新23話 頼もしい味方達

 ガルスは、走りながら、竜の元へと向かっていた。

 急がねば、竜を引き付けている人間が死にかねない。

 そう思っていたガルスだったが、目の前の者に足を止めざるを得なかった。


「ドレイク……」

「竜魔将、貴様……竜の元へ向かうのか?」

「そうだ。俺の異名の由来は知っているだろう?」

「竜に匹敵するほどの強さ、故に竜魔将。確かにそうだったが、それは全盛期の話。今の貴様では、蹴散らされるだけだ」


 ガルスは構えながら、怪訝な顔でドレイクを見つめた。

 この男がなんのために現れたのか、理解できないからだ。


「何がしたいのだ? ドレイクよ?」

「……俺は」

「ぬう?」

「俺は、人間を皆殺しにするつもりだった」


 ドレイクの目は、どこか遠い所を見つめていた。

 その目に、ガルスは自身の構えをとく。

 ドレイクに、攻撃の意思がないことがわかったからだ。


「俺の両親を殺した種族を許せなかった」

「……ああ」

「だが、奴も同じだった。だというのに、悪魔に両親を殺された奴は、悪魔と手を取り合おうとしていた」


 ガルスは、事件の後、ルーゼから身の上話を聞いていた。

 そのため、ドレイクの言葉は理解できる。


「悪魔軍を指揮していたのは俺だった。奴の両親を殺したのは、俺ともいえる」

「ドレイク……お前」

「俺のやってきたことは、第二、第三の俺を生み出す行為だったのだ」


 ドレイクは涙を流していた。

 そんな表情を見るのは、ガルスも初めてだ。


「竜魔将よ……俺はどうすればいいのだ? どう償えばいいのだ? 俺のしてきたことを、どう精算すればいいのだ!?」


 ドレイクの叫びに、ガルスは静かにゆっくりと答える。

 彼にとって、ドレイクの通ってきた道など、既に通り過ぎた場所だ。

 故に、自身の経験から答えを紡ぐ。


「ドレイクよ。償いなど、俺にはわからん。俺もかつて、魔王軍の尖兵として、多くの人間を手にかけてきた。そういう意味では、お前と何も変わらん」


 ガルスもかつては、魔王軍の幹部であった。

 そのため、ドレイクと同じく罪に悩むことがなかった訳ではない。


「だから、俺は今も、どうするべきかを探している。今、竜に立ち向かうのも同じだ。俺はせめて、今手の届く命くらいは救いたいと思う」


 それは、ガルスにとって精一杯の言葉だった。

 これで、ガルスに言えることは全てだ。ガルスはドレイクの横を通り過ぎる。

 早く、人間を助けなければならない。


「待て……ガルス」


 その時、ドレイクがガルスを引き留めた。

 ガルスはゆっくりと振り向く。


「……俺も行こう。償う方法を、探すために!」


 ガルスは大きく頷き、二人は竜の元へ向かった。




◇◇◇




 ドレイクは、竜に一撃を与えた後、ルーゼ達の近くに降り立てきた。


「ドレイク、どうしてここに?」

「……言うならば、探しに来たのだ。俺自身をな……」


 ルーゼはドレイクの言葉で、彼に敵意がなくなっていることに気づいた。

 彼にどんな変化があったか、ルーゼにはわからない。だが、敵意がないなら、ルーゼにとってはそれだけでいいのだ。


「まあ、いいさ。今、味方になってくれるなら、心強いしね」


 そう言いながら、ルーゼは態勢を立て直す。

 頼もしい味方が、二人も増えた。

 それは、ルーゼを奮い立たせるのには充分なものである。


「町の様子はどうじゃった?」

