」

「はい!」


 ルーゼの言葉に、町長は頷いてくれた。

 恐らく、その決意を買ってくれたのだろう


 ルーゼと町長は、竜の元へ急ぐのだった。




◇◇◇




 ミシェーラが宿舎の戻ると、魔族達が逃げる準備を始めていた。

 そんなミシェーラに、ピピィとゴゴが駆け寄ってくる。


「ミシェーラ! 大変だよ!」

「ゴゴ! ゴゴ!」

「ピピィ! ゴゴ!」


 二人は、かなり焦った様子だ。

 やはり、竜が現れたというのは本当らしい。

 もちろん、わかっていたことだが、実際の現状を見るとより実感できてくる。


「ミシェーラも、早く逃げよう!」

「あ、うん、そうだね」

「ミシェーラ! 帰ってきたんだね、よかったよ」


 三人が話していると、マリッサも駆け寄ってきた。

 その顔は、かなり安心しているように見える。


「これで、全員確認できたね。さっさと逃げるよ」

「そうだったんですね。ごめんなさい、遅れてしまって……」

「それは、構わないさ」


 どうやら、ミシェーラは確認できていない最後の魔族だったようだ。

 ミシェーラはそれに少し申し訳なさを感じる。


「マリッサ」


 そんなミシェーラ達の耳に、ガルスの声が入ってきた。

 ガルスは、ゆっくりとマリッサに近づいていく。


「俺は、逃げる訳にはいかん」

「ガルス! 何を言っているんだい」

「今、竜が停止して暴れているようだ。奴が足を止め、暴れる理由は一つだ」

「何を言っているんだい?」

「竜を誰かが引き付けているのだ。時間を稼ぐためにな。俺は、そいつらを助けに行く」


 ガルスの言葉に、マリッサは頭を抱えた。

 それに対して、ガルスは冷静だ。

 竜に立ち向かうというのに、まったく動じていない。やはり、かつての魔王軍幹部は違うようだ。


「俺の経歴なら、知っているだろう」

「……仕方ないね。あんたなら大丈夫だろうよ」

「では、俺は行く」


 そう言って、ガルスは駆け出して行った。


 それを見届けた後、マリッサが大きく声を出す。


「さあ、仕切り直しだ! 逃げるよ」


 その言葉で魔族達は、町からの逃走を開始した。

 竜が来ている方向と、逆の方向に逃げるのだ。


 道中、町の人間達とも合流し、集団での大移動が始まった。

 その時、ミシェーラに、チャックが話しかけてくる。


「ミシェーラちゃん、ちょっといいか?」

「チャックさん、どうかしたんですか?」

「いや、ルーゼを知らないか? 一緒にいたよな?」

「えっ? 途中で別れて、ルーゼは町長の家に戻ったはずですけど」


 チャックの質問は、ルーゼに対するものだった。

 その言葉に、ミシェーラは少し動揺する。


「そうなのか……」

「何か……あったんですか?」

「実は、逃げている人間で見つかってなくてな」

「そんな! 大変じゃないですか!」

「ああ、だけど、心配しなくてもいいさ。あいつなら、きっと大丈夫だ」


 それだけ言って、チャックは去っていった。

 今のチャックの言葉で、ミシェーラに、一つの疑念が生まれる。それは、ガルスの言葉の時点で、あった疑念だ。

 ミシェーラは、小声で近くのピピィに話しかける。


「ピピィ、ちょっといいかな?」

「うん、何? ミシェーラ?」

「私、竜の元へ向かおうと思うの」

「ええっ? 何言ってるのミシェーラ!」

「しぃー、静かにしてピピィ」


 周りに注目されたので、ミシェーラが注意した。

 すると、ピピィは自らの口を押さえる。


「ルーゼがいるかもしれないの」

「え?」

「ガルスの言っていた、竜を引き付けているのは、ルーゼだと思う」


 色々なことから、ミシェーラはそれを確信した。

 そして、ルーゼが危険であることを理解し、助けに行かなければならないと思ったのだ。


「……で、でも、ミシェーラが行っても」

「戦うつもりはないよ。行って、助けて逃げるだけだよ。だから、心配しないで」

「あ、ミシェーラ! 待って!」


 そう言って、ミシェーラは駆け出す。

 ミシェーラは、とにかくルーゼを助けたかった。

 そのため、竜の元へ向かうのだ。




◇◇◇




 ルーゼと町長は、竜の近くまで来ていた。

 巨大な生物が、二人の目に映る。


「これが……竜?」

「うむ、何と巨大な……」


 竜は巨大な肉体に、全身を鱗で覆っており、鋭い爪と牙を携えていた。

 四足の足を地面につけ、こちらをその瞳で睨みつけている。

 どうやら、こちらのことは認識しているようだ。


「グルルアアアアア!」


 竜は、口を大きく開け、雄叫びをあげた。


「うああああ」

「ぬうううう」


 それだけで、大きな風が巻き起こり、ルーゼと町長は大きく後退する。


「なんということじゃ」

「雄叫びだけで、これですか……」

