第8話
「実に! 実に愉快痛快ホタテ貝! 確かに彼の顔面を考慮すれば痛感してしまう、それこそ痛みで死んでしまいたくなるほど痛感する言葉に御座いますな!」
「そのまま死んでくれても良いのよ」
「比喩と言うものを知らぬとは……、…………頭は大丈夫ですかな?」
「貴方こそ嫌味も知らないのかしら」
「存じております故に嫌味を述べたので御座いますが?」
「言葉からして媒体が必要な能力ではなさそうね」
「おやおや苦しくなって逃げましたかな? そうで御座いますなァ……、はてさてどのような能力へと昇華しておりますことやら」
「…………ぁ……ぅ」
なんだ……、頭が……、ここ、は……。
「目覚められた御様子で。御気分は如何でしょうか」
なんだ……、この狐……。きつ、き……。
…………。
「おまッ! いッ!?」
「ああ、まだ少し安静にしておくべきだと進言しておきましょう」
「……遅いっての…………ッ」
自分に身に起きたこと。起こされたことを思い出した俺が目の前に男の胸倉を掴もうとするが、その前に痛む自分の胸を掴んでしまう。
せめてと精いっぱいの恨みを込めた視線を送ろうが、二人が気にしている様子など微塵も感じられなかった。
「これで貴方も言之葉遊戯の参加者よ。私の優勝のために馬車馬の如く働きなさい」
「……、自分の駒が痛みに苦しんでいる時に何か言うことがあるんじゃないのか」
「は?」
ごみを見る目ってのはこういう目を指すんだろうな。
「さて……、小生が出来ることはここまでで御座いますな。小生も忙しい身でありますが故に本日はどろんさせて頂きます」
「次会う時は貴方の葬式で構わないわ」
「御香典は5万ドルからとなっております」
律儀に自身の紅茶分の代金を財布から取り出したブランがくるくると回転しながら店を出て行った。最後まで鬱陶しい奴だな……。
「ただしイケメンに限る」
「うッ」
痛みに朦朧していたとはいえ、確かに俺は叫んだ。ずっと思い続けて、いや、呪い続けていた想いを。
「良いんじゃないかしら」
「え?」
叫んだ時の彼女の蔑んだ言葉の調子から確実に聞くに堪えない罵詈雑言を受けると思っていた俺はまさかの言葉に拍子抜けしてしまう。
「勘違いしないでちょうだい。情けない言葉だとは思っているわよ。ただ、そうね。貴方の顔面を見た後だとその言葉を否定することも可哀そうになってしまうもの」
「ほっとけッ」
ワンクッション置いただけで結局馬鹿にされるのかよ……!
「否定されないというのはとても強いことよ。言之葉遊戯に於いてはね」
「それ、なんだが。具体的に言之葉遊戯ってのはどう進行していくんだ」
あの小太りのおっさんとの戦いが言之葉遊戯だというのであれば、何か事前に戦いの時間と場所を指定されたものなのか、それとも無作為に行われる形式なのか。
異能の力を使って戦うと云ったって、他にも細かいルールはあるに決まっている。これが娯楽だというのであればなおさらだ。
「そうね。その辺の詳しい話はしておくべきだけど」
「歩きながら説明してあげるわ。行くわよ」
※※※
ブランの奴が置いていった硬貨がまさかの海外のものだったために結局俺が三人分の料金を支払うはめになってしまった。
それでも良心的すぎる値段設定にいつか今度
「別にあのままあそこで説明してくれたら良かったのに、どこか行くとこでもあるのか」
「黙ってついて来なさい」
これである。
迷うことなく足を進めているためにどこか目的地はあるのだろうが、それがどこかを彼女はまったく教えてくれない。
見た目だけは美少女の彼女と歩くとなると普段以上に視線が集まってくる。彼女を見て呆けた瞳が俺へと移り恐怖へと変わっていく様は正直心苦しかった。
まだ素直にどうしてあんな奴が……! と恨みを飛ばしてくれればどれだけ楽か。
「言之葉遊戯にはいくつかの曖昧なルールが存在しているわ」
「曖昧な……?」
「娯楽といったでしょう。幾度となく開催されてきた言之葉遊戯の主催者はバラバラなの。そのせいで、大まかなルールこそあれどその解釈の幅はその都度異なるわ」
「子供の遊び……、みたいなものか」
「言い得て妙ね。明確で厳格なルールのある公的試合などではないという点ではその通りよ。まず、言之葉遊戯の参加者は優勝すると天界の者が可能な範囲で何か一つだけ願いを叶えてもらえるの」
「まじで……ッ」
「ああ、これは親だけね。子である貴方には関係ないわ」
「じゃあ言うなよ!?」
絶対にぬか喜びさせるためだけに言っただろうこいつ! 優勝賞品もないとか本当に子の立場は下僕みたいなもんじゃねえか!
