第23話
もう少し正確に言えば屋上へ続く踊り場で。
「すいませんでした」
俺は土下座をさせられていた。
理由は簡単で、彼女の許可なく腕を取りここまで引っ張ってきたためである。……土下座するほどのことじゃないよな。
「次は殺すわ」
土下座どころか命に関わることだったようだ。どういうことだよ。
「いつまで気持ち悪い恰好をしているのかしら、はやく来なさい」
そんなこと言っても許可なく頭を上げればその時点でキレるくせに。とは、口が裂けても言えないけどよ。
取り出した鍵でやはり堂々と屋上への扉を開けた彼女のあとを追いかける。こいつと知り合ってほぼ唯一の良いことは屋上へ行けたことぐらいだな。少なすぎるわ。
「訂正するわ」
「うん?」
「元々気持ち悪い顔だったわね」
「それは悪かったなッ!!」
こいつにとって悪口は挨拶なのだろう。そうだと思っていなければおかしくなりそうだ。きっと今のも、こんにちは、良いお天気ですね。とかを言いたかったに違いない。あぁ、そんなことはないだろうけど!!
「で? 今日は何なんだよ。まさかまた敵が現れたとかじゃないだろうな!」
「それ以外に私がわざわざ貴方に会いに来ると?」
「……多くね?」
参加者は百名で、範囲はだいたい日本全土。
だと言うのに、すでに三日連続とはどういうことだ。
「昨日も言ったけれど、一定期間戦わないと負けになるのよ。それに、私たちは戦っているからね」
「どういう意味だ……?」
「昨日自分で言ったことじゃない。連戦は不利だって」
「……あ」
そうか、参加者の位置が大雑把に分かるということは、近くに居た二人の参加者の片方が消えた=戦いがあった。ということになって、普通は残ったほうも怪我をしている可能性が高いから……。
「俺たちってもしかして狙われている……?」
「もしかしなくても狙われているわよ」
「まじかよ……」
頭が痛くなってきた。
しかも、どのタイミングで仕掛けてもよいルールなのだから、これはもう学校に来ている場合じゃないんじゃ……。いや、それこそ家族に被害も出てくる可能性だって。
「なあ」
「途中退場は出来ないわよ」
「ですよね……」
どうして俺はあの時、彼女のあとを追いかけてしまったのだろうか。そうでなければ、腹に穴が開くこともなくこいつに脅される材料を作ることもなかったはずなのに。
「今日の相手はどんな奴なんだ……」
悩んでも仕方ない。
心底言之葉遊戯から抜け出したいけれど、緑苑坂を説得できるとは思わない。このまま何もしないよりは少しでも周りに迷惑がかからないようにしないと。
「それが……」
「うん?」
「ちょっとこれを見てみなさい」
差し出されたスマフォには簡易的な地図が映し出されており、そこには学校に点滅する二つの点と、そこから離れたところに点滅する点の三つ。
学校の点が俺と緑苑坂だから、最後の三つ目が敵ということか。
「これが何かあるのか?」
「こいつが私たちに近づいてきたのが今朝のことなんだけど」
「教えろよ!?」
なにしれっと大事な情報隠してたんだよ! 午前中なんて何も知らずにただ授業受けてたぞ、俺は!!
「五月蠅いわね、もう少し近づいてから教えようと思ってたのよ。それはともかく」
絶対にともかくな内容じゃないんだが。
「こいつ、ここから動かないのよ」
「俺たちを誘っているってことか?」
不意打ちが出来ない以上、可能な限り自分が戦いやすいフィールドを探すのは大切なことなはず。
実際、筋肉達磨は廃工場で待っていたし、俺たちも濡羽を公園へ誘い出したしな。
「よく見なさい、ここはただのファミレスなのよ」
「いや、さすがに地図見ただけでそこまで分かんねえよ……」
むしろどうしてこいつは線で書かれただけのこんな簡易地図でそこまで分かるんだよ。どんな頭してんだ。
「ファミレスねえ……、戦いの前の食事ってわけでもねえだろうし……、単純に俺たちが学校から出てくるのを待っているんじゃねえか? なかには関係ない奴を巻き込みたくないって常識人もいるだろ」
「居るわけないでしょ、そんなまともな奴」
断言かよ。
てことは、自分がまともじゃないことも理解しているんだな。
「ん?」
「何よ」
「いや、いま一瞬端っこに別の点が見えた気がして」
画面外に出てしまったのかもう映ってはいない。俺の気のせいだと良いんだけど、もしも三組同時戦闘にでもなったら……。
「ああ、それは気にしないで大丈夫よ」
「え? 知っているのか?」
「有名な子持ちの参加者よ。戦いが始まりそうになると現れるんだけど、乱入もせずに去っていく変人」
「乱入もしないって……、じゃあどうして近づくんだ?」
漁夫の利を狙うのなら分かる。戦いが終わった直後を狙うことだって立派な作戦の一つだろうし、きっと天界もそういった展開を好む場合もあるだろう。
だけど、乱入しないのであればそもそも危険に近づいていく意味がないんじゃないのか……?