「恐ろしい力じゃが、どうやら、歩みを止めてくれたらしい」

「町の避難は、どれくらいかかるでしょうか?」

「一時間もあれば、安全な距離を保てるじゃろうかのう」

「じゃあ、それくらいは稼ぎましょうか」


 ルーゼは剣を引き抜き、構えた。

 町長も、同じように剣を抜く。


「でやああああ!」


 ルーゼは、一気に竜まで駆け寄り、その足を剣で切った。

 しかし、その剣では、竜の鱗を切り裂くことはできない。


「そんな……」

「ルーゼ、下がるのじゃ!」

「はっ!」

「グラアアアアアア!」


 町長の声で、ルーゼは大きく後ろに下がった。

 先程までルーゼがいた場所には、竜の足がある。あのままなら、踏みつぶされていただろう。


「……町長、ありがとうございます」

「気をつけるのじゃ、油断するとやられるぞ」

「ええ、しかし、恐ろしい力ですね」


 竜の足があった場所は、大きくへこんでいた。

 その巨体故、体重も相当だ。しかも、その力もすごいだろう。

 恐らく、一撃でもまともに喰らえばまずい。

 ルーゼは、気を引き締める。


「ガアアアアア!」

「くっ……!」

「こっちじゃ!」


 竜は口を開け、そこから火炎を吐き出した。

 ルーゼは、町長とともにその場から逃げる。


「木々が……」

「気にするな……」


 二人は身を躱したことで、周りの木々に火が当たった。

 すると、その木々が燃え始める。


「ルーゼ、次はわしが行く!」

「町長!」

「おおおおお!」


 続いて、町長が竜の近くまで迫った。

 だが、竜はその体を翻し、尻尾を振るってきた。


「町長!」

「とうっ!」


 町長は大きく飛び上がり、尻尾を躱した。

 そして、落下に任せて、剣を突き立てた。


「ぬうっ!」


 しかし、剣は鱗を突き破ることはできず、剣ごと弾き飛ばされてしまう。

 どちらの力でも、その防御を突き破ることはできないらしい。


「ど、どうやったら、あいつの体を傷つけられるんでしょう?」


 ルーゼは、悩んでいた。

 剣で攻撃しても、竜には通じない。

 どうしたらいいか、まったくわからないのだ。

 そんなルーゼに対して、町長はゆっくりと口を開く。


「ただ、剣で攻撃するのではだめじゃ」

「え?」

「……闘気を使う」

「闘気! それは……」


 闘気とは、人々の体に宿る力だ。それを操れば、通常よりも大きな攻撃力や防御力を得ることができる。


「わしが、闘気による攻撃を行う。一瞬だけ、竜の気を逸らしてくれ」

「はい、わかりました」


 ルーゼは近くの石を手に取り、竜の正面に向かった。

 そして、手に持った石を竜に投げつける。


「こっちだ!」

「グルルルルアアアア!」


 この程度で、ダメージにならないことはルーゼもわかっていた。

 だが、竜の意識はルーゼの方に向いている。それだけで、充分なのだ。


「今じゃあ!」


 その瞬間、町長の剣から、強い光とともに衝撃が放たれた。

 それは、竜目がけて一直線に飛んでいく。


「グオオオオオオ!」


 その一撃は竜の横腹に当たり、竜を少し後退させた。

 当たった場所には、跡のようなものが残っていた。


「なっ! これでも、あの程度のダメージしか、与えられんのか……」

「それでも、大きな一歩ですよ」


 ルーゼは町長の元に戻りながら、そう呟いた。

 竜は、ルーゼ達を睨みつけている。その顔はどこか怒っているように見える。


「ここからが、本番という訳じゃな……」

「ええ、次からは油断を誘うのも難しいでしょう……はっ!」


 ルーゼは、竜が動き出したことに気づいた。

 竜が、翼を羽ばたかせると、大きな風が起こる。二人の体が、どんどん後退していく。

 そして、その風圧から、二人は身動きがとれなくなってしまう。


「くううっ!」

「まずいぞ! 奴が口を開いておる!」


 竜は口を大きく開き、火炎を発射する。

 動けない二人は、回避することができない。


「かああっ!」


 しかし、その炎が二人に届くことはなかった。

 二人の目の前に現れたガルスが、炎を受け、消し去ったのだ。


「ガルスさん!」

「ルーゼ、町長、無茶をする。竜に挑むなど無謀だぞ」

「すみません、だけど、あなたが来てくれれば百人力ですよ」

「ふっ! 俺だけではないぞ」

「えっ?」


 その瞬間、竜に上空から、黒い球体が着弾した。

 それにより、竜は大きく後退していく。


「グラアアアア!」

「ふん……」


 そして、それを放った人物を見て、ルーゼは驚いた。


「闇魔将……ドレイク!」

「……」


 そこには、先日ルーゼを襲ったドレイクがいたのである。

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