新21話 二人の心は

 ミシェーラは、宿舎の部屋で一人考えていた。

 ドレイクの事件から、三日が経っている。あれから、ミシェーラはルーゼと会っていない。

 それどころか、外にほとんど出ておらず、ずっとあることを考えていた。


「ルーゼの両親は、悪魔に……」


 ルーゼの父親と母親が、悪魔に殺された。自分と同じ悪魔に殺されたのである。

 今まで、ミシェーラを見て、何も思っていなかった訳ではないはずだろう。そんな疑念が、ミシェーラの中で止まらないのだ。


「……どういう顔したら、いいんだろう」


 それだけではなかった。

 そもそも、今回ルーゼが傷ついたのも、元を辿れば、自分のせいであるとミシェーラは思っていたのである。


 ドレイクに従うのはやめた。

 だが、それでも罪悪感は変わらない。

 今まで通り、ルーゼと接することができるのか、ミシェーラにはわからないのだ。



「きっと、ルーゼは、そんなこと気にしてないはずだよね……」


 そう思いながらも、ルーゼには会えなかった。二つの気持ちがどちらもあるが、今は疑念が勝ってしまうのだ。


「皆、どうしているかな……」


 現在、町では、人間と魔族が積極的に交流を行っているらしい。

 ゴゴは、カーターを手伝ったりしていて、ピピィは、リネや他の子供達と遊んでいるようだ。

 町が一体化している中、ミシェーラは取り残されていた。


「けど、いつまでも閉じこもっていたって……」


 しかし、何もしなければ、何も始まらない。

 ミシェーラは、全身に力を入れて、いい気に立ち上がる。


「行こう……」


 ミシェーラは、ある場所に行くことにした。

 そこには、彼が待っているはずだ。




◇◇◇




 森の泉でルーゼが休んでいると、そこにミシェーラがやってきた。

 数日振りの再会に、ルーゼは目を丸くする。


「ミシェーラ!?」

「ルーゼ、久し振り……」

「……うん、久し振りだね」


 挨拶して、数秒の沈黙の後。

 お互いに、話すタイミングを探っているようだった。

 ルーゼは決心をして、話し始める。


「ちょっと、話してもいいかな?」


 ルーゼは泉の近くに腰を下ろし、ミシェーラを招いた。

 ミシェーラは、その横に腰を下ろしてくれる。


「ミシェーラは、もしかしたら、勘違いをしているかもしれない」

「えっ……?」


 ミシェーラが座ると、ルーゼは口を開く。

 ミシェーラはあることを気にして、ルーゼに会いに来なかった。それは、ルーゼでも簡単に予想できることだ。


「ドレイクの事件の時、僕が言ったことを気にしているのかな?」

「……うん、そうだね。私、気にしているみたい……」


 ミシェーラは気まずいような、苦しいようなそんな表情をする。それに、ルーゼの顔を直視してこない。

 やはり、先日のことを気にしているのだろう。

 今の言葉と様子で、ルーゼもそれを確信する。


「やっぱり、そうだったんだね」

「ごめん、ルーゼ……」

「謝る必要はないよ。僕が、もっと色々話しておけばよかったんだ」

「そんな、ルーゼのせいじゃないよ」


 ミシェーラは、そこで初めてルーゼの顔を見てくれた。

 ルーゼは、ミシェーラに対して笑顔を見せる。彼女を安心させるために。


「ルーゼ……?」

「やっと、顔を見てくれたね」

「あ、うん」


 ルーゼの笑顔のおかげか、ミシェーラの表情は少し柔らかくなった。

 とりあえず、ルーゼは安心する。


「ミシェーラ、僕はね。僕は、悪魔を恨んでなんかいないよ」

「それは……」

「少し、長い話になるんだ……聞いてくれないか?」

「えっ? それは、いいけど……」

「じゃあ、ちょっと、こっちに来てくれるかな?」


 そう言って、ルーゼは立ち上がった。

 さらに、ルーゼはその手を、ミシェーラに対して伸ばす。


「さあ……」

「あ、うん。ありがとう……」


 ミシェーラが手を取り、立ち上がる。

 ゆっくりと手を離した後、ルーゼは歩き始めた。

 ミシェーラも、それについてきてくれる。


「ここだよ」

「え?」


 ルーゼはそのまま、ミシェーラを泉の近くに案内した。

 そこには、石の積み重なったものがある。それこそが、ミシェーラに見せたかったものだ。


「これって?」

「ある悪魔のお墓……かな?」

「悪魔? それって、どういうこと?」

「うん、まあ、何から説明しようかな……」


 ルーゼは、顎に手を当てながら考える。

 恐らく、最初から話すのがいいだろう。

 少し、悲しい話もあるが、全てを知ってもらうためには仕方ない。


「まあ、最初から話そうか。両親が亡くなって、僕は、今の町長に引き取られて、今の町で、生活していたんだ」

「それで、町長さんの家に……」

「うん。その時の僕は、悪魔を憎んでいたよ。それは事実さ」

「……そう、だったんだ……」

「ああ、それで、町長がある仕事で町の外へ行く時、僕もついて行ったんだ」


 ルーゼは、ミシェーラが落ち込みそうなのを察して、早口でまくし立てた。

 こうなることはわかっていたが、話さなければならないことなのだ。


「それで、その時、ちょうど魔族軍の侵攻にあってね。僕も巻き込まれたんだ」

「うん……」

「その魔族の攻撃が原因で、建物が壊れて、僕の頭上に降り注いだんだ……」

「えっ! そんな……」


 ルーゼの言葉に、ミシェーラは目を丸くする。

 恐らく、心配してくれているのだろう。


 だが、話の一番重要な部分は、ここからだ。

 ルーゼは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「その時、僕に手を差し伸べてくれた人……悪魔がいたんだ」

