第12話
面と向かって戦えば、また俺の能力『ただしイケメンに限る』で弱体化される。シンプルな肉体強化である筋肉達磨が正攻法を使わないことは確かに理解出来る。出来るのだけど。
「言ったでしょう! 勝つことに執着し、周囲への迷惑を顧みない参加者も居ると!」
「いくら廃工場って言ったって……!」
老朽化の著しい廃工場はいとも簡単に崩れていく。降り注ぐ鉄くずの雨が逃げだそうとする俺たちの邪魔をする。
ぽっかりと開いた天井からのぞき込む太陽光が舞う埃を視覚化させるために返って周りの様子が見えにくくなってしまっていた。
「こっちよ!」
裏口はすでに瓦礫で封鎖されている。俺たちが入ってきた正面入り口はここからでは見えないが、筋肉達磨がそこから出たことを考えれば真っ先に封鎖しているはずだ。製造過程の関係なのか一階に窓の類いはない。空気穴ぐらいはあるが人間が通れるようなサイズではなく、つまり俺たちが脱出出来る場所はもう存在しなかった。
それでも迷わず走り出す
「お、おい! どこへ行く気だよ!」
「死にたくないなら黙って付いてきなさい!!」
「そ、うわッ!? ……ああ、もう!!」
長い階段の折り返しに彼女の姿が消えていく。今なお揺れて崩壊する工場内であれだけ蹌踉けることなく階段を上っていくなんて、彼女は身体能力も優れているのだろう。
付いていくか一瞬躊躇してしまったが、落ちてきた瓦礫を避けた反動そのままに俺は半ばヤケクソで彼女を追いかけていった。
「嘘だよな」
「行くわよ」
「死ぬ……、これは絶対に死ぬ!!」
「あそこの生け垣を目指せばいけるわ」
一階から階段を上れば二階になるのは当然だ。だけど、そこは二階と言うほどのものではなかった。
中央がぽっかり吹き抜けとなっていて一階が簡単に見下ろせるそこは、壁側をぐるっと囲むキャットウォーク状になっており、高い天井やらそこにある照明やらに作業するために作られた空間だった。
つまりは、高さも通常の二階と考えるよりは三階、もしくは四階並の高さがある。
一階には光が漏れないように絶妙な角度で設置されていた窓を緑苑坂は開放している。それは、つまり。
「飛ぶわよ」
そういうことである。
彼女の言う通り、確かに外には手入れのされていない伸び放題の生け垣があるにはある。だからといってせいぜい腰ぐらいまでしか高さのない生け垣でどれだけの衝撃を殺してくれるだろうか。
「死にはしないわ。骨折はするでしょうけど」
怪我をしようが能力で無理矢理にすぐ治す。
彼女はそう言いたいのだろう。確かにそれは分かる。分かるけども。
「他に脱出方法あるって!」
「それを探す時間はないわ。もう良い、死にたいのならそこにいなさい」
「おッ!?」
伸ばした手が彼女を掴むことはない。
一切の躊躇もなく彼女は窓枠に足をかけて宙へと飛び出した。
「緑苑坂!!」
なんだ、あいつは。なんなんだ、あいつは!?
いくら回復出来るからってこの高さだぞ!? 下手すれば治す暇もなく死んでしまう可能性だって大きいこの高さからあんなに躊躇なく飛び出すことがどうして出来るんだよ!?
あいつの能力は回復。経験した俺だからこそ分かる。いくら治るからって、治るまでは痛いんだ。それはもう耐えがたく痛いんだ。
今まであいつは一人で戦ってきた。毎回こんな危険に会っていたとしたら自分が怪我をしたことだってあるはずなのに、どうして痛い目に会うことに怖がらないんだよ……!?
鈍い音に窓から身を乗り出せば、狙い通り生け垣へ突っ込んだ彼女の姿。しばらく蹲っていた彼女が何事もなく立ち上がったことにほっとした。
彼女は何も言わない。何も言わずに窓枠から顔を覗かせる俺をじっと見つめてくる。いつまでそこに居るのかと。
後ろでは工場が崩れていく音が酷くなっている。床、というよりは足場もぐらぐらと揺れ始めここももう保ちはしないだろう。
あれだけ自分勝手な緑苑坂が生け垣から出ただけでそこを動こうとしない。俺を見つめたまま動かない。
飛び出した俺が怪我をするのは間違いなくて、それを治すため……。そんなわけはないか、きっとこのあとあの筋肉達磨を倒すために必要だから早く降りてこい下僕。と言ったところだろう。
怖い。怖いって。怖いに決まってんじゃねえか!!
