新7話 植物の声

 ミシェーラ達は、後日再び、森の泉に来ていた。

 いつも通り、ルーゼが待っている。


「ミシェーラ、ピピィ、ゴゴ、おはよう」

「おはよう、ルーゼ」

「おはよー」

「ゴゴー」

「早速だけど、昨日のことを魔族達に話した結果を言ってもいい?」

「ああ、もちろんだ。よろしく頼むよ」


 ミシェーラ達が、人間に協力したことを話した魔族達の反応は、概ね好評だった。

 興味を持って、どのようだったかを詳しく聞いてくる者や、どんな依頼があるかを聞いてくる者がいたくらいだ。


 そうミシェーラが話すと、ルーゼは嬉しそうに笑った。

 ミシェーラにとっても嬉しいことだったが、それはルーゼも同じだろう。


「それは、よかった。そういうことなら、次の依頼を伝えられそうだね」

「次の依頼、もうあるんだね」

「ああ、だけど、今回は皆に適しているかどうか、怪しいかもしれない」

「ピピィ達には、難しいって、どんな依頼?」

「ゴゴ?」


 ルーゼは、懐から一枚の資料を取り出した。

 それを受け取り、ミシェーラ達は目を通す。


「うん? 植物の元気がない……?」

「そうなんだ。ミトさんっていうお婆さんが、家の庭で植物を育てているんだけど、最近、植物がしおれておるらしいんだ」

「それは、ピピィ達には、どうしようもないなー」

「ゴゴー」

「だけど、それに適している魔族はいると思う」


 ミシェーラの言葉に、ルーゼは少し驚いたような顔をした。


「適した魔族か……頼んでおいてなんだけど、そんな魔族もいるんだね」

「植物のことは、アルラウネのスーネさんに聞けばわかると思う」

「アルラウネ……そうか。確か、体が植物でできている魔族だったね」


 アルラウネは、人間の下半身にあたる部分が、植物でできている魔族だ。さらに、肌は緑色であり、上半身にも植物が所々は生えている。


「うん、スーネさんは植物の声が聞こえるって、言っていたから」

「声が、聞こえる? それはすごいね」

「だから、その植物にどんな状態なのか、聞いてもらえばいいんじゃないかな?」


 ミシェーラは、そのような結論を出した。

 スーネなら、植物の声が聞こえるため、直接話を聞くことができる。

 それなら、きっとその問題も解決できるはずだ。


「なるほど、良さそうだね。スーネさんは、協力してくれそうな人なのかい?」

「大丈夫だと思うよ。スーネさんは、さっき言った、興味深く聞いてきた人の一人だからね」

「うんうん、スーネは明るい人だし、ルーゼも仲良くなれると思うよ」

「ゴゴ―」


 スーネは、ミシェーラ達とも仲が良く、人間にも興味を持っている人である。

 そんなスーネなら、きっと協力してくれるはずなのだ。


「それじゃあ、スーネさんを呼んでくれるかな? また、午後一時頃にここに集まろう。それまでに、ミトさんと話をしておくよ」

「わかった、こっちもスーネさんに話しをつけておくよ」


 こうして、四人は別れるのだった。




◇◇◇




 午後一時頃、ルーゼとミシェーラ達は再び、森の泉に集まっていた。

 今回は、アルラウネのスーネも一緒だ。


「あなたが、ルーゼ君ね。私は、スーネ。よろしくお願いするわ」

「はい、スーネさん、よろしくお願いします」


 ルーゼが手を差し出すと、スーネは少し困ったような顔をした。

 しかし、すぐに意を決したような顔に変わり、その手を取ってくる。


「……こういう風に、人間と手を取り合うのは、初めてね」

「スーネさん……」

「ありがとう、ルーゼ君、私にとって、これは大きな一歩よ」


 スーネは、感慨深いような顔をしていた。

 このような顔をさせてしまうのを、ルーゼは申し訳なく思う。自分達人間の不甲斐なさが、スーネの心を傷つけてしまったようなものだからだ。

 だが、同時に希望も覚えた。このように、人間と魔族が手を取り合うことができるのだと、実感できたからだ。


「うん?」

「あら……」


 ルーゼがそう思っていると、何か甘い香りがしてきた。とてもいい香りだ。それにより、ルーゼは自身の心が昂るような感覚に陥る。

 香りは、スーネの元からしているような気がした。ここでルーゼは、あることを思い出す。確か、アルラウネは、その美貌や甘い香りで男を誘惑するのだと。


「くっ……」

「あっ……」


 ルーゼは、スーネの方を見つめる。すると、申し訳なさそうな顔をしているのがわかった。どうやら、彼女も意図してはいなかったようだ。

 人間とあまり接したことがない彼女は、恐自分の力の制御ができていないのだと、ルーゼは推測した。


「ルーゼ君、もしかしたら」

「スーネさん、多分そうです」

「うん?」

「どうかしたの?」

「ゴゴ?」


