第18話
「いくらなんでもベタ過ぎるだろォ!!」
「いいから走りなさいッ!!」
後ろから追いかけてくる蜂の群れ。ミツバチなのかスズメバチなのかなんて関係ない。どっちにしたってあの数に襲われて無事で済むはずがないんだから。
漫画ではよく見る光景ではあるけれど、実際に蜂の巣が落ちてきたからってこんなにも襲われるものなのだろうか。もしも違うのであればこれも濡羽の能力の影響なのだろう。運が悪いにもほどがある。
「キリがないわね、鬱陶しい……!」
「ま、待てッ! 落ち着けッ!」
苛立ちを隠そうとしない
「私のことはいいから、あのクソ野郎をぶん殴って来なさい!!」
逃げるつも、え?
「あなた一人で探せばあいつを見つけられる可能性は上がる! 一秒でも早くこの巫山戯た能力を消してきなさい!」
「で、でも! そうしたらお前ッ!」
後ろからは今もまだ蜂の群れが追いかけてきている。
その上彼女の不幸は絶賛進行中であり、逃げている間にも何度か躓き転けている。それでも襲われていないのは驚異的な身体能力で無理矢理回避しているからなだけである。こいつはこいつで化物だと思うけれど、そんな行動がいつまでも続くとは思えない。
「このまま一緒に居ても共倒れだって言っているのよ! 理解しなさい、この無能ッ!!」
緑苑坂の言うことは間違っていない。
濡羽の能力を受けない俺だけならあいつを見つけ出して今度こそ倒すことが出来るかもしれない。仮に俺が囮になろうとしても、運悪く彼女の方に蜂が向かっていく可能性のほうが高いだろうし、囮になれたとしても彼女が濡羽を探し出すことは難しいはずだ。
緑苑坂の言うことは間違っていない。はず。
「分かったよ」
覚悟を決めて、俺は。
「ちょっと!?」
蜂の群れへと切り返した。
「人の話を聞きなさい!!」
「うぉぉぉおおお!!」
適当に落ちていた木の棒を拾う。武器は装備しないと意味がないんだよ、なんてどこかとぼけた言葉が脳内に過ぎるくらいには、すでに自分の行動に後悔しかけていたけれど。
死なないからって痛くないわけじゃない。それは数回経験して俺だってよく分かっている。いくら性格が破綻していて、見た目詐欺もはだはだしくて、人の心を母親のおなかのなかに忘れてきているような奴だとしても、女性が痛い目に会うのを黙って見過ごせるかってんだ……!
……、ああ、せめて俺の見た目が普通程度であったなら、いや、不細工で留まってくれていたなら。
もうちょっとだけ格好が付くんだろうなァ!!
「痛ッッ!! でぇぇええええ!!」
木の棒を振り回しながら群れへと突っ込んでいけばどうなるか。そんなものは火を見るよりも明らかで、棒が蜂を追い払うよりも俺の身体に蜂の針が突き刺さるほうが圧倒的に多かった。
それでも俺は棒を振る。近づいてみて分かったけれど、スズメバチじゃないのがせめてもの救いである。スズメバチは……、もうあの見た目からしてアウトだ。
振る。
刺される。
振る。
刺される。
刺される。
振る。
刺される。
刺される。
刺される。
振る。
刺される。
刺される。
振る。
刺される。
この蜂の群れが濡羽の能力の影響を受けているとはいえ、至近距離で棒を振り続けている限りは緑苑坂のほうへ攻撃対象を変えることはない。
相手の能力は運を悪くするだけで、なにかを確定させるものじゃないのだから。
空中を飛び回る小さな目標に棒を当てるのはなかなか難しいと今日初めて知った。できれば知らないで済む人生でありたかったけど。だけど、振り続けていれば一匹、また一匹とどこかへ逃げていく。
どこを刺されてどこが痛いのかもう自分でも分からなくなった頃、ようやく最後の蜂がどこか遠くへと逃げ出してくれた。
「ど……、んな、もんだ……ッ」
服で隠れているとかそんなこと関係なく全身隈無く刺されまくった俺の身体はパンパンに腫れ上がっている。ちょっと視界がボヤけだしているのは、これは棒を振り続けた疲れのせいなのだろうか。
「『死ぬこと以外はかすり傷』!!」
なんて思っていれば、俺の身体を蝕んでいた全身の痛みがあっという間に霧散する。視界がボヤけているのは相変わらずなので、やっぱり疲れでクラクラしているのもあったんだなぁ……。
「ごはッ!?」
「あなたね……ッ」
腹に突き刺さる鋼の拳。
瞬間的に距離を詰めてきた緑苑坂の美しいフォームから繰り出される拳の威力は蜂の一撃なんて目じゃない。
「私は先に行きなさいと言ったはずよ!!」
ある意味で予想通りの展開だよ。
感謝されるなんてあり得ないと分かっていたし、きっと怒られるだろうな、と思っていたけれど、ちきしょう、やっぱり怒られた。
「悪い……、ちょっと心配」
「は? 心配? 誰が? 私のことが? あなた如きが私の心配? 冗談はその顔だけにしておきなさいよ。だいたい誰が心配してくださいなんて頼んだのよ。私は行きなさいと言ったわね? ええ、言ったわ。じゃああなたはそれに従えば良かったのよ。もしかして格好付けているつもりだったのかしら。馬鹿じゃないの」
「あ、おい……」
「そもそもあれだけ蜂から逃げ回っていたのだから濡羽も私たちを追いかけるために走らなければいけなかったはず。それはつまり向こうを見つける絶好のチャンスだったのよ。それをあなたのくだらない考えのせいで台無しに」
「危な」
「はぐわッ」
「いぞ……、遅かったか……」
歩き出した緑苑坂は運悪く、おかしな方向へ伸びていた木の枝に額を思いっきりぶち当ててしまっていた。
いや、いくらなんでももっと前見て動けよ……。
「~~~~ッ! ……、だいたい蜂を追い払うならもっと私の方角を考えて追い払いなさいよ! 数匹こっちに来て私も刺されたのよ!!」
そっちが距離を取っておけば良かったんだと思うんだが、運悪く追い払った数匹が緑苑坂のほうへと流れていってしまってたか。
「それは、悪い……。刺されて大丈夫だったか?」
「もう傷は治したわよ!」
この調子だとしばらくはそっとしておいたほうが良さそうだ。
それよりも今は濡羽の居場所を探す方が重要だろう。と、なると。
「きゃァ!?」
「悪いが、我慢してもらうぞ」
さっき緑苑坂が教えてくれた方法を試してみるしかなさそうだ。
俺は、ぶつぶつとまだ何かを言っていた彼女を米俵持ちして再び走り出した。ああ、くっそしんどい……。
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