第17話
「大丈夫か……?」
「うる、さいわね……ッ」
戦いには参加していないはずだというのに、ここに居る誰よりも
転けて泥溜まりに突っ込んでしまったせいで見るも無惨な姿へと変貌してしまっている。まぁ、それでも絵になるんだからやっぱりこいつは美人なんだろう。見た目だけは。
「それにしても……、恐ろしい敵だったわ……」
「かっこつけている所悪いけどよ。あれって結局性格悪い奴が」
「あ?」
「なんでもねえ……」
人の不幸は蜜の味、か。
相手を不幸に落とし込む能力と考えると確かに恐ろしいものだと思う。ゲームとかでも運の要素って大きいもんな。
「貴方が惨めな人生を送っていてくれた助かったわ。おかげで他人の不幸を笑わないなんて奇特な性格に育ってくれていたのだもの」
「素直にありがとうと言えないのか、お前は」
あと、それを言うなら俺をまっとうな性格に育ててくれた俺の両親を褒めろ、まずは。
「感謝? どうして? だって、貴方はこの私の子なのよ。私のために働くことは当たり前のことじゃない」
「はいはい、そうですね。すいませんね、生意気言いましたよ申し訳ありません」
さっさと謝っておかないとこのあと何倍になって返ってくるか分かったものじゃない。言っている理屈は分からなくもないけれど、一緒に戦う仲間に激励の一つくらい投げる優しさはないのか、こいつには。
「分かれば良いのよ。まったくもって無駄な時間を過ごしたわァ!?」
ぐっ ← 立ち上がろうと緑苑坂が腕に力を入れる音
ズルッ ← 泥に彼女の手が滑った音
チーン! ← 俺の股間に顔から突っ込んだ音
「ふぎょォ!?」
「……」
「お、おまッ! ……お、おまッ」
「いやぁぁああああああああああああ!!」
「へぐゥ!?」
どれだけ屈強な男であろうとも、それこそ世界最強であろうともきっと耐えることの出来ない防御不可能な一撃に苦しむ俺を、緑苑坂は心配なんてするどころか弾き飛ばしてくれやがった!
おかげで俺まで泥まみれだよ、こんちくしょう!!
「おえぇえッ! おえ、おえぇえええ!! 私が、! 私が男のこか、こかんにっ! おええぇえええ!!」
「こっちのほうがダメージでかいんだがッ!!」
まだ股間にじんじんと鈍い痛みが響く……ッ! あっぐぅ……ッ!
よりにもよって人の股間に顔を突っ込むなんて、どれだけこいつは運が悪いんだよ!!
……運が悪い?
「まさかッ!」
俺が殴り飛ばした
あのとき気絶したと思っていたけれど、緑苑坂のほうを優先してしまったせいで、俺は確認を行っていなかった。
さっきまであいつは向こうで倒れていた。のだけど。
倒れていたはずの濡羽の姿がどこにもいなかった。
「やっべ……、おぃ、緑苑坂!」
「このマヌケ!! さっさと探してきなさい!!」
「……そうする」
俺が気付いたことに緑苑坂が気付かないわけがない。彼女の言葉は腹は立つけれど、この短い間にさらにもう一度すっ転んでいる姿を見て文句を言う気力もなくなってしまった。さすがにちょっと可哀想になってきた……。
いまはただ転んで泥まみれになっているだけとはいえ、それだけの効果であいつがあそこまで威張るとは思えない。
ということは、時間と共に発生する不運が大きくなっていくのではないだろうか。例えば、瓦礫が頭上に落ちてくるとか……。
濡羽は効果が個人ではなく、範囲だと言ってたから、そこまで遠くへは行っていないはず。きっと俺らが見えるところに隠れて……。
「このなかから探すのか……」
「文句言わず行きなさいよ!!」
「分かってるけどよ」
人の手がまったく入らなくなった公園のなかなのである。それも様々な植物を楽しめるように設計されていたせいで勝手に成長した木々が邪魔をしてまったくもって視界が通りにくい。
この中から人を一人捜すなんてどれだけ時間がかかるか分からないし、なにより俺が離れている隙に緑苑坂を狙われたら助けようがないかもしれない。向こうも不幸にさせる能力だから戦闘自体は一般人と同じとはいえ、緑苑坂はいま絶賛不幸の真っ最中なわけだし。
