第15話


「それで、どうするんだ」


「すぐに襲いかかってこないところを見るに相手も周囲に人が居るのを警戒しているのかもしれないわ」


「じゃあ人気のない所だな」


 その方が関係のない人に被害が出ないのでこちらとしても好都合だ。

 緑苑坂りょくえんざかも警戒していると言っているだけで、何かあったときに周囲のことを気にする相手かどうかは言及していない。


「……人気のない所?」


 実際に自分が戦うことになって分かったことは、バトル漫画のように都合の良い場所がそう簡単に転がってはいないということだ。

 前回の廃工場はレアなケースで、そもそも住宅街であるこの周辺にそんな都合の良い場所はなかった。せいぜい空家がある程度だが、両隣は普通に人が住んでいる。

 それに今日は日曜日。

 普段よりも人が多いのだ。


「こっちよ」


 今、絶対に溜息付いたよな。

 仕方ないだろうが、予想しておけというかもしれないがそもそもこんな街中で戦うなんて想定をして人生生きていないんだよ。


 長年住んできた街だって普段使わない道に何があるのか知らないことのほうが多いだろうに、彼女は一度も地図を確認することもなく迷わずに歩き続ける。俺はといえばそんな彼女の後ろをただ付いていくしかなかった。


「ここって……」


「緑地公園の裏口」


「どう見ても封鎖されてないか?」


「そう見えるだけよ」


 方向音痴ではないが、何も見ないで今どこに居るか瞬時に理解するほど地理に明るいわけでもないため、漠然とした歩いた方角しか分からない。

 確かに方角から考えれば彼女が言う緑地公園にたどり着きはするのだろうが、子ども連れや老夫婦が散歩しているのどかな公園とはかけ離れた……、まるで未開のジャングルへ誘うかのような入り口の様子に尻込みしてしまう。


「通りに面していなければ、こちら側には空家の多い古い住宅地だけ。公園の中央にも遠いとあって利用する人が少なくなった結果荒れ果てただけよ。管理人のなかにも知らない人が居るわね」


「どうしてそんなこと知っているんだよ」


「調べたのよ、当たり前でしょう」


 こういうのは、調べようと思って調べられるものなのだろうか。

 ともあれ、事実目の前に存在しているのだから彼女の言う通りなのだろ、


 ――ガシャン


「鍵かかってんじゃねえか!?」


「おかしいわね」


 ばっちりしっかり封鎖されているよ! 管理人さんはちゃんと仕事をやってのけているじゃねえか!!


「……大した違いじゃないわ。行くわよ」


「だから、鍵かかってますけど」


 ――ばきんッ


「開いたわ」


「流れるように鍵を破壊するなよ!?」


 そしてどうしてこいつは鍵破壊用のペンチなんて物騒なもの持ち歩いているんだ!? あれか、利用できるならこれで生爪でも剥いでやろうって魂胆か!?


「何を考えているか分かるけれど、これは言之葉遊戯では使えないわよ」


「あ、ああ。そうなんだな……」


 それはそうか。

 いくら元の用途とは違うとはいえ。見るからに危険な武器になるものだ。

 さすがに緑苑坂とはいえ、確かめるまでもなくコレが使えないって。


「警告もされているし」


「一回使おうとはしたのかよッ!」


「当然じゃない。利用出来るものはなんでも利用するわよ」


 怖い。こいつの頭の中がどうなっているのかマジで怖い……。

 そして使用が可能だったとしたらこいつはこれで何をする気だったのか。生爪どころじゃ済まない気がしてきた。それこそ、普通の人間じゃ考えつかないような悍ましいことをしでかしそうだ。


「……」


「どうしたんだ?」


 あれだけぐいぐい進んでいた緑苑坂が門の前で動こうとしない。親の敵のように前を睨み付けているだけだ。


「まさか先回りッ!?」


「何をしているの。こんな鬱蒼としているところに私を先頭で歩かせる気? はやく行って道を作りなさい」


「……はい」


 もう反論する気も突っ込みを入れる気力も残っていなかった。



 ※※※



「あまり行き過ぎないでよ。一般の人が利用している所に出たら面倒なんだから」


「分かっているよ」


 俺たちが目指しているのは、公園内部にある温室……のなり損ない。

 元々は温室の中では時期を問わず、外では四季折々の花を観賞できるエリアを作る気だったらしいのだが、予算の都合が頓挫して中途半端な温室だけが残されているそうだ。


「にしても……、蚊が多いな……」


「そうね」


 入る前に一人だけしっかり蚊避けスプレーを使っている彼女は至って平気そうである。ちなみに、貸してほしいと言う俺の要望にはゴミを見る目が返ってくるだけであった。


「向こうの様子はどうなんだ?」


「しっかり追ってきているわ。ちょうどさっき入り口を通ったみたいね」


「思ったんだけど、それがあれば相手の位置が分かるんだよな? じゃあどうしてこの間は俺たち工場の中で隠れられたんだ?」


「居場所が分かるのは早く戦闘が始まってほしいのと、不意打ちで終わるなんて面白くないものをみたくない天界の勝手。逆に戦闘が始まってしまえばお互いの場所はこれでは分からなくなるの」


「戦ってからの隠れたりは戦略となって見ていて面白いから……か」


「そういうことよ」


 どこまでいっても言之葉遊戯は娯楽で、俺たちはその駒だということか。

 悪趣味な娯楽だというのは、参加してしまってる以上言い出しても仕方のないことなのだろう。


「出来るだけ先に温室について周囲の確認だけは済ませておくわよ。二人居ることもバレている以上どちらかだけが隠れて、なんて戦法も使えないわ」


「だからあの筋肉達磨も堂々と工場の前で待っていたのか……」


 思い返してみれば、俺があいつの異能を持っていればそれこそ先にパワーアップしておいて、近づく俺たちに巨大な何かを投げつけていたはずだ。

 そういった戦闘前の不意打ちは出来ないようになっていて、かつ、きっと知らないがルールでも禁止されているのかもしれない。

 娯楽という点では分かるが、やらされているこっちとしてはこんなルールもたまったものでは……。


「不意打ちが可能なのだとしたらもっとやりようがあるんだけどね」


 このルールは非常に正解かもしれない。

 そうか。緑苑坂のような連中が他にもいるかもしれないしな。どんな不意打ちをしてくるか分かったもんじゃない。このルールは素晴らしい。天才だ。


「何かムカつくわね」


「気のせいだよ」


 予定通り先に温室へとたどり着いた俺たちは、周囲で使えるものがないかを確認していく。

 残念ながら無作為に生い茂った草木ばかりが見つかっていくなかで、到着して10分もしないうちにそいつは姿を現した。


「へぇ……、子持ちは初めてみ…………人間?」


「その気持ちは分かるわ」


「ほっとけ!!」


 どいつもこいつもッ!!

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