第10話
「どこだァ! どこに逃げたァ!!」
筋肉達磨へと化した男性が工場内部を破壊しながら近づいてくる。響き渡る騒音に、音で俺たちの居場所がバレることはないだろうが、その前に古ぼけた工場が倒壊しないかの方が心配であった。
「ど、どうするんだよ……!」
「はァ……、この事態を招いたのは貴方なのよ? もう少し責任を果たそうという気概はないわけ」
「詳しいことも説明しないでいきなり実践に放り込んだお前のほうが悪いじゃねえか!」
「相手の話は否定しなさいと言っておいたはず。それがどうしてぼけっとしたまま素直に認めているのよ。馬鹿じゃないの!」
「し、仕方ねえだろうが! お前の能力でなんとか出来ないのか……?」
「無理よ。私の能力は貴方も体感したでしょう? どんな傷であろうとも死んでいないのであればかすり傷に変えてしまう。便利だけど、攻撃的な能力ではないわ」
「と、いうわけで」
どうしてだろう。
初めて見るほどの良い笑顔を浮かべる彼女が見た目だけならば天使だというのに、悪魔のように見えてしまうのは。
「治してあげるから突貫してきなさい」
訂正する。大魔王だ。
「死ぬわッ!」
「死なない限りは治してあげるって言っているでしょうが」
「あんな馬鹿筋肉の攻撃を受けて死なないでいられる自信がねえよ!」
2mを優に超える筋肉の化身へと変わり果て、鉄柱を棒きれのように軽々引き抜く相手なのだ。鉄柱以前に殴られただけで身体が粉砕される未来しか見ることが出来ない。
「そんなことより、この力の弱点というか使用制限とかはないのか? こういう異能バトル物だとよくある設定だろう」
「あるにはあるわね。使用回数制限とか色々」
「じゃあ!」
「あの根暗野郎の能力は自身のステータスを強化する肉体強化系。シンプルで他に働きかけない分、制限があまりないわ」
「嘘だろ……」
「時間制限はあるはずだけど、敵であるはずの貴方が認めてしまっている以上その時間もそれなりに長くなっているはず。それに効果が切れた途端に使用するはずよ。なんといっても貴方が認めた能力なんだもの」
「そんなに認めたとか否定したとかが大事なのか……?」
思い返してみれば緑苑坂が何度も何度も繰り返し言っていた内容。今一ピンと来てはいないけれど。
「言霊ってあるでしょう。言葉には力が宿るという考え。それを応用したのが言之葉遊戯の能力の根本なの。だから、どれだけ自分の能力を自分が信じることが出来るのか。そして、他人に信じさせることが出来るのかで効果に大きな影響が生まれるの」
「じゃあ、あのおっさんの時にお前がぼろっくそ言っていたのは」
「相手が自分の言葉を信じることが出来ないように仕向けたそれだけよ。覚えておきなさい、言之葉遊戯は屁理屈理屈なんでも良い、なんでも良いから相手の信じる気持ちを奪う悪口バトルよ」
「聞いているだけで性格が悪くなりそうだな……」
「顔面が悪いを通り越して崩壊している貴方よりはマシね。……移動するわよ」
人を罵倒せずに会話が出来ないのかと叫びたかったが、すぐ近くにまでやって来ていた破壊音に、俺たちは静かに移動を開始した。
昼間とは言え、電気も止まった工場の中は薄暗い。それでいて残された機械類が俺たちを筋肉達磨から隠してくれる。
巨体が災いしてどこからでも居場所が分かる敵と、どこに隠れているか分かりにくい俺たちでは逃げ続けること自体難しいことではなかった。だが、それは別にこの状況を良くすることには決して繋がりはしない。
「武器の使用に制限が在る以上、あそこまで筋肉で肥大した肉体にただの高校生である私たちがダメージを入れる手段はあまりないわ」
「殴っても、殴ったこっちが拳を痛めそうだからな」
「つまり、つべこべ言わずに貴方の能力を使用するしかないのよ」
「言いたいことは、分かるけど……」
「何か問題でも」
問題というか、だ。
あの時は痛みで朦朧としていて思わず叫んでしまったけれど、あの言葉は俺のコンプレックスの固まりみたいなもので、つまり。
「あの言葉を叫ぶのは正直恥ずがぐふッ!?」
「戦う気になったようで良かったわ」
「なってねえよ……ッ! 言いたくないって言ったばかりじゃねえか! 腹殴られて邪魔されたけどッ」
「五月蠅いわね、見つかるじゃない。だいたいそんな顔面している人間が今更恥ずかしいとか言っているんじゃないわよ」
「ひどい顔していたって人間なんだから感情ぐらいあるわ……!」
「その顔で人間だと言われても説得力がないわ。とにかく、どんな能力かは分からないにせよ、相手にも納得させることで効果が向上するのは間違いない。場は整えてあげるから覚悟を決めなさい」
「え、ぁ、ちょッ!!」
止める間もなく緑苑坂が飛び出していく。
あれだけ人に囮になれと言っていたくせにどうしてあいつが先に出ていくんだよ……。それに、場を整えるってどういうことだ?
