第9話
「無理に決まってんだろ!?」
「つべこべ言わずに行きなさい! 死なない限りは私の能力でなんとでもなるわ!」
脅されて、そして騙されて異能の力を授かってまだ一時間足らず。そもそも授かった能力がどのような効果を発揮するかも分かっていない状況で俺に戦えと言う
「最悪肉の壁になりなさい!」
はい、その両方だったよこんちくしょう!!
「無理ッ! 無理無理ッ! また腹に穴とか開いたら今度こそショック死するわ!」
「人間として外れた顔しているとはいえ性別上は男なのだとしたら腹くらいくくりなさいよ!!」
「くくる腹がなくなりたくないから言ってんだろうが!!」
素振りもしたことない奴が試合でホームランを打てるだろうか? 出来るわけがないだろうが! バッターボックスに立つことすら恐怖で仕方ないわ!!
「見るからに根暗でボッチな相手のどこに怖がる必要があるのよ! 能力以外はそのままの人間の能力なのよ! あの程度ワンパンで沈められるでしょうが!」
「そういう奴に限ってヤバい能力持っているのが定番じゃねえか!」
「だから
「分かった上で相手を選択しやがったなてめぇ!!」
利用価値があるか分からないからって、使えなかった時のことを考慮して一回限りの使い捨てとして面倒くさそうな相手にぶつけやがったなこいつ!?
「ぃ、いい加減にしろォォ!!」
実はさっきからぶつぶつとこちらへ何か言っていた男がとうとう大声をあげた。いや、分かってたんだけど……、あんまりに声が小さすぎて聞こえないし、かといって明らかに敵にこちらから聞きなおすのもどうかと思って……。
「こ、こひ、こっちが何度も……、何度も頑張って、声、こえ出して……ッ! 無視、無視しやがってェ!」
「ほらみろ、お前が変なこと言いだすからあの人怒っちまったじゃねえか」
「私はちゃんと貴方が相手しなさいと言ったはずよ。その上で無視をしたと向こうが言うのであれば悪いのは貴方であって私ではないわ。自分の罪を人に被せるとか最低ね」
「メインの参加者はお前なんだからお前が最初に会話するべきだろうが!」
「責任感もないというの? さきほど自分で言之葉遊戯に参加したのだからそこに親も子も関係ないわね」
「そういうのを屁理屈って言うんだろうが……!」
「あら。屁理屈だろうが納得したというのであればそれは立派な理屈よ。言之葉遊戯はどれだけ相手の言葉を否定し、こちらの言葉を納得させるかの戦いなの。屁理屈だ、と負け犬の遠吠えを言うしかないなんて無様ね」
「ああ言えばこう言いやがって……!」
「それで言い訳は終了かしら。じゃあとっとと行ってきてくれる?」
「うるさぁぁぁああああぃ!! ぉ、おおお前らいい加減にィ!」
「黙りなさい」
「ひッ」
彼には申し訳ないが、二回目の無視にさすがにキレた。と思いきや緑苑坂が一言で切り伏せた。本当に鬼かこいつ。
「うるさい? 少なくともこちらは通常の声量でしか話していないわ。それに比べて貴方の声はなによ。そもそもがぶつぶつと聞こえない声で気持ち悪く話しかけようとする貴方が悪いんじゃない。言葉っていうのはね、相手に届いて初めて話しかけたことになるのよ。ぶつぶつと小さい声で聞き取れないのは私のせい? 違うわよね、小さい気持ち悪い声の貴方のせいよね。それを言うに事欠いて五月蠅いというのは失礼でうるさいのはどちらなのかしら」
「ぁ、いや」
「そうね、貴方のほうよね。じゃあ、謝罪しなさい」
「だ、だて」
「謝罪しなさい」
「すいませんでした……」
「分かれば良いのよ」
鬼かこいつ。
「それじゃあ今から私たちに大人しく倒されること、良いわね」
「分かり、おかしいだろう!!」
「チッ」
「当たり前だろうが……」
子供だましな会話で相手が負けを認めるというのであればどれだけ楽な戦いか分かったものじゃない。
それでも、いくら無理やりな勢いとはいえ一瞬頷きかけたのは、やはり緑苑坂の圧倒的に自信あふれる態度とその見た目のせいなのだろうな。あれだけ強く、しかも美人に言われてしまえば無茶苦茶な内容でも一瞬本当だと思ってしまってもおかしくはない。
やはりこの世界は……。
「ば、かにしやがって! き、聞けよ僕の力! 『力こそパワー』!」
「え? まあ、そりゃそうだろうな」
「ばッ!?」
暗い考えに落ち込んでいた俺は、何も考えることなく目の前の彼が叫ぶ当たり前の台詞に納得してしまっていた。
「う、おっしゃァァアアア!!」
彼(そう言えば名前も知らない)は暗くひ弱そうな雰囲気に比例してその肉体も弱弱しいものであった。これと言った格闘技を嗜んでいるわけではない俺でもタイマンの喧嘩であれば負ける気がまったくしないほどに。
だが、
「なにを素直に認めているのよ!? 相手の言葉を否定しないといけないってさっき言ったでしょうが!!」
「な、なんだあれ……!」
水を得た魚のように雄たけびをあげる彼の肉体が異常なほどに膨れ上がっていく。ボクサーだって、レスラーだって力士だって到達出来ないほどの筋肉量が彼の肉体を内側から膨張させ続けていく。
「ああ、もう! 肉体強化系の能力じゃないの! 発動させたら厄介なのにッ!」
「ふ……、ふ、ふはははッ!」
漫画の世界でしか見ることのないほどの筋肉お化けへと変貌した彼がさきほどまでのおどおどした態度とは真反対に不適に笑いだす。
鋼よりも固いのではないだろうかと思えるほどの筋肉の鎧を身に着けて、それでいて顔だけは元の彼のままという素直に気持ち悪い見た目へと変わり果ててしまっていた。
「こうなった僕、いや、我に敵はなし! 路傍の石共め、楽に死ねると思うなァ!!」
「逃げるわよッ!」
「え? ぁ、お……ぃぃい!!」
「ぬんがァァア!!」
世紀末の覇者にでもなってしまった彼が無造作に廃工場の鉄柱を引っこ抜き、放り投げてくる。
緑苑坂に腕を掴まれ、俺はそのまま工場のなかへと逃げ込んでいった。
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