第16話
「確かに子を持つメリットは分かるけど……、よりにもよってそれ?」
現れたそいつは、俺達とあまり年が変わらないように見える男だった。今時というのが、遊んでいそうな風貌をしている。ナチュラルイケメンである
まぁ、俺よりは遙かにかっこいいんだけどな……。
「うぅん……、せっかく美人なのに美的センスがないとか残念すぎるな」
「へぼッ!?」
黙って聞いていれば好き勝手なことを言う男だったけど、そんなことはどうでも良い。なにせ、俺は殴られていたのだから。誰にって?
「なにすんだ!?」
「あなたのせいでこの私が侮辱されたのよ。その場で土下座なさい」
「ちなみに土下座した場合は許してくれるんだろうな」
だからといって土下座したいわけではないけれど。
「踏み潰すわ」
「土下座するだけ損じゃねえか!!」
もう絶対にこいつに土下座なんかするものか。元からする気もなかったけどな!!
「ふざけている時間はないわ。さぁ、さっさと言之葉遊戯を開始しましょう」
落ち着け。
ここで怒っても俺には何もメリットがない。落ち着くんだ、俺。
「その前にひとつ良いかな」
「なにかしら、時間稼ぎと言うのなら叩き潰すけれど」
「そうじゃなくて……、さっきの美的センス云々は訂正しようかなって」
ほらみろ!!
緑苑坂の理不尽さに敵までドン引きして言葉の訂正し始めているじゃねえか! このままこいつを怒らせたままだと後が怖いとか思わせているじゃん!!
「賢明な判断ね。その謝罪は受け取っておくわ」
「でも、勝負は勝負だ。オレの名前は、
「行きなさい、下僕!!」
「ちくしょう!」
呼び名に関して訂正している暇はない。相手が能力を発動させる前に一気にこっちがケリをつけてやる!
こいつだってオシャレに気を遣っている以上、分かっているはずだ。自分が何もしないでもモテるようなイケメンじゃないってことを! あの筋肉達磨ほどじゃないかもしれないが、効果さえ出てしまえば!
力一杯踏み込んで、俺は飛び出した。
そのまま、能力を発動させるために息を、
「どうやら戦い慣れしてないみたいだな」
「げふぉ!? がっ! ごっほっ! ごほッ!!」
な、んだ!?
息が、ていうか肺がッ! 肺が痛いッ!!
「飛び出す前に能力は使わないと。それとも、近距離で無いと使えない能力なのかな?」
こいつ……。
胡椒をばらまきやがった!?
「ごほっ! ごっ、んがッ!!」
や、ばい! 呼吸が! しゃべるとかその前に、呼吸がッ!!
「なにしているの! はやく逃げなさいッ!」
そんなこ、遠!? おっま、またかよ!? また始まった途端に距離を取りやがったのかよ! 確かにお前の能力効果範囲ギリギリで応援するほうが共倒れはないし、万が一俺が怪我しても治せるのかもしれないけどッ!
「もう遅い! さぁ、オレの能力に恐れるが良い!」
まずいッ!
身動きが取れないってのに、能力使われて攻撃されたら……ッ!
「『人の不幸は蜜の味』ッ!!」
下手すれば一発で……ッ!!
「ごほッ!! ッッ!!」
無駄かも知れないけれど、身をかがめて頭を守る。
少しでもダメージを減らすことさえ出来れば。一撃で死ななければ、緑苑坂の能力でなんとか……!!
「……ッ!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ごほっ! ……うん?」
いつまで経っても俺の身体になにも起きない。
もしかしてまた肉体を強化する類なのかと焦って濡羽のほうを見たけれど、何も変わっている様子がない。というより、向こうのほうも不思議そうな顔をしている。
「な、なんで何も起こらないんだ!?」
「え? いや、それはむしろ俺の台詞なんだけど」
これはもしかして、能力に発動条件があるパターンか?
いや、そうだとしたら自分の能力なんだからちゃんと把握して使うよな、普通は。
さっきこいつ何て叫んだっけ。確か……。
「きゃぁ!?」
「緑苑坂!?」
後ろの方で彼女の悲鳴が聞こえる。
まさか、対象は俺だと思わせておいて……! 確かに、あくまでも俺は子であって、親である緑苑坂を狙った方が効率が良い!