「今すぐに覚えるべきは、「戦い開始のタイミング」と「能力を除く武器使用禁止」の二つのルール」
それにしても、緑苑坂は本当に周囲の視線が気にならないんだな……。今だってかなりの人間が注目しているというのにお構いなしだ。
「今回の言之葉遊戯に於いて、戦い開始の合図は存在しないわ」
「え? てことは」
「いつどこでどうやって攻撃を仕掛けても自由ということよ。それこそ、周囲を巻き込んでも問題はないわ」
「そッ! そんな馬鹿な!?」
俺が見たことある能力は、緑苑坂の回復? の力と、おっさんの槍のようなものを創る力だけ。でも、本当に漫画みたいなバトルなのだとしたら大勢に被害が出るような能力だってあり得るはずだろッ!
「彼らから私たち地上の生き物の価値なんてその程度のものだということよ。勿論、戦いに於いて破壊が行われた場合多少の復元は行われるけれど……、死んだ命は戻らないわね」
「でも、そんなことニュースで報道も」
「記憶の方を弄るのよ。私たちが記憶している大勢の人が死んだ事故のいくつかは、過去に行われた言之葉遊戯の帳尻合わせらしいわ」
「そっちのほうが面倒臭いだろ……!」
「死んだ命は彼らを以てしても生き返らせられないということよ」
「…………」
「貴方如きが何を言おうがルールは変わらないわ。それともう一つだけど」
「能力を除く武器使用禁止」
「そう。あくまで彼らは異能の力で戦う人間を見て楽しみたいのよ。つまり、拳銃だのミサイルだのを使ってはい終了。は出来ないということね」
「待て。でも、確かこの間ボール使ってなかったっけ」
それも硬球のほう。
あれだって見ようによっては立派な武器なはず。
「その辺が曖昧さよ。元々人を殺す用に造られたものは駄目だけど、それ以外の用途で造られた道具がどこまで駄目かはその時の主催者判断とされているわ」
「ボールは良いけど、包丁は駄目……みたいな?」
「そうね。金属バットは駄目だけど木製バットは良かった、なんて時もあったらしいわ」
「曖昧すぎるだろ……、木製バットだって普通に人を殺せるじゃねえか。そんなんで何が良くて何が駄目なんてどうやって分かるんだ?」
「禁止とされる物を使用しようとすると頭の中で警告が流れるの。それを無視して使用すれば失格ね」
気付けば周囲の視線を感じなくなっていた。
不況の影響で倒産してしまった工場が立ち並ぶエリア。持ち主が夜逃げしたとかで解体するにも金がなく放置され続けた結果、この街に住むまともな人間は立ち寄ることのない危険地帯へと化した場所であった。
「もしかして、この辺で俺の能力を試すのか?」
ブランが勝手に飲ませた薬の影響で俺にも異能の力が宿ったとは言われたけれど、どんな力が宿っているかが分からない。
俺からすれば人に言いたくないコンプレックスを聞かれて終わっているような状態で正直恥ずかしい……。
「半分正解」
「半分?」
「言之葉遊戯の参加者は可能な限り近くで選出されるわ。と言っても、規模はだいたい国単位。周囲を海で囲まれている日本の場合、あり得て中国か韓国に数人居るか居ないかといった具合ね」
「うん? いや、日本だけにしたって普通に広すぎるだろ。北海道とか沖縄とか言われたらどこに敵が居るか把握できるわけねえじゃねえか」
「そうね。だから」
緑苑坂がスマフォを取り出して操作する。
歩きスマフォは危険だなんてこいつが聞くわけもない。
「参加者の居場所はある程度だけど開示されているのよ」
「は?」
と、言うことは……。
「貴方の能力は何なのか、いえ、使えるものかどうかは」
彼女の視線がスマフォから外される。
釣られて俺も前を向けば……。
「実戦で調査といきましょう」
ブツブツと暗い雰囲気を漂わせ、猫背で自分の爪を噛み続けている気弱そうな男性がそこに居た。
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