「さぁ……? 大方情報集めでもしているんじゃないかしら。どちらにせよ、いま私たちが気にするべきはこっちの動かない相手のほうよ」
話している間もファミレスに居る相手は動く素振りを見せない。これ、朝から居るって言ってたけど店側も良い迷惑だよなぁ……。
「向こうが動かないのであれば、このまま放課後まで時間を潰すわ。貴方も普通に授業を受けていなさい、動きがあれば連絡するからすぐ教室から出てくること」
「出てこいって、どうやって」
「仮病でもなんでも使いなさいよ」
お前と違ってこっちはしっかり授業を受けないと勉強についていけないんだが……。とはいえ、教室に乱入でもされたら勉やクラスメートが大変な目に会うし、下手をすれば直まで巻き込みかねないのか……。
「それじゃあ、また放課後に」
「ああ、……あ」
「何よ」
「昨日のことだけど、
濡羽との戦いで緑苑坂が叫んだ言葉。
相手が二つの能力を使用していたことと関係あるのは間違いない。それに、そのあと急に濡羽まで不運になるし、それを緑苑坂は能力の反動と言っていた。反動ってことは能力発動条件とはまた違うのだろう。
「良いわ、簡単に説明してあげる」
腕時計で昼休みの時間を確認した彼女が、こちらを向く。
良かった、またどうしてそんな説明を私が貴方如きにしないといけないのかしらと悪態でもつかれるかと、
「どうしてこんな説明を私が貴方如きにしないといけないのかしら……、ブランは何しているのかしら」
前言撤回。ちゃんと言われたよ。
ていうか、詳細はあとでって言ったのお前だからな!!
「
「うん……、うん?」
さっぱり分からない。
「つまり、昨日の馬鹿の能力は『他人の不幸は蜜の味、他人の幸せヒ素の味』という言葉をもとにして作られるはずだったのよ」
「人生の中で一番信用できる言葉がそれって思い返すとすげぇな……」
「貴方が言うことかしら」
「ほっとけ」
俺の言葉は明確に実体験を基にした言葉だ。
「でも、能力を得る際にあの馬鹿はこの一つの言葉を二つに分けて認識したの。それが
「その制約が、他人を不幸にする能力が返ってきたあの状態ってことか」
「反動の内容も能力に依存するらしいわ。とはいえ、
「それってそいつが
「ないわね。一応、相手が使う言葉に続く内容を知っていれば疑うことも出来るけど……、例えば貴方『一富士、二鷹、三茄子』のあとは知っているかしら」
「あー。聞いたことはあるけど……」
確か扇とか、そんなのだったような……?
そもそも、一富士、二鷹、三茄子って初夢を見たこともないし。
「四扇、五煙草、六座頭。もしくは四葬礼、五雪隠とか続くようだけど。これだって分けることが出来るけどもし使い手が三茄子までしか知らなければ続かないでしょ」
「結局のところ、その場その場でしか分からないわけか」
「切り札的使い方としてはアリね。でも、
だから緑苑坂が不運になっても初めのうちはその場で転けるくらいの不運しかなかったわけだ。
これがもし初めから命に関わるほど不運になっていたらあの時負けていたのは俺たちだったかもしれない。
「そもそも能力自体が理を外れたものよ。特殊なことを気にするよりは目の前のことに集中したほうが生き残る可能性はあがる。それじゃ、放課後にね」
説明はした、とばかりに今度こそ髪の毛をたなびかせて彼女は屋上から……、って。
「ここの鍵お前しか持ってねえっての!」
そういえば、この間は誰が閉めてくれたんだろう。
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