「避難は進んでいるが、まだまだだな。このまま、こいつに侵攻されれば、まずいだろう」

「そうか、ならば、時間を稼ぐしかないのかのう」

「いや、どの道、こいつを生かしておけば、近隣全てが焼き尽くされるだろう」


 町長の質問に、ガルスは淡々と答えた。

 とりあえず、避難は進んでいるようで、ルーゼは安心する。

 しかし、ガルスの言う通り、竜が本気で進行すれば、このまま辺り一面が吹き飛ぶだろう。 


「奴は、ここで仕留める」


 そこで、ガルスがそんなことを言った。

 それに対して、ルーゼと町長は目を丸くする。


「それは、無茶じゃろう!」

「ならば、逃げるのだな。俺とドレイクだけで戦おう」


 町長の言葉に対して、ガルスはそう答えた。

 だが、それはルーゼ達にとって、認めることができないことだ。


「そんなことをさせる訳にはいきませんよ」

「……ぬう。仕方がないか……」


 ルーゼの言葉に、町長も頷く。

 賓客の魔族だけを残して逃げるなど、ルーゼ達にはできないのである。


「俺が盾となりながら攻撃する。俺には、奴の炎はきかんからな……」

「ならば、俺は空中から魔弾で攻撃しよう」

「ああ、ルーゼと町長は、闘気を練って攻撃しろ。できるだけ高めて、放つのだ」

「僕の闘気をほとんど使えません。だから、僕も陽動します」

「わかった。なら、ルーゼは動き回って竜の気を乱せ」


 ドレイクは飛び立ち、ガルスは突き進む。

 ルーゼは、ガルスの横から飛び出し、竜に小石を投げつける。

 そして、町長は、闘気をため始めた。

 それぞれの役割分担だ。


「グルアアアア!」


 竜は、雄叫びをあげ、体を回した。

 その尻尾は、木々を倒しながら、ガルスへと振るわれる。


「ぬっ!」


 ガルスは、尻尾を受け止め、竜の動きを封じにかかった。

 だが、竜の力は並大抵のものではない。

 流石のガルスでも、どんどん後退していく。


「くうううっ!」


 ガルスは竜の体重を支え切れず、尻尾ごと振り回される。


「ガルスさん!」

「問題ない!」


 ルーゼが心配の声をあげたが、ガルスは冷静に答えてくれた。

 ガルスは、竜の尾から体を離して宙を舞う。どうやら、ここまでは予測していたようだ。


竜人脚リザード・レッグ!」

「グルル!?」

「む!?」


 ガルスの蹴りが、竜の頭に突き刺さる。

 だが、竜もそれを予想していたらしく、その腕を振るっていた。

 それにより、ガルスは吹き飛ばされてしまう。


「ガルスさん!?」


 ガルスは森を越え、遥か遠くまで吹き飛ばされていた。

 空中で攻撃を受けたため、踏ん張ることができなかったのだろう。


「グルル!」


 竜は続いて、ルーゼに目をつけた。

 先程から、小石を投げられ、鬱陶しく思っていたのだろう。


「来るか……」

「グルル」


 竜はその顎を鳴らし、口を開けた。

 ルーゼは、足を動かし、その場から逃げようとする。


「させんぞ!」

「グギャア!」

「ドレイク!?」


 その瞬間、ドレイクの魔弾が竜の頭に着弾した。

 その攻撃により、バランスを崩した竜は、自らの口の中で火炎を爆発させる。

 ドレイクは、火を吹くタイミングを待っていたようだ。


「よし! くらうがいい!」

「グルル!?」


 町長は、その隙に闘気で高めた剣撃を放った。

 ドレイクにより怯んだ竜は、その攻撃を躱せない。

 