「えっ?」

「その悪魔は、僕を突き飛ばして、瓦礫の下敷きになったよ。それでも、逃げろって言って、僕を逃がそうとしたんだ。けど、当時の僕にはわからなくて、何故助けたんだって聞いたんだ」


 ルーゼは過去を振り返る。

 それは、ルーゼのルーツに関わることだ。

 そのため、自然に気持ちが入っていく。


「……その悪魔は、なんて答えたの?」

「わからない、反射的だった。けど、君を助けたことを後悔していない。無事に生き残ってくれって言ってきたよ」


 ルーゼの言葉に、ミシェーラの表情は変わっていく。

 その表情が、何を意味するのか、ルーゼにはわからない。

 しかし、ルーゼはお墓を見つめながら、話を続ける。ミシェーラがどう思ったかを聞くのは、最後でいいのだ。


「結局、僕は助かって、その悪魔は亡くなったんだ。悪魔の遺体は、燃やし尽くされ、捨てられることになったんだ。僕は、適当なことを言って、彼の遺骨を引き取った」

「それじゃあ……」

「当時はさ、人間と同じ場所に埋める訳にもいかないから、ここに埋めたんだ。静かでいい場所だったしね」

「そうだったんだ……」

「まあ、自己満足のようなものだけどね。それから、思ったんだ。悪魔にも色々な者がいるって……」


 ルーゼは、ミシェーラを見つめた。

 今自身の考えを、ミシェーラに伝えなければならない。


「だから、悪魔全体を恨むのはやめようと思ったんだ」

「ルーゼ……」

「僕は、ミシェーラのことを見て、恨んだり、悲しんだりすることはないよ」


 ルーゼは笑いながら、ミシェーラに語りかけた。


「むしろ、ミシェーラといると、楽しいとか、嬉しいって思うよ。僕には、同年代の友人は少なかったしね。だから、できればこれからも、仲良くして欲しい」


 その言葉に、ミシェーラの顔は明るくなる。

 それは、きっとミシェーラの心に残っていた疑念が晴れたからだろう。


「……ルーゼ。そうだよね。めんね、私、変になっちゃっていた。ルーゼがそういう人だって、わかっていたはずなのにね」


 ミシェーラの笑顔で、ルーゼはやっと安心することができた。

 暗い顔より、明るい顔の方がミシェーラには似合っている。

 ルーゼはそう思っていた。その笑顔が、取り戻せてよかったと、そう感じているのだ。


「ミシェーラ、その笑顔が僕は見たかったよ」

「ありがとう、ルーゼ」


 ルーゼとミシェーラは、向き合って、笑い合った。

 二人の間にあったわだかまりが、はらわれたのだ。


「えっ!」

「ミシェーラ、下がって」


 だが、その時、草が踏まれる音が響いてきた。

 ルーゼは、ミシェーラを庇うように前に出る。

 それは、咄嗟の行動だった。


 なぜなら、ミシェーラを襲ってくる者に心当たりがあるからだ。


「うわあっ! 何だ? ルーゼ? そんな構えて!」


 しかし、木陰から出てきたのは、チャックであった。

 チャックは、ミシェーラを視認すると、状況を察したかのように表情を変える。


「わ、悪い、二人っきりを邪魔して……」

「あ、いえ、そうじゃないんですよ。チャックさん」

「そうです! 私達、別にそれで警戒した訳じゃ……」


 二人の言葉が終わる前に、チャックの表情がまた変わった。

 今度は、何やら焦っているような顔だ。


「いや! そうじゃねえ! 今は、それどころじゃないんだった!」


 チャックの言葉に、二人は驚く。

 どうやら、ただ事ではない何かがあるらしい。

 その時、ルーゼの頭にある考えが過る。


「何かあったんですか? チャックさん!」


 もしかすると、ドレイクが何かしたのかもしれない。

 そんな考えが、過ってきたのだ。


「竜が出たんだ! 町の近くに! 今は眠ってるらしいが、起きたら、町の方へ来るかもしれない」


 だが、チャックの口から出たのはまったく違う問題だった。

 しかし、それはドレイクよりも重大なことかもしれない。


「竜だって! そんな馬鹿な!」

「そんな……それって……」


 竜とは、魔物の一種とされているが、他の魔物とは別格の強さを誇るものだった。

 その体は、山のように大きく、鉄のように固い。並みの人間や魔族が太刀打ちできないような存在だ。


「ガルスの旦那が、町の外を探索している時に見つけたんだ。町は今、避難の準備をしている。お前らも急げ!」


 そう言って、チャックは駆けて行った。

 ルーゼとミシェーラは、顔を見合わる。


「ミシェーラ! 僕達も行こう!」

「うん!」


 チャックに続いて、ルーゼとミシェーラも駆け出すのだった。

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