「ちょっと! そこの根暗ボッチ!!」
「そこに居たかァ!!」
「さっきまでのもやし具合が嘘みたいね。それが貴方の能力ってわけね」
「ふは! その通り! 我の能力『力こそパワー』は我が肉体を極限にまで活性化させるのだ! この状態となった我に敵はない!!」
「ところで……、どうしてそれだけ肉体が強化されているのに頭部だけはそのままなのかしら」
「うぐッ!? そ、それは、その……」
「バランスが悪いとは思わない? 鏡を見たことがないのかしら。ああ、でもそうね。元々根暗ボッチな貴方に鏡を見るなんて高尚な習慣があるとは思えないわ。身だしなみを整えるだけで多少見た目も雰囲気も変わるというのに他人に見る目がないのだと人のせいにして自分から変わることを放棄していそうな瞳をしているものね」
「そッ! ぼっ! んんッ! 我も鏡ぐらい見るわッ!!」
「歯磨きするときでしょう?」
「ぐふぅ!」
どうしてだろう。相手に言っているはずの言葉だと分かっているのに俺の心にもダメージがいく。
いや、分かるんだよ? 服装とか身だしなみとかで多少の変化はあるだろうし。普段から意識することで少しずつ改良されていくということも分かるんだよ?
でもさ、それでも鏡を見るってことは現実を直視することでそれなりに厳しいんだよ。どうして朝から自分の顔なんて見ないといけないんだよってなるんだよ。それでも周囲をこれ以上不快にさせないように服装チェックくらいは俺もするけどさ……。
「つまり、貴方は心のどこかで分かっているのよね。筋肉で自分の顔面を良くすることが出来ないと」
「……」
「だから貴方の能力は頭部には影響しない。そうよね? そうね。確かにお世辞にもイケメンではないわね」
「う、うるっさいな! だいたい!」
「安心しなさい」
「へ?」
「貴方も見たでしょう? 私の隣に居た男を。貴方もイケメンではないけれど、アレよりはマシよ」
おっと? 雲行きが怪しくなってきていないか、これ。
「言之葉遊戯のために仕方なく一緒に居るけれど、横に居ることが恥ずかしいを通り越して不快になる顔面をしているわ。それこそ、あれを顔と評しても良いのかしら。貴方もそうは思わない?」
「あ、ああ。そ、そうだな……、そうだな! 確かにアレに比べれば我はいくらかマシである! ふはは! 其方の言う通りであるな!!」
「まったくよ、どうしてあの顔で往来を歩けるのかしら。神経を疑うわ」
「うむうむ! あの顔はもはや公害レベルである! もはや国家権力が取り締まるべき犯罪であるな!!」
ちょっと待とうか。
緑苑坂は場を整えるといって飛び出したんだよな? どうして俺の悪口大会になっているのかな? もしかしてあいつの子は本当はあの男で俺のほうがあいつの敵だったりするのかな?
「ええ、貴方もイケメンではないけれど、アレよりはマシよね」
いくらなんでも酷すぎないだろうか。俺にだって心はあると何度も……。
そりゃ緑苑坂は美人で、相手にしたってイケメンではないけれど普通の……。うん? ……イケメンではないけれど?
「まったくであるな!! 我はイケメンではないが、アレはより酷い! いや、酷いという言葉が可哀想になるほど酷い!!」
……そういうことかよ!!
「そうね。今よ、出てきなさい!!」
彼女は場を整えた。言った通りに。
その方法にいくらか文句がないわけではないのだが、ここまでしてもらってやらないわけにも行かず、俺は覚悟を決めて飛び出した。
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