新8話 魔物討伐任務
ミトの元で、四人と別れたルーゼは、家に戻って来ていた。
「ルーゼよ、少しいいか?」
「町長、何ですか?」
すると、町長が話しかけてきた。
何か問題でもあったのかと、ルーゼは身構える。
「少し、困ったことになっていてな。これは、大変なことなのじゃが……」
「町長、遠慮せずに言ってください」
「うむ、実は、町の近くに、魔物が発生してのう」
「魔物? それは……」
魔物とは、普通の獣より強力な力を持つ害獣のことだ。
魔族に使役される魔物もいるが、その多くは野生である。
ただ、人間を襲ってくることは稀だった。魔物も、人間と戦うのがそれなりに危険であることを理解しているからだ。
「この近くに出るとは、珍しいですね……」
「うむ、通行人が襲われているようでな。対処せねばならんじゃろう」
「なるほど、それで僕を……」
「申し訳ないが、頼めるじゃろうか? お主の他にも、何人かには声をかけようと思っておるが……」
「わかりました、ミシェーラ達との依頼は、一時中断ですね。明日も会う約束をしたので、その時に伝えます」
「ふむ、すまんな、ルーゼ」
ルーゼは、町の中でもそれなりの実力者だった。
このような事件の時は、町で戦える者を集めるのだが、ルーゼは町長の家にいることもあり、ほとんどの討伐に参加している。
「ところで、どんな魔物なんですか?」
「ああ、目撃者に寄ると、どうやら魔犬らしい」
「魔犬ですか、大した魔物じゃなくてよかった」
魔犬は、獰猛な犬に似た魔物だ。鋭い爪と牙が特徴である。
しかし、ルーゼのようなある程度、戦闘経験がある者にとっては、大した魔物ではない。
そのため、そこまで恐れる魔物ではないのである。
「ただ、問題があるとしたら数ですね。二匹や三匹くらいなら、大丈夫ですが、十匹くらいいると流石に辛いでしょう……」
「確認されたのは、二匹らしいが、用心する必要はあるじゃろうな」
「はい。とりあえず、準備しておきます」
ルーゼは、魔犬討伐のための準備をするのだった。
◇◇◇
ルーゼが森の泉で待っていると、ミシェーラ達がやって来た。
今日は、ミシェーラとピピィだけでゴゴがいない。
「おはよう、ミシェーラ、ピピィ。ゴゴの姿が見えないけど、どうかしたのかい?」
「おはよう、ルーゼ。実は、ゴゴ、カーターさんに手伝って欲しいって、呼び出されててね。それで今日は、カーターさんの所に行っているんだ」
「おはよう! だから、ゴゴはいないんだよ」
「そうだったのか、それは良いことだね」
ルーゼの知らないところでも、人間と魔族が協力しているようだ。
そのことを、ルーゼは嬉しく思った。このように手を取り合うのが、ルーゼの望みだ。
「それで、今日はどんな依頼があるの?」
「ああ、そのことなんだけど、今日は、ちょっと依頼は無理かな」
「依頼が来なかったの……?」
「ええっ! そんな!」
「いや、そうじゃないんだ、ミシェーラ、ピピィ」
ルーゼの言葉に、ミシェーラとピピィが悲しんでしまった。
ルーゼは、すぐに訂正する。
「実は、近隣に魔犬が出ていてね……」
「魔犬……それは大変だね」
「うんうん、野生の魔犬は狂暴だって、ピピィも聞いたことあるよ」
「うん、そうなんだ。ああ、この泉の近くではないから、それは安心して欲しい」
「けど、それでどうして、依頼ができないの?」
「ああ、それは、僕が魔犬討伐に参加するからだよ」
その発言に、ミシェーラとピピィは目を丸くした。
どうやら、ルーゼの言葉に驚いたようだ。二人とも、ルーゼが戦えるような人間でないと、思っていたのだろう。
「ルーゼって、戦えるの?」
「うんうん、全然想像できないよ」
「まあ、一応、この町では強い方だよ」
ルーゼも、自身がそのように見られているだろうと予測していた。
そのため、驚かれることは想定内だ。だから、特に傷つくこともない。
「でも、そういうことなら、私やピピィも手伝うよ。こう見えても、魔族だもん。普通の人間よりは、戦えるよ」
「そうだね、魔犬くらいなら、ピピィでも大丈夫だよ」
「ありがたいけど、賓客である魔族を、危険な目に合わす訳にはいかないんだ。だから、二人の助けは受けられない」
そんなルーゼに対して、二人はそう言ってきた。
しかし、ルーゼはそれを認めることはできない。
この町に来ている魔族は、賓客も同然だ。そんな者達を、危険な目に合わすのは非常にまずいのである。
「それは、頂けんな」
「え?」
「うん?」
「へ?」
三人がそんな話していると、別の声が響いた。三人は、声の方を見る。
すると、そこには一人の魔族が立っていた。
魔族は鎧を身につけており、露出している部分は鱗に覆われている。顔はトカゲのようであり、太い尻尾が生えていた。
「リザードマン……?」
