新27話 人と魔族と

 ルーゼの酔っぱらい騒動から、数日が経っていた。


「さて……」


 そんな中、ルーゼは予定表を見ていた。

 予定表には、今後の町の重要な出来事が記されている。

 そこには、一つ、ルーゼが気にしているものがあるのだ。


「どうしてのじゃ? ルーゼよ」

「ああ、町長」

「うん? ああ、なるほどのう」


 そんなルーゼに、町長が近づいてきた。

 町長は予定表を見て、ゆっくりと頷く。


「異文化交流の期限か……」

「はい、もうすぐ魔族達が、いなくなるかもしれないと思うと、気掛かりで……」

「ふむ。じゃが、延長の申請をすれば、この町に留まることができるぞ」

「あ、はい。しかし、何人残ってくれるか……」


 異文化交流には、期限があった。

 といっても、区切りの一つに過ぎない。期限延長が、できるようになっているのだ。

 だが、帰る予定の者もいるはずなので、数が減るのは確かである。


「まあ、こればかりは仕方あるまい。故郷に帰りたい者もおるじゃろうし、この町が合わん者もおるじゃろう」


 ルーゼも内心は、町長の言う通りだと、わかっていた。

 しかし、いた者達がいなくなるのは、普通に寂しいし、悲しいことだと思うのだ。


「しかし、大丈夫じゃろう。お主の気になっている魔族……例えば、ミシェーラなどは、町に残るんじゃないかの?」

「ぶっ!」


 町長の言葉に、ルーゼは思わず、素っ頓狂な声をあげてしまった。

 まさか、こんな時にそんなことを言ってくるとは、思っていなかったからだ。


「別に、気になっている訳ではないですよ」

「ならば、帰ってしまっても構わんのか?」

「それは……」


 今日の町長は意地が悪いと、ルーゼは感じていた。

 しかし、ルーゼは思い出す。先日、自分が酔っ払った時、何か文句を言っていたらしいことを。

 そのことから、少々当たりが強いのなら、仕方ないのかもしれない。そう思い、ルーゼは町長を許すことにする。


「そりゃあ、帰って欲しくはないですよ。ただ、本人がそう思っているなら、僕に止める権利は、ないじゃないですか?」

「ふむ。ルーゼよ」


 町長は、ルーゼの肩に手を置いてきた。

 その表情は、いつになく真剣だ。

 そこで、ルーゼは理解する。今日の町長は、自分に何かを伝えようとしているのだと。


「男には、時には、やらなければならないことがあるんじゃぞ。でなければ、一生、後悔することになるのじゃ」

「町長……」


 町長の言葉は、ルーゼに突き刺さるものだった。

 ただ、少し気なることもある。


「もしかして、町長は、後悔しているんですか?」

「そうじゃのう。あまりにも、昔じゃが、そういうこともあったかもしれん」


 町長が濁していたため、ルーゼはこれ以上、質問するのはやめることにした。そこまで、詮索するようなことではないだろう。


「まあ、本人達に聞いてみますよ」

「うむ。それがいいと思うぞ」


 とりあえず、ルーゼは本人達に聞いてみることにした。

 それで、この話は終わるのだった。




◇◇◇




 ルーゼは、いつも通り、森の泉に来ていた。

 すると、今日は、ピピィが訪ねてきた。


「やあ、ピピィ。僕に何か用かな」

「ル、ルーゼ、大変なんだよ」

「何か問題があったのかい?」

「ミシェーラが、家に帰るんだって!」

「は?」


 ピピィの言葉に、ルーゼは一度硬直してしまう。

 だが、すぐに冷静さを取り戻し、その言葉の真意を聞くことにする。


「ピピィ、それってどういうことかな?」

「言葉のままだよ。もうすぐ、魔族は、家に帰るか、この町に残るかを決めなきゃいけないでしょ」

「あ、ああ、そうだね」

「それで、ピピィとゴゴは、残ることにしててね。ミシェーラに聞いたんだ。そしたら……」

「そ、そしたら?」


 ピピィの言葉に、ルーゼは唾を飲み込む。

 ルーゼは、かなり緊張してしまっているのだ。


「私は、帰らなきゃいけないって、言ってたんだ」

「そう、なんだ……」


 ルーゼは、思ったよりも、ショックを受けていた。

