新20話 彼の説得
ルーゼは、闇魔将ドレイクと対峙していた。
人間を憎むドレイクに対して、ルーゼは説得を試みる。
「ドレイク! 人間全体を憎んだって、意味はないんだ! 僕も最初は、悪魔全体を恨んだ!」
「黙れ! 戯言を!」
「だけど、気付いたんだ。悪魔にもそれぞれ個人がある! 僕の両親を殺した悪魔は! 悪魔じゃなくて、そいつなんだよ!」
「くっ……!」
ドレイクは、明らかに動揺していた。
その反応で、ルーゼは確信する。ドレイクが、自身の言っていることを理解していることを。
ルーゼは、知っている。名も知らぬ悪魔に両親を殺され、絶望の中で自分を奮い立たせることができるのは、憎しみだけだった。
ドレイクの時間は、両親が殺された時から止まったままなのだ。
「黙れ……黙れ! 人間が!」
ドレイクはルーゼを振り払い、吹き飛ばした。
「ぐああっ!」
地面に叩きつけられて、ルーゼは痛みに声をあげる。だが、ドレイクは追撃してこない。
ルーゼが様子を伺うと、ドレイクは一点を見つめたまま動いていなかった。
「ドレイク……」
「くうう!」
苦悶の表情で、ドレイクは叫んでいた。
彼自身、心のどこかで理解しているのだろう。自分の恨みが逆恨みでしかないことを。
「ドレイク……そうか、君もずっと、そうだったんだな」
「人間……!」
「僕もそうだった。あの出来事がなければ、戦いが終わっても、恨みが晴れないままだったはずだ……」
「だ、黙れ!」
ドレイクは叫びながら、ルーゼに向かってきていた。
その指に、闇を纏い、ルーゼを狙っている。ルーゼの言葉は、ドレイクの心には届ききらなかったのだ。
ルーゼには、もう動く体力が残っていなかった。
そのため、ドレイクの攻撃を躱すことはできない。
ルーゼは、ゆっくりと目を瞑る。
「だめえええええ!」
諦めかけていたルーゼだったが、そこに一つの声が響いた。
その声に、ルーゼは目を開く。
「ミシェーラ!?」
すると、ミシェーラが、ルーゼ庇うように現れていた。
彼女も、魔力の消費で動けなかったはずだ。
このままではミシェーラが、貫かれてしまう。そう思った瞬間、ルーゼの体が動く。
「駄目だ! ミシェーラ!」
「ルーゼ!?」
ルーゼは立ち上がり、ミシェーラを突き飛ばした。
動けないはずの体に、力が戻っていたのだ。
「ふん!」
「ルーゼ! だめええ!」
「くっ!」
最後の力で、応戦するしかない。
ルーゼはそう思いながら、構える。
「ぐるああっ!」
「何!? ぐううっ!」
「えっ……?」
覚悟を決めていたルーゼは、目の前の光景に目を見開く。
横から来た何者かによって、ドレイクが突き飛ばされたのだ。
ルーゼは、ゆっくりと乱入者の正体を認識する。
「ガルスさん!?」
「無事か? ルーゼ、ミシェーラ」
リザードマンのガルスが、ルーゼとミシェーラを心配する声をあげた。
その光景を見ていたドレイクも、驚きの声を出す。
「竜魔将……ガルス!」
「久しいな、闇魔将ドレイク」
「竜魔将……? ガルスさんが?」
「そんな、どういうこと……?」
ドレイクの言葉に、ルーゼもミシェーラも驚く。
魔将とは、魔王軍幹部の証。ガルスは強いとは思っていたが、そんな人物とは、思っていなかったのだ。
「黙っていて悪かったな……俺はかつて、魔王軍に所属していた」
「貴様が、こんな辺境の町にいるとはな……」
「それは、こちらの台詞だ……大きな気配を感じたと思ったが、まさかお前だったとはな」
ドレイクは、すでに態勢を立て直していた。
先程までの動揺も収まったようだ。
「それよりも、失望したぞ、ドレイク。お前は人間への敵意はともかく、物事を理解できる者だと思っていたぞ」
「くっ……!」
「ここで、お前と一戦交えてもいいが、それが、お互いのためにならんことは、お前も理解しているだろう」
「……俺も貴様と戦うつもりで、ここに来た訳ではない」
ドレイクは構え解き、ルーゼ達に背を向けた。
どうやら、ガルスと戦うことは得策ではないと感じたらしい。
お互いに魔王軍幹部だったため、実力は同等程度だろう。それなら、ここで戦わないのも納得できる。
「ミシェーラ、今は見逃してやるが、近いうちに、貴様は必ず連れ戻す」
最後にそれだけ言って、ドレイクが去っていった。
その瞬間、ルーゼの体から力が抜けていく。
「うっ……」
「ルーゼ! 気をしっかり持て」
「ルーゼ? しっかりして!」
力が抜けて、倒れそうになったルーゼを、ガルスが受け止めた。
ガルスは、ゆっくりとルーゼに問い掛けてくる。
「この町の医者はどこだ?」
「いえ、あまり騒ぎを大きくしたくありません。町長の家に行ってください。このくらいの傷なら、そこで治療できます」
「よし、ならば、そこへ向かうぞ!」
ガルスは、ルーゼとミシェーラを連れて、町長へ向かった。
◇◇◇
ミシェーラとガルスはルーゼを連れて、町長の家に来ていた。
ルーゼの様子を見た町長は、すぐにルーゼをベッドに寝かせてくれる。
「ルーゼ、大丈夫か? 意識ははっきりしているか?」
「はい、町長。申し訳ありません」
