第26話
月明かりに照れされる薄暗い教室でそいつに抱いたことは、ヤバイ以外の何物でもなかった。校門もそして守衛さんも斬り捨てたヤバさではない。そういった意味ではなく、
こいつ馬鹿だろうのほうのヤバさである。
だって、こいつ。
この薄暗さだっていうのに、
「フルフェイスなんか被ってどういうつもりよ」
絶対に視界最悪だろう、あれ。
「やあ、ようこそ」
「あら、無視とは良い身分ね」
「良い身分? そうとも、僕の身分は素晴らしい! 君はよぉく分かっているじゃないか!」
あ、
「……良いわ、貴方が最近私たちを付け回していた相手で良いのね」
「付け回していたとは失敬だな! あれはあくまでも諜報活動! 時として勝つために慎重に動く僕の優秀ささ!!」
「臆病者の間違いじゃなくて?」
「むむッ! 今のは聞き捨てならないなッ! 良いかぃ、僕は決して臆病者ではない! いいかい、臆病者じゃないんだ!!」
「あら、ムキになるなんて図星をつかれましたと告白しているようなものよ」
「そんなんじゃない! 君は全然分かっていない! 分かっていないとも!!」
何なんだこいつ。
守衛さんをあんな姿にしてしまった奴だ。それはそれは残酷な奴だと思っていたのに、目の前の男はフルフェイスのまま地団太を踏み出した。あれじゃまるで。
「子どもね」
「子ども? 確かに僕はまだ十七歳だから子どもといえば子どもかもしれないな!」
「それで? 呼び出したということは言之葉遊戯の開始で良いということかしら」
「勿論だとも! さァ、自己紹介といこう! 僕は
いずれてケプラ。
辞書を引いても出ることはない言葉は、緑苑坂の協力があって初めて生み出される造語である。
ようするに、自己紹介している白鳥の腹に彼女が硬球を投げ込んだだけである。
「畳みかけなさい!!」
「分かってるッ!!」
今日ばかりは俺も緑苑坂の行動を止める気はない。
相手は守衛さんを殺した奴だ。遠慮することはない!!
ここは教室。投げる物には困りはしない。
俺は適当に持ち上げた椅子を白鳥に向かって投げまくった。しっかりと当てる必要はない。積み重なっていく椅子の上から更に椅子を投げ込むんだ。まともに受けて無事なはずがないんだ!
「絶対に治せよ!!」
トドメと、机を持ち上げて椅子ピラミッドへと近づいていく。
このまま思いっきり至近距離でこれを振り下ろしてやる!! この状態で反撃出来るものならしてみろってんだ!! 足一本斬られても緑苑坂が居ればなんとか、多分なる!!
「うらァァ!!」
全力で振り下ろした机は、
「『弘法筆を選ばず』」
――キンッ
「え?」
重さが消えた。
「ッ!? 戻りなさい!!」
俺のすぐそばに机が落ちる音がする。
だけど、俺はまだ机の脚を持っているんだ。どうして、机が落ちてくる。
それに、あれだけ投げて積み重ねたはずの椅子が、
「僕の自己紹介を最後まで聞かないなんて失敬だ! 君たちは大変に失敬だ!!」
どうして、バラバラになっている?
「お返し、だッ!!」
白鳥が右腕を軽く振る。それだけで、
「いぎぃぃいいいいい!!」
右腕が熱い。
違う、痛い!? 違う、熱いんだッ!!
「ぁぁああああッ!!」
バランスを失って、脚だけになった机が落ちて行く。
斬られた俺の右腕と一緒に。
「『死ぬこと以外はかすり傷』!」
「良いかい? 人が話している時は邪魔をしてはいけないと幼稚園の先生だって言っていたじゃないか! そういうことはとてもたいせケプラ!?」
咄嗟に緑苑坂が硬球を投げながら使ってくれた能力が、俺の失った右腕を再生させる。とはいえ、斬られた右腕はそこに転がっているわけで……。
「動きなさい! 死にたいのッ!!」
優しさ皆無の彼女の言葉がありがたい。
事実を突付けられたようやく俺の身体が動く。ああ、どうせあとでまたお説教か。
「もォ!! もォ! もォ! もォ! 二度目だ!! 良いかぃ、これで二度目だよ! 僕は話を邪魔されることがなにより腹が立つんだ!」
「知るか、そんなこと……!!」
こいつがまた攻撃してくる前に、
「『ただしイケメンに限る』!」
弱体化させて一気にケリをつけてやる!!
斬られた机の足を握りしめて、俺は渾身の力で振り下ろした。
弱体化されている状態で鉄の棒を防ぐ手立てがあるならやってみろ!!
「ただしイケメンに限る? なるほど!! 確かにそれは」
いや、やってみろって言ったけどさ。
「間違いないな!!」
どうしてそんな簡単に受け止めているんだ!?
俺の能力が無効化された!? いや、でもこいつは今俺の言葉に自分で納得したのに!
もしかして
どうしてこいつはペーパーナイフで鉄の棒を受け止められるんだよ!?
「でもどうして君はこのタイミングでそんなことを言うんだい? あ! 分かった、それが君の能力なんだね! でも何も効果を発揮していないじゃないか。もしかして振り下ろす能力なのかな。そんなはずはないよね?」
俺の能力を理解していない……? いや、待てじゃあこいつは何のために一週間も見張ってたって言うんだよ……。というか、じゃあどうして俺の能力が効果ないんだ!?
「気になるよ! とても気になるよ! 僕は君の能力がとても気になるからどうか効果を教えてくれないか! どうしてあのタイミングで効果の出ない能力を使ったのかな!」
「もう効果出てるはずなんだよ!」
いちいち腹の立つ声に、無我夢中で鉄の棒を振りまくる。
武術を嗜んでもいない俺の攻撃なんて素人のそれだ。だけど、それなりに長さも重さもある鉄の棒の攻撃を、どうやったら短いペーパーナイフでこうも簡単に受け止められるって言うんだよ……!
「『ただしイケメンに限る』!」
「また使った! ねえねえどういう効果なんだい? 何も起こらないじゃないか!」
「くそォ!!」
一歩下がって、机を白鳥に放り投げる。
これでどうだ!
「それは能力に関係あるのかい?」
「……すごいな」
一振り。
たったひと振りで机が真っ二つに斬れてしまった。
「すごい? それは僕を褒めてくれているのかな。それは嬉しいね! ありがとう! でも、僕は怒ってもいるんだよ、だって君は僕の質問に答えてくれないじゃなか」
「誰が敵に教えるかってんだ……」
「ちょっと動いて汗がすごいんだよ。悪いけれどこれを外させてもらうよ。あ、でも駄目だからね?」
駄目?
駄目って何がだ。この隙に攻撃するなってか? するに決まってんだろ。
「僕に惚れちゃいけないよ」
「……は?」
時と場合を分かっていない素っ頓狂な彼の言葉に、フルフェイスを脱いでいる白鳥を攻撃するのをつい忘れてしまっていた。
「ぷはァ!! 仕方ないとはいえ、ずっと被っているのはつらいんだ!」
そこに居たのは、
フルフェイスの下にあったのは、
比の打ちようがないほどの。
「さぁ、再開と行こうじゃないか!!」
イケメンだった。
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