 会話から予想はしていたが、実際に聞くと辛いのだ。

 しかし、ピピィの言った通りの口振りなら、ミシェーラも帰りたいという訳ではないのだろう。


「い、家の事情とかなのかな?」

「どうだろう。ミシェーラは何か言ってなかったのかい?」

「うーん、そこまでは聞いてないよ……」

「そうか……」


 ルーゼとピピィは、悩みながら過ごすのだった。




◇◇◇




 ルーゼは、酒場に来ていた。

 別に目的がある訳ではなかったが、ミシェーラのことを考えたかったのだ。


「ルーゼ、どうかしたのかい?」

「マスター……」


 昼間は、酒場に人はほとんど来ないため、恐らく暇なマスターが話しかけてきた。


「私で良ければ、話しを聞くよ?」

「……そうですね」


 マスターに促されたので、ルーゼは悩みを打ち明けることにする。

 誰かに話せば、少しは落ち着けると思ったからだ。


「実は、もうすぐ、ミシェーラが元の家に帰ってしまうそうなんです」

「それは……そうか、だが、仕方のないことだろう」

「ええ、それはそうなんですが……マスターは、人にはやらなきゃいけない時があると思いますか?」

「なんだい? その質問は?」


 ルーゼの質問に、マスターは疑問を感じたらしい。

 よくわからない質問なので、それも当然だろう。


 だが、マスターは、すぐに答えてくれる。


「まあ、あるんじゃないかと、私は思うよ」

「やっぱり、そうなんでしょうか……」


 マスターの言葉に、ルーゼは考えを巡らせるのだった。




◇◇◇




 ルーゼは、森の泉にミシェーラを呼び出していた。

 全ては、己の決着をつけるためである。


「ルーゼ、どうしたの? 急に呼び出して」

「ミシェーラに……どうしても伝えなくちゃならないことがあってね……」


 ルーゼは意を決し、言葉を放った。

 それは、ルーゼのやらなければならないことだ。


「僕は、君のことが……好きなんだ」

「え……ええ!?」


 ルーゼは、ミシェーラに自らの気持ちを打ち明けた。

 思えば、ルーゼは最初からミシェーラのことを気にしていた。ドレイクとの出来事で、宇色々と自覚したが、それがルーゼの気持ちなのだ。


 ルーゼの言葉に、ミシェーラは顔を赤くしている。

 なんとなく期待できると思っていたルーゼは、さらに言葉を放つ。


「君が町からいなくなる前に、これだけは伝えたくて……」

「うん? 町からいなくなる?」

「え?」


 しかし、ミシェーラの反応が少し思っていたのと違う。

 ここで、こんな反応をされるのは、違うはずだ。


「あれ? ピピィからそう聞いたんだけど……」

「ああ、私、延長するにしても、一度顔を見せてからにしろって言われて……だから、この町から出ていくつもりはないよ?」

「そうだったのか……」


 どうやら、ピピィが勘違いしていただけらしい。

 ルーゼは、がっくりした。だが、すぐに本題を思い出す。


「……それでも、僕の気持ちは変わっていない。その……答えを聞かせてくれると、嬉しい」

「うん、もちろん、言うよ」

「……うん」


 それでも、ルーゼの気持ちは変わらない。

 ルーゼは、ミシェーラのことが好きなのだ。

 その答えを、ミシェーラから聞かなければならないのである。


「私も、ルーゼのことが好きだよ。私をいっぱい助けてくれて、導てくれたルーゼが好きになっていたんだ……」

「ミシェーラ!」


 ミシェーラからの返答は、そのようなものだった。

 ルーゼの告白は、成功したのだ。


「これからもよろしくね、ルーゼ」

「うん、ミシェーラ」


 二人は手を取り合って、見つめ合う。

 二人の毎日は、これからも続いていくのだ。

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人と魔族と ~勇者と魔王の戦いが終わった後の世界で~ 木山楽斗 @N420

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