 他の三人は、気づいていないようだ。魔族に影響がないのかもしれない。もしあったら、宿舎で共に生活している時点で、知っているはずだ。


「できるだけ意識して抑えるから、我慢してもらえないかしら」

「もちろん、頑張りますよ……」

「ルーゼ、どうしたの?」

「スーネも顔が赤いよ?」

「ゴゴ?」


 二人の会話に、三人は疑問を覚えているようである。

 ただ、真実を話すことできない。色々と、気まずくなってしまうからだ。


「とりあえず、ミトさんの元に向かいましょう。ミトさんはお婆さんなので、きっと大丈夫でしょう」

「ごめんなさいね。人間にこんな風に影響するなんて、知らなかったから……」

「スーネさん?」

「二人だけで何を納得してるの?」

「ゴゴ?」


 こうして、五人はミトの元に向かうのだった。




◇◇◇




 ルーゼは、魔族達を連れ、ミトの元に訪れていた。


「おやおや、ルーゼ。もう来たのかい……」

「ミトさん、こんにちは」

「こんにちは」

「こんにちは!」

「ゴゴ」

「……こんにちは」


 家を訪ねると、ミトがゆっくりとした口調で、五人を迎えてくれる。

 前回を経験した三人はともかく、スーネに関してはかなり緊張しているようだ。

 ミトはゆっくりと、四人を順に見ていく。その後、一呼吸置いてからミトは語り始める。


「……今日は、私のためにありがとうねえ。私は、ミトだよ。よろしく頼むよ」

「あ、はい、ミシェーラです。よろしくお願いします」

「ピピィだよ! よろしくね!」

「ゴゴ!」

「……スーネよ。よろしくお願いするわ」


 魔族の四人は、頭を下げてそう挨拶をしていった。

 その光景に安心したのか、ミトは少し笑顔になる。


「そんなにかしこまらなくていいよ。頼んでいるのは、私の方なんだからねえ」


 四人は、頭を上げ、照れたような表情になった。

 ファーストコンタクトは上手くいったようだ。

 それに安心しつつ、ルーゼがゆっくりと口を開く。


「ミトさん、それでは早速、庭の植物の原因を調べましょう」

「そうだったねえ、どうか頼むよ」


 ミトは家から出てきて、ルーゼと魔族を案内する。


 庭は、すぐ傍にあったため、すぐに見えてきた。

 その庭には、無数の植物が存在しており、そのいくつかがしおれている。あまり、いい状態には思えない。


「こんなことで、人を呼ぶのは気が引けたんだけどねえ。原因が、一人ではわからなかったんだよ」


 ミトは悲しそうな顔で、植物を見つめていた。

 そんなミトの前に、スーネが出ていく。


「大丈夫よ、お婆さん。私に任せて」


 スーネは枯れている植物に近づき、屈みながら語り始めた。


「こんにちは。話を聞かせてくれるかしら?」


 植物の声が聞ける。

 それがスーネの能力だ。


 しばらく、スーネは相槌を打ったり、頷いたりしていた。


「なるほど、わかったわ」


 そして、最後にそれだけ言うと、ゆっくりと立ち上がった。

 スーネは振り返り、ミトの元に寄っていく。


「ミトさん、あなたは植物を大切にしているみたいね。毎日、話しかけてくれると、彼等は言っていたわ」

「あら、どうしてそれを?」

「ふふ、私は植物と会話できるのよ。……ただ、可愛がりすぎはよくないわ」


 ミトに対して、スーネは優しく語りかけていた。

 その言葉に、ミトは少し驚きつつも、真剣に耳を傾けている。


「それは、どういうことかねえ?」

「根腐れって、知っているかしら? 水をやりすぎているのよ。もっと、水の回数を減らすべきね」

「そう、だったのかい。確かに、頻繁に水をやっていたからねえ、まさか、それが原因とは思ってなかったよ」


 スーネの言葉に、ミトは納得している様子だった。

 どうやら、覚えがあるようだ。


 ミトは植物に近づくと、ゆっくりと口を開く。


「すまなかったねえ」


 その様子を、スーネは微笑みながら見つめていた。

 ミトは、本当に植物を大切にしているようだ。

 植物の化身ともいえるスーネから、すれば、それが嬉しいのだろう。


 しばらく、話をした後、ミトは五人の方に目を向けてくる。


「ありがとうね、スーネさん。解決して、よかったよ。皆、家に入っておくれ。お茶とお菓子を出すよ」

「本当! ピピィ、お菓子大好き!」

「でも、私達は何も……」

「いいのさ、私がただ、お茶したいだけだしねえ」

「ふふ、ありがたく頂かせてもらうわ」

「ゴゴ!」


 ルーゼは、ゆっくりと微笑み、その光景を見ていた。

 ここでも、人間と魔族が手を取り合えたのだ。

 それは、ルーゼにとって何よりも嬉しいことだった。

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