死ぬのも怖い。ここから飛び降りるのも怖い。痛い目に会うのも怖い。俺が何をしたって言うんだよ。もう良いじゃねえかくそったれな夢なら早く冷めてくれよこんちくしょう!!
夢じゃないから嫌なんだ。
夢なら冷めているはずだから。夢ならもっと簡単に助かるはずだから。夢なら筋肉達磨に殴られた時あんなに痛いはずがないから。夢ならもっと楽しいはずだから。夢ならきっと俺の好きな人たちがもっと出てくるはずだから。
夢ならきっと、
俺の顔はマシになっているはずだから。
「ぢぎしょォォ!!」
窓枠に足を掛け、俺は空中へと飛び出した。
一瞬の浮遊感。それはすぐに重力に嘲け笑われる。体育で習った受け身など、素人である俺が咄嗟に使用できるはずもなく。俺は不格好な姿のまま生け垣越しに地面へと衝突した。
――バキッ
「ぎッ!?」
痛ぇえええ!? あ、ガッ!? 骨、身体ァ!?
バキって! バギっでぇ!! なんだよ!? 痛いよ馬鹿野郎!? 漫画の主人公はどうなってんだよ、どうしてあいつらはいつもあれくらいの高さから無傷なんだよ俺だってそれで良いじゃねえか! 痛いッ! 痛い痛い痛いッ! ああ、くそ!!
死んでねえぞ!!
「『死ぬこと以外はかすり傷』」
「ぅ、ぐ……、ひぐ……」
「もう痛みは取れたでしょう。何をしているのはやく立ちなさい」
「……あそこから、あの高さから落ちたんだぞ!? 少しは何かねえのかよ!!」
「遅いのよ」
「……ッ」
躊躇なく飛び出した緑苑坂からすればそうだろう。治してくれたのは彼女だ。それでもあんまりじゃねえか……。仲間、ではなく下僕だったとしてももう少し何か言い方ってもんがあるだろう……ッ!!
「いッ!?」
文句の一つでも言おうとした俺の身体を引きずられていく。乱暴すぎる彼女の態度にいい加減キレそうになった感情は、
「もう少しだったわね」
完全に崩れ落ちてしまった廃工場の断末魔によってかき消されてしまっていた。
※※※
「ふははッ! これで良し! さすがは我である。力だけではない頭脳をも持った最強の戦士と言えようではないか!!」
倒壊した廃工場を前にして、筋肉達磨はポージングをとり続けていた。だが、プロのボディービルダーの美しいポーズと比べてしまえばそれはただ似た姿を取っているだけのまがい物。人並み外れて化物な筋肉と合わさって酷く気持ちの悪いものになっていた。
「奴の能力には驚きこそすれ、であれば直接戦わずに倒す。この切り替えの速さはさすがは我。すごいぞ我。やったぞ我!!」
瓦礫と化した廃工場を目の前にして彼の調子は天井知らずに上昇していく。出入り口を封鎖した上で倒壊させてしまえばそれは確かに死んだと思い込むのは仕方のないことかもしれない。
二階の窓のことは知っているのかいないのか。知った上であの高さから飛び降りられるはずがないと思っているのか。
そんなことは分からないが。
「おぃ!!」
これ以上、この遊戯に付き合っている気もなかった。
「え? ……えぇえ!? え、な、どうして君が生きて、え、だって潰れて!?」
我口調もどこかへいってしまった驚きが落ち着いているのを待っている気も毛頭ない。
気付かれるギリギリまでこっそり近づいた俺は、最後の距離を一気に走り詰めていった。
「『ただしイケメンに限る』!」
緑苑坂が計ったことには約30秒。その間、
「ひ、ぎゃぴッ!?」
こいつの筋肉はただの張りぼてになる!
俺の能力に抵抗は出来ない。だって自分がイケメンではないことをこいつがしっかりと認めているんだから。
引きつり悲鳴をあげる筋肉達磨の顔面に、硬球が突き刺さる。
能力発動に合わせて緑苑坂が後ろから投げた硬球が。
見事な鼻血を噴き零して体勢が崩れる。30秒という時間は自分が体感してしまえば実はかなり短い。
格闘技もやっていない俺が、この短い時間の中でこいつを沈めるためには、使うしかない。
対男性用最終最凶技。
「う、らァァ!!」
――金的蹴りを。
「~~ッ!? ぎョ」
同じ男としてやってはいけないことだとは分かっている。だけど、工場を倒壊させるような奴に遠慮なんて必要ないだろう。
「ぎょピぃぃィイイイイイ!!」
悲痛な男の断末魔が、粉塵舞う工場跡に木霊するのであった。
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