本当は駄目な行動かもしれないが、悲鳴が聞こえてしまって俺は咄嗟に後ろを振り向いてしまった。無防備な背中をがら空きにしてしまう。
それでも、無視するわけにもいかないと目にした緑苑坂は。
「なによ、もぉ!!」
それはもう見事にすっ転んでいた。
え。なにあれ。
ん? 転倒させる能力……? いや、充分怖いけどさ、それにしたってあんな遠くに居る緑苑坂を転けさせて何の意味が……。
「よ、よし! なんだ、やっぱり能力は発動しているじゃないか!!」
「どういうことだ!」
「もうお前達はオレには勝てないぞ! オレの能力は最強だからな!!」
転倒させる能力が?
いや、能力は叫んだ言葉から想像出来るはず、確かこいつが叫んでいたのは……。
「オレの能力『人の不幸は蜜の味』を喰らった以上、お前達はもう不幸から逃れることが出来ない!!」
「ば、かを言っているんじゃないわよ、この程度で私きゃぁ!?」
立ち上がろうとしていた緑苑坂がまた勝手に転けていた。彼女が転けた時に宙に舞ったもの、それは。
「バナナの皮ァ!?」
嘘だろ、いくらなんでもベタすぎるというか、いやいや! そもそもどこから出てきたんだよ、あの皮ッ!!
「はっはっは! オレの能力に常識なんて通用しないのさッ!! ……ところで」
「うん?」
「どうして、お前は大丈夫なんだ……?」
「え? どうしてって、お前が緑苑坂に能力を使ったからじゃないのか?」
だからあいつばっかり不幸な目に会っているんじゃないのだろうか。
「いや、オレの能力は対個人じゃなくて範囲だからお前も効果受けているはずなんだけど……」
「うん!?」
ちょっと待て。じゃあ、どうして俺には不幸が襲ってこないんだ? もしかして、溜めに溜めて大きな不幸が来るとか言わないだろうな!?
「まさか……」
おい、ちょっと待て。
なんだその、はっ! って顔は! やめろ、まじでやめろ! そういう態度は本当に怖いから!!
「ちょっと聞きたいんだけどさ、人の不幸は蜜の味って思うよな?」
「は?」
何をいきなり言い出すんだこいつは。
ええ、と。人の不幸は蜜の味だよな。あれって確か、他人が不幸な目に会っていたら嬉しいとかそういう意味だったはず……。
「思わねえだろ、普通……」
他人の不幸を喜ぶとかどれだけ惨めなんだよ。
そりゃ確かに俺もこの顔があるから惨めな人生だとは思っているけど、だからこそ可哀想な人を笑うとか最低だと実感して言えるぞ。
「それだァァァ!!」
「な、なにがだよ!」
「まったくもってオレの言葉に共感してないから、お前には不幸が訪れないんだ!!」
それは、つまり……。
「お前はどれだけ他人の不幸が好きなんだよ!!」
すでに四回目になる転倒を完了させていた緑苑坂に叫ばずにはいられなかった。
あれだけ遠くに離れていても効果が出るって、どれだけ思い込んでいるんだよ!
「悪いッ!?」
「開き直るな!! ていうか、相手の言葉を否定するのが言之葉遊戯とか言ってたのはどこのどいつだ!!」
「うるっさいわね!! そんなことより相手の能力が効果ないならさっさと倒しなさふぎゃ!?」
転倒した先がたまたま泥溜まりであったため、そこへ顔から緑苑坂がダイブする。せっかくの綺麗な顔が泥だらけで台無しだ。
だけど、そうだ。相手の能力が俺には意味が無いのだとしたらここから先はただの喧嘩だ。いや、能力がある以上俺のほうが有利!
「お前には悪いけど、おもっきりぶん殴って気絶させてやるッ!」
「うわッ! ちょ、ちょっと待って!!」
「待つかァ!!」
拳を振り上げて、濡羽へ迫れば彼は情けない悲鳴をあげて逃げ出し始めた。
「『人の不幸は蜜の味』! 『人の不幸は蜜の味』!」
「きゃ!? ふぎゃ! にゅあぁ!?」
「だから、効かないって……ッ!!」
「待って待って待ってぇ!!」
「言ってんだろうがッ!!」
拳が濡羽の顔に突き刺さった。
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