「いかにも、俺の名はガルス。傭兵崩れのリザードマンさ」
ガルスと名乗ったリザードマンをよく見れば、かなりの筋肉をしていることがわかる。
さらに、無数の傷跡もあり、彼が戦士であるということを表していた。
「ガルスさん、どうしてここに?」
どうやら、ミシェーラ達とは知り合いらしい。同じ宿舎で暮らしているので、それも当然だろう。
「ああ、悪いが付けさせてもらった。少し、嫌なこと気配を感じたのでな」
ミシェーラが尋ねると、ガルスは真剣な眼差しでそれに答えた。
嫌な予感という言葉は、ルーゼの心を揺さぶってくる。
「ガルスさん、嫌な予感って、どういうことですか?」
「ルーゼでよかったか? そうだな、強大な魔物の気配を感じ取ったのだ」
「強大な気配? 魔犬程度にですか?」
「いや、違う。それよりもっと別のものだ」
ガルスの言葉に、ルーゼは少し不安を覚えた。
魔犬以上の魔物が潜んでいるとなると、かなりまずいだろう。
そのため、それは詳しく聞いておきたいことである。
「別? それは一体……?」
「魔犬は、獰猛であるが頭は悪くない。わざわざ、人里に近づくようなことを普通はせん」
ガルスの言葉は、ルーゼにも納得できることだった。魔物は、滅多に町の近くに出たりはしない。
「つまりは、いつもと違うということだ。魔犬だけではない、何か別の魔物がいると、考えられる」
「そ、そんな……」
「無論、その魔物がこちらに近づいているというのは、俺の予感によるところが大きい。普通の魔物が逃げて、強大な魔物はそいつらがいた場所に留まっている。それが一般的だ」
「それは、そうかもしれませんね……」
「これは、推測でしかないとも言える。しかし、それでもよかろう。要は、この俺を連れて行けばいい」
「え?」
ガルスの言葉に、ルーゼは驚いた。
今までのガルスの説明は、ルーゼも理解している。だが、だからといって、ガルスを連れて行ってもいい理由にはならない。
それが、この町をまとめる町長の元で働くルーゼの感覚なのである。
「いえ、ですから、魔族を危険な目に合わすわけには……」
「安心しろ。こんな、しがないリザードマン一人、傷ついたところで問題はない」
「ガルスさん、これは個人の問題ではないんです。あなたが傷つくことは、魔族と人間の問題になりかねない」
ガルスの主張を、ルーゼは通せなかった。
どんな魔族であっても、賓客には変わらない。
ガルスが優れた戦士でも、扱い的にはミシェーラ達と同じになるのだ。
「……ルーゼよ。お前は、人間と魔族が手を取り合うべきだと、考えているらしいな。ならば、同じ町に暮らす者として、危機には手助けするのが正しいはずだろう?」
「それは……」
しかし、次の言葉はルーゼの心に響いた。
確かに、真に手を取り合うにはそうしなければならないだろう。
「そこにいるミシェーラやピピィでさえ並みの人間よりは、腕が立つ。その力を、人間を守るために、使わせてはくれないのか?」
「うっ!」
ガルスの言葉は、ルーゼの心に強く響いてきた。
この男とともに、戦いたい。そう思わせる何かが、ガルスにはある。
「……わかりました。ガルスさん、ともに戦ってください!」
ルーゼは、その手を差し出した。
ガルスならば、ともに戦っても大丈夫だと、ルーゼは判断したのだ。
「ああ、この力、存分に振るわせてもらおう」
ガルスはその手を強く握り、ルーゼに応えてくれた。
そのことに、ルーゼは自然と笑みを零してしまう。
「あの……」
「二人ともっ!」
そんなルーゼの耳に、二人の声が入ってきた。
それは、ミシェーラとピピィの声だ。
「あ、ごめん。ミシェーラ、ピピィ」
「別にいいけど、ね、ピピィ」
「うんうん。私達のこと放っておいて……」
二人は少し怒っているようだ。
ルーゼはガルスに夢中になっていたため、二人を蔑ろにしていたのである。
浮かれていたルーゼは、一気に反省する。
「ほ、本当に、ごめん……」
「けど、ガルスさんがついていくなら、私達もついていっていいよね?」
「うんうん、ピピィ達も強いんだから」
「えっ? いやそれは……」
ルーゼは、ガルスの方を見た。
ガルスなら、二人をなんとか説得してくれると期待したからだ。
「別に構わんだろう。いざとなったら、後ろに下がらせればいい」
「ガルスさん……」
しかし、ガルスは特に気にしていないようだ。
ルーゼは、少し考える。ただ、ガルスを認めてしまった以上、二人を拒むことはできない。
「仕方ない! 二人も行こう!」
「よし!」
「頑張ろー!」
結局、二人の参加を認めるしかなかった。
ガルスの言う通り、いざという時には、下がってもらえばいいのだ。
こうして、人間と魔族の魔犬討伐が決まるのだった。
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