第7話
「100名です」
狐顔のブランが両の手を広げてみせてくる。その自信満々な顔はどうにも好きになれなかった。
「小生と同じ担当官と呼ばれる者達が才能ある100名を選び異能の力を与えて戦わせる。娯楽ですので、数が多すぎても少なすぎても面白みがない。だからこそ、100名」
「それじゃあ、あんたみたいな担当官が俺にも付くとでも言いたいのか」
「ノンッ! 話は最後まで聞きましょう。昔はこの100名で戦わせていたのですが、在るときから少し、そう少し要素と数を増やすことになったのです」
「担当官から直接選ばれた駒を親とし、親は一人だけ自分と一緒に戦う子を作ることが出来る権利を与えられるのよ」
「つまり、現代の言之葉遊戯は最大200名の戦いとなるのです。まぁ、理論上ですが」
「待ってぐッ!?」
勢いよく立ち上がろうとした俺の身体は、まるで椅子にくっついてしまったかのように動かない。勢いだけが残ってしまい腰に嫌な痛みが走る。
「なッ! ぐ……ッ!」
「お話の途中で立ち上がるはマナー違反で御座いますよ」
何をされたのかは分からない。が、間違いなく目の前のブランが何かしたことだけは理解できた。それこそ、俺が考えても分からない方法で。
「ど、うして俺なんだ……ッ! 俺じゃなくても良いじゃないか!」
言之葉遊戯とやらが天界の娯楽だと言うのであればこそこそ打って付けの人材だろう。だが、俺はどうだ。見た目は言うまでもなく、才能だってあるわけじゃない。運動神経だって学力だってはっきり言ってそこそこだ。
「私だって貴方なんかを子にしたくはないわ。でも、仕方がないのよ、貴方には才能があったのだから」
「言之葉遊戯で戦うには異能の力が必要不可欠。されど、誰でも彼でも使えるわけではないので御座いますよ」
「知るか……! いつ俺に才能があるなんて分かったんだよ!」
「傷が塞がったからよ」
「……は……?」
「愛殿の能力で貴方は一命を取り留めた。ですが、普通の人間にはあそこまで効果が出ないので御座います」
「腹に大穴を開けられたあの状況で、貴方は私の言葉を信じた。それこそ、完治してしまうほどに」
「言之葉遊戯に必要なのは自分を信じ抜く覚悟と相手の心を折る度量。その点、貴方は……、自分かはともかく言葉を信じるという最初の一歩をクリアした。してしまった」
「天界の連中はこの第一前提を簡単に見抜くけれど、私たちただの人間はそうじゃないわ。だからこそ、子を持つ親はそれほど多くない。分かるかしら、子を、つまりは下僕を持つことはそれだけでこの遊戯を勝ち抜く大きなアドバンテージに繋がるのよ」
「つ、まりは……!」
どれだけ力を入れようとも俺の身体が立ち上がることはない。
それが分かっていても諦めるわけにはいかなかった。これ以上ここに居て良いことなんてあるわけがない。
「あんたは! 自分が勝ちたいってだけで俺にその馬鹿なゲームに参加しろってのか……!!」
「最初から言っているじゃない。貴方は言之葉遊戯に参加して私が勝つ手助けをするのって、人の話を聞いていないのかしら。それとも理解出来る頭がないの? 前者も腹は立つけれど、後者だと困りものね。私の下僕が貴方が悪いとか恥ずかしい限りよ。ただでさえ顔が酷いというのに」
「そんなこと手伝うわけねえだろ!! 他をあたれ!」
無茶苦茶にもほどがある!
しかもこいつの話しぶりだと一緒に戦うパートーナーだとも思っている素振りがねえ! 手伝うなんて言った日にゃ弾よけの肉壁にでも使われる未来しか見えねえじゃねえか!!