「グルル……」


 町長の攻撃によって、竜の体は少し傷つき、その鱗が落ちていた。

 しかし、決定打になる程ではない。むしろ、竜をさらに激情させたに過ぎないようだ。


「ガアアア!」


 竜は口を開き、空を見上げ、雄叫びをあげた。

 すると、晴れていたはずの空が曇っていく。


「な、なんなんじゃ? 一体?」

「これは、一体!?」


 さらに、雨まで降り始めた。

 明らかな異常が、その場に怒り始める。


「何かは知らんが……くらえ!」

「グルルア!」


 ドレイクはそれを意に介さず、魔弾を放った。

 それに対して、竜は空を見上げ、再び雄叫びをあげる。


 すると、一筋の光が降り立ち、その魔弾をかき消した。


「雷を呼んだというのか……」


 ルーゼは、その力に震えが止まらなかった。

 自然を操るなど、どう戦えばいいか、理解できない。


「気をつけろ! 奴は、どこにでも雷を落とせる!」


 ガルスの言葉で、ルーゼの恐怖は加速する。

 そのような攻撃を躱すことなど、できないと、心の奥で思ってしまったのだ。


「グルルアアア!」


 竜が雄叫びをあげると、空が光り始めた。

 どうやら、再び雷を落とすつもりらしい。

 しかも、それはルーゼの頭上であるように見える。


「ルーゼ! 逃げるのじゃ!」

「グラアア!」

「えっ!」


 逃げようとしたルーゼの足が止まった。

 竜の雄叫びで、足が動かなくなったのだ。

 その現象が、何かはわからない。だが、ルーゼは逃げられないということだ。


「くそっ!」


 ルーゼは、直撃を覚悟した。

 だが、そんなルーゼの体が動く。


「うっ!」

「ルーゼ!」

「き、君は!」


 しかし、ルーゼの体は、後ろに引っ張られ、雷を避けていた。

 そして、ルーゼは自分を引っ張ったのがミシェーラであることに気づく。


「ミシェーラ、どうしてここに?」

「あ、うん。ルーゼが心配でやってきたんだ。だけど、予想外の戦いだったから、隠れていたんだ」

「隠れていた?」

「うん……そしたら、ルーゼが危なそうだったから、咄嗟に出てきたんだ」


 ミシェーラは、ルーゼを心配してここに着いていたようだ。しかし、自分が出る幕ではないと思い、森の中に潜んでいたのだろう。


「ごめんね、私、勝手なことして」

「いや、ありがとう。君には助けられてばかりだよ」


 お礼を言いながら、ルーゼはミシェーラの手を引き、後退した。

 これ以上、竜の攻撃を受ける訳にはいかない。

 そんなルーゼの元に、町長が駆け寄ってくる。


「ルーゼ、大丈夫だったか?」

「ええ、町長、おかげで奴の雷がなんなのかわかりました」

「何?」

「あれは、自然現象ではなく、奴の魔法によるもののようです」

「ほう、何故そう思う?」

「あの雷は、僕がいた位置に寸分たがわず、落ちています。普通の雷なら、周囲の人間や木々に作用されるはずです」


 ルーゼは、あの雷は狙った場所にしか落とせないことを推測した。

 つまり、その対処方法はあるということだ。


「つまり、じっとしていると狙われてしまいます。動きましょう!」


 その言葉で、ルーゼと町長、ミシェーラは動き回り始める。

 上空のドレイクも、動き始めていた。話は聞いていないはずなので、先程の攻撃でルーゼと同じ推測をしたのだろう。 


「グルル……」


 ルーゼ達が動き始めると、竜は雷を落とさなくなった。

 やはり、ルーゼの推測は概ね当たっているようだ。


「なるほど、ルーゼの言う通りだったようじゃな」

「ええ、そして、得意の炎は、この雨で使えない」

「グルアア!」


 竜は雄叫びをあげると、翼を広げ、大地を大きく蹴った。

 空に飛び立ってきたのだ。


「雷作戦は、終了か……なら、いくぞ」


 ドレイクは、再び魔弾の態勢に入る。


「グルウウウウウウ」

「ぬうう」


 竜は、ドレイクの方へと向かっていった。

 その口を開き、ドレイクを噛み砕こうとしている。


「接近戦なら、勝てると思ったか?」


 しかし、ドレイクは動かなかった。

 ルーゼはその指が、闇の螺旋に覆われることに気づく。


「ガルアアア」

闇螺旋ダーク・スパイラル!」


 ドレイクは、ぎりぎりで噛みつきを躱すと、空中で態勢を変え、竜の目に目がけて突き進んだ。


「ガアアアアアアア!」


 竜の左目に、その指が突き刺さった。いくら、固い鱗に体が覆われていても、目に関しては守れていなかったようだ。

 竜は痛みに苦しむように、叫び散らした。固き竜にとっては、その痛みは初めてに近いのだろう。


「ガアアアアアアアア!」


 竜は高度を落とし、体を地面に叩きつけた。


「おお、これはすごい。あの竜とて、あのダメージなら……」

「いや、まだだ。あの程度で倒れるような竜はいない」

「ガルスさん!」

「戻ってくるまでに、少し時間がかかってしまった」


 そこで、ガルスも戻って来ていた。

 ルーゼは、特に外傷のないガルスを見て、安心する。


「グルル……」

「奴も目覚めたようだな……」

「ええ……」


 ガルスの言葉通り、竜は態勢を立て直していた。

 左目からは、血の涙を流しており、右目は憎しみに満ちていた。


 竜とルーゼ達の戦いは、続いていく。

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