「何があったか、話してもらえるか?」
町長に対して、ミシェーラとガルスはこれまでの経緯を説明する。
事情を聞きながら、町長は治療を続けていた。幸いにも、傷は深くなかったようで、ルーゼの治療は問題なく進んだ。
全てを聞き終わり、町長はルーゼに向かってゆっくりと口を開く。
「しかし、闇魔将とは……とんでもないことに巻き込まれたのう……」
「い、いえ、なんとか助かってよかったです」
「治療が早くできてよかった、深い傷でなくても、放っておくと良くないからのう」
続いて、町長は魔族の二人に目を向けてきた。
ミシェーラは、その視線に少し緊張してしまう。責任の一端が、自分にあるとわかっているからだ。
「二人は、大丈夫か?」
「あ、はい、大丈夫です」
「俺も問題はない」
「それなら、よかった。魔族の中にも医師はいたじゃろう。何かあったら、その人に言うじゃぞ」
しかし、町長から出てきたのは、優しい言葉だった。
ミシェーラは、少し安心する。ただ、申し訳ないという気持ちは、高まっていく。
このような人達を、自身のせいで厄介ごとに巻き込んでしまい、ミシェーラは心が痛くて仕方ないのだ。
「町長、このことは、なるべく他言無用でお願いします」
「わかっておる。お主が、ここに帰ってきたということは、騒ぎを大きくしたくないのじゃろう。とにかく、今は休むのじゃ」
「はい……」
ルーゼの言葉に、町長は頷く。
それに対して、ルーゼは安心したような顔になる。
「奴は、しばらく動かんだろう」
そこで、ガルスが口を開いた。
その言葉に、三人は驚く。
「それは、どういうことじゃ?」
「奴の精神は、どうやら不安定なようだ。恐らく、動けるような状態ではない。自身の迷いで、何が正しいかわからなくっているだろうからな……」
「ドレイクの精神が、不安定……」
そのことは、ミシェーラにもなんとなく理解できた。
ルーゼの言葉に、ドレイクはかなり動揺していたはずだ。あの様子は、普通ではなかった。
「それなら、しばらくは大丈夫かもしれんのう」
「一応、町に入らないように、俺が周囲の森を巡回しよう」
「それは、ありがたいが、良いのか?」
「ああ、魔族の不始末は、魔族がつけなければならない。特に、奴とは旧知の仲だ」
ガルスと町長の言葉を聞きながら、ミシェーラはあることを考えていた。自分が戻れば、ドレイクはもうここに来ないのではないかと。
それを口にしようとしたが、ルーゼが言葉を発する。
「ミシェーラ、自分が帰ろうなんて、考えちゃだめだ。ドレイクに従う必要なんてない」
「ルーゼの言う通りだ。ミシェーラ、自分を責めるな」
「うむ。誰もお主を強制することなど、できんのじゃ」
三人の言葉に励まされ、ミシェーラは考えを改めた。
ドレイクに従えば、自分は二度と人間の地を踏むことはできないだろう。それは、ミシェーラにとって、とても嫌なことだ。
葛藤はあるが、今は皆の言葉に甘えることにする。
「ありがとうございます。そうですね、私、弱気になっていました」
ミシェーラは、ルーゼの近くに寄る。
今回、ずっと頑張っている彼に、声をかけたかったからだ。
「ありがとう、ルーゼ。私、負けないよ」
「ああ、頑張るんだ、ミシェーラ」
そこで、二人は見つめ合う。
たが、ミシェーラはルーゼを見て、あることを思い出してしまった。
『僕の両親は、悪魔に殺されたんだ!』
それは、ルーゼがドレイクに言った言葉だ。
ルーゼの両親は、悪魔に殺された。それは、ミシェーラからしてみれば、衝撃的としかいえないことである。
ルーゼが今まで自分を見て、どうのように思っていたのか。ミシェーラは、とても気になってしまう。
ルーゼの今までの態度の裏に、憎しみがあったとは思えない。だが、ルーゼにとって、ミシェーラを見ることが辛くないはずがないだろう。
そう思ってしまったミシェーラの心中は、穏やかではない。
「ミシェーラ? どうかしたのかい?」
「えっ?」
ルーゼに問い掛けられ、ミシェーラは気がついた。自分が、おかしな考えをしていたことに。
「さっきから、悲しそうな顔をしているけど?」
「……ううん。なんでもないよ。ちょっと疲れちゃったみたい」
ミシェーラは、自身の心にある疑念を振り払う。
そんなことは、考える必要がないことなのだ。そう自分に言い聞かせる。
「……そっか、それもそうだよね。もう時間も遅いし、宿舎に戻った方がいいよ」
「おお、それもそうじゃのう。二人とも、早く帰らんと、マリッサが心配してしまうのう」
そんなミシェーラに何を思ったのか、ルーゼはそう言ってきた。
確かに、もう遅い時間だ。パーティで遅くなるとは思っているだろうが、流石にマリッサが心配してしまうだろう。
「……ミシェーラ。それでは、宿舎に戻るとするか」
「あ、はい。それじゃあ、ルーゼ、お大事にね」
「ミシェーラ、君もゆっくりと休んでね。ガルスさんも、ありがとうございました」
こうして、ミシェーラとガルスは、宿舎に戻ることになるのだった。
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