「他が居れば勿論そうして居たわ。だけど、私の周りに遊戯に参加する才能を持ち合わせている者が誰も居なかったのだもの。でなければどうして貴方のような人に声をかけるというのかしら」
「それじゃあお気の毒様だな……! 俺もあんたを手伝う気は更々ねえよ!」
「そう? 残念ね」
どうしてこいつはこの態度で手伝ってもらえると思えるのだろうか。もしも本当にそう信じてこの態度なのだとしたらこいつは大馬鹿だ。
それこそ、
「それじゃあ貴方は今すぐ死ぬことになるわ」
俺の弱みでも握っていなければ出来ない態度を。
※※※
「……」
「理解出来たかしら」
投げかけられる質問に応える余裕などいまの俺にあるはずがなかった。人を馬鹿にするようにゆっくりと紅茶を飲む彼女の説明をそのまま信じるとすれば。
「脅し、ということだよな」
「放置しておけばそのまま死ぬはずだった貴方を助けてあげたのは私。そもそもあの場で死んでいたはずの貴方に文句など言えるはずがないと思うけど?」
言之葉遊戯に参加して、この女が勝つ手助けをしないというのであれば能力を解除する。
彼らが言うところの異能の力のおかげで死にかけていた所を俺は助けてもらっている。今ここでまたあの大穴が腹に開いてしまえば、助かる術は存在しないだろう。
「……」
「死にたくないなら私の言う通りに動きなさい。それだけよ」
彼らはゲームに参加できる才能を持つ者を探すことは難しいと言っていた。なら、無作為に俺を殺すなんて真似はしないんじゃ……。
「自分の価値を高く見積もらないことね。確かに珍しいかもしれないけれど言ってしまえばそれだけよ。手駒が増えれば私の勝率は上昇こそすれ貴方が居なくなることで下降はしない。むしろ他の参加者に取られる可能性も考えれば、あとは分かるわね」
敵になる前に、か。
間違いなくこの女であればやるだろう。それこそ躊躇いもなく。犯罪がどうのとか下らないことを言う気はない。そもそもが常識外れのゲームの話なんだ。人が死んでも問題がないように出来ているんだろう。
「……分かった。言之葉遊戯に、参加する」
「実に無駄な時間を過ごしたわ」
「素晴らしい!」
流せば良いのだろうが逐一腹の立つ言い方をする緑苑坂の言葉をブランが大げさに邪魔をする。
「断られてしまっては如何したものかと小生は冷や冷やドキドキしておりました! なにせ……」
白々しくハンカチで目元を拭う彼の態度もまた見ていて気分が良くなるものではない。
「異能の力を授ける薬をすでに
「……は?」
聞き捨てならない台詞を述べる彼に対する行動を取る前に、俺の心臓が大きくドクンと脈打った。
「あ……ッ!? が、ァ……!!」
倒れ込んだ拍子にテーブルのカップが床へと落ちる。甲高い音とともに破砕するカップを気にすることは出来なかった。
「ぁああぁああッ!!」
痛いッ!
心臓が! 心臓がビキビキと軋んでいる!? 痛みが強すぎて心臓の形が感覚で掴めてしまうほどに痛い!!
「へぇ……、私が力を得た時とは随分異なるのね」
「親とは異なり子は薬で無理やり付与させますので、一歩間違えることもなく通常であれば死んでしまいます」
「どうせ手段が異なっているのも娯楽のためなのでしょう?」
「楽しみのためにわざと痛みを伴う手段を取っていると? 残念です! 小生がそこまで外道だと思われていようとは!!」
「で?」
「まさにその通りで御座います!! 痛みに苦悩するその顔を見て我々は大いに笑うのです! これで死ぬは死ぬでまた一興!!」
ふざけるなァ!!
人の命をなんだと思ってやがる!!
「さァ、
がァ!? 駄目だ、もぅ……、死ぬ……ッ!?
心臓が破裂する……!!
「熟語にことわざ、スラングなんでもござれ! 努々日本語に留まることなかれ! 古今東西七転八倒四面楚歌! 誰に何を言われようともこれが真実だと強く思う言葉が力と成りて貴方に宿る! さァさァ! 時間は御座いませんぞ!」
言葉……!?
俺が信じる……ッ! 絶対な、言葉……!
「考えるのではない感じるので御座います! 死を間近に浮かぶ言葉こそが本当の真実! 貴方の本心! 世界の常識なんぞに価値はなく! 倫理観など糞くらえ!」
そんなもの……!
むかしから……、昔からどうしようもないと思っていた……! この顔に生まれて、あの家族と暮らしていて。どれだけ俺がなにをしようとも!
「言え! 話せ! 述べては叫べ!! 今この場にて高らかに宣言なさるのです! さァさァ! 貴方が信じる言葉は何とする!!」
知っている。
分かっているさ……! だって、どうせこの世界は……!!
「『ただしイケメンに限る』!!」
「あいや! ここに! 聞き! 届けたりィ!!」
「なにそれ」
はっきりと侮蔑の籠もった緑苑坂の言葉に何も言い返すことはなく。ふっと取れた心臓の痛みに俺の意識は限界を迎えてしまった。
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