……と、なると。
「きゃぁ!? 何するのよ、この変態!!」
「これが最善なんだから大人しくしてろっての!!」
「こっち振り向かないでよ!? 至近距離で貴方の顔なんて見たくも、おえぇええ!」
緑苑坂を背負っていく以外の方法が思いつかない。
無駄に緑苑坂のことを気にしながら探すよりもこっちのほうがやりやすい。
まぁ。
「気持ち悪い、気持ち悪い!! やめてよ、私の身体に触らないで! この変態! 最低! 死んでしまいなさい!!」
精神衛生上は大変よろしくないんだけどな……。
「文句は勝ったあとで聞く!」
「あとにも言うに決まっているでしょう!!」
あとからも言われるのか……。そうか、うん、そうだよな……。
※※※
緑苑坂を背負って林の中を走って分かったこと、それは。
「貴方はまともに走ることもできなァア!?」
どうしてか、彼女にだけやたらと枝が当たるということであった。
本当に不思議というか、いくら顔の位置が違うとはいえ、可能な限り絶対に枝がないルートを通っているにも拘わらず枝が当たるんだよ、彼女にだけ。
「痛い……」
俺への恨み言が減っていくのは助かるんだけど、背中から感じるオーラのようなものがどんどん強まっていくのだけは勘弁してほしい。
頼むからそのストレスの発散先を俺に向けることだけはしないでくれよ。
あともう一つ、林の中を走っていて分かったことがある。
「見つからねえ……」
考えてみれば、逃げた向こうは俺達の場所を分かっているわけでつかず離れずを繰り返せば良いわけなんだからそう簡単に見つかるはずがないんだよな。
「どうするのよッ!!」
「どうしよう……」
それにしたって音とかも聞こえないとか、どれだけ運が悪い……。あ。
「そうか、緑苑坂を背負って走ってんだから見つかるものも見つかるはずないのか」
走っているのは俺だけど、緑苑坂だって濡羽を見つけたいと思っている。彼女が思っているということは、不幸な彼女が見つけることが出来るはずがなくて、それはつまり、走っている俺が見つけられないことにもなっていく。
「なあ」
「今更こんな林の中で置いていくとか言う気なら、まずは死ぬのは貴方よ」
「……ソンナコト言ウハズナイジャナイカ」
目がマジだった。
とはいえ、このままじゃ埒があかないのも事実である。とりあえず、一旦背負っていた彼女を下ろす。
「なにか別の作戦を考える必要があるんじゃねえか」
「いままで様子からみて、あの男の能力で不幸になっているのは私だけ。でも、近くに居ると貴方にも少しの不運は移るようね」
「あいつの言葉を否定してみるとかどうだ」
敵の言葉は否定するのが基本だと緑苑坂本人が言っていたわけだし。こいつなら、自分の思いすら無理矢理ねじ曲げることが出来そうだ。
「能力発動前ならともかく、一度発動してしまった能力の言葉を否定しても効果が薄いのよ。だから、この戦いは事前準備が大切ということになるわね」
なるほど。確かに能力発動後にも否定出来るんだったらそれこそ天界の連中が見たい異能力バトルにはならないか。それこそただの悪口合戦だもんな。
「能力を発動した後でも、使用者のほうの意識を変えさせれば能力の弱体化は可能なんだけど……。いまは無理ね」
「だろうな。いくらなんでも向こうがこのアドバンテージを放棄するわけないもんな」
「どこかの誰かさんがしっかりトドメを刺しておかないから……」
どこかの誰かさんが心配だったからだよ。なんて、言い返せば何を言われるか分かったものじゃないので、緑苑坂の苦情を俺は黙って受け入れる。
「だいたい。……え?」
俺が黙っていることを良いことに、さらに何か言おうとした彼女が木に背を預けた時だった。
ぽすり。
と、なにかが落ちてくること。
それは。
「なんでよォ!!」
「逃げるぞッ!?」
蜂の巣だった。
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