第24話


 好機と嫉妬の視線に晒される。

 どうしてあんな美女の隣にあんなブサイクが。ていうかあのブサイクまじですごくね? おい、あのブサイク見てた奴が吐いたぞ。

 静かにしている気もないために嫌でも聞こえてくる声にただでさえ落ち込んでいる気持ちが更に落ちてしまう。


 今日は勘弁してくれないだろうか。


「……チッ」


 ただでさえ目の前の女王の機嫌が悪いというのに。


「コーヒー!」


「もう三杯目」


「あッ!?」


「淹れてきます……」


 叩きつけられた安物カップを受け取って、周りの視線をかいくぐりながらドリンクコーナーへ。

 注がれていく黒い液体を見守りながら、俺は悪くないよな……、と弱音を吐くしかなかった。


 月曜日に俺たちに近づいた言之葉遊戯の参加者が、結局その日の内に俺たちに接近することはなかった。

 もしかしたら寝込みを襲う気かと思ったけれど、そんなこともなく。夜になると電車に乗ってどこかへ帰ってしまったとか。そうして、次の日の朝になるとまた現れた。

 今日こそか……! 身構えたは良いものの、その日もなにもなく。そうしてまた水曜日の朝になると現れる。いい加減しびれを切らした緑苑坂と一緒に放課後そいつのもとへと向かえば俺たちが接近すればその分距離を取る。

 相手のだいたいの場所が分かるからこそ、片方が逃げようと思えばいとも簡単に逃げることが出来てしまう。


 いったいこいつは何がしたいのか。

 一定期間戦わないと敗北になるルールは参加者全員に適応される。こいつだって逃げ続けるわけにはいかないはずなんだが。もしかして俺たちが別の参加者と戦うまで待つつもりか?

 そんな疑問が生まれてしまうほど、俺たちとまだ見ぬ敵との追いかけっこはとうとう土曜日まで発展していたのだ。


 それはもう。


「ああ、鬱陶しい!!」


 緑苑坂の機嫌の悪いこと、悪いこと。

 俺からひったくったアイスコーヒーをごくごくと一気飲み。そんなことしたら腹壊すぞ。


「どぉいうつもりよ!」


「俺に聞くなって……」


「責任もって捕まえてきなさい!!」


「電車で逃げる相手をどう捕まえろと」


「うだうだうっさいのよ!! 貴方は私の下僕でしょうが!」


 ただの子だ。

 そんなこと言えばざわつく周囲が更にざわつくのが火を見るよりも明らかなので。ああ、そういう関係か。と周囲が納得してくださっているのでそれに甘えようと思います。


 もしも相手の作戦が緑苑坂を怒らせて俺たちを仲たがいさせようとしているのであればある意味で成功、ある意味で失敗だ。

 確かに彼女は怒り心頭で俺に当たり続けているけれど、そもそも違えるほど俺たちの仲はよろしくない。


 なんて冗談を言っている場合じゃない。

 追いかけっこをしていることを他の参加者も見ているからか、先週は土日と連戦だったのに今週はこの逃げる奴と月曜日に一瞬だけ見かけた傍観者以外の参加者が近づいてこない。

 負けになってしまう一定期間がどれくらいかは知らないけれど、そろそろ俺たちも別の相手を探してでも戦わないといけなくなってくる。


 でも、そのタイミングで逃げている奴から背後を突かれる可能性もあるわけで。

 そんな俺が分かることを緑苑坂が分からないわけがないので、それが一層彼女を苛立たせているのだろうか。


 そして、言之葉遊戯と直接的には関係ないけれど、この一週間緑苑坂と一緒にいるせいですなおの機嫌が緑苑坂以上にヤバい。

 昨日見たときには何やら怪しい呪術セットを取り出していたけれど、あれは俺を呪っているのか緑苑坂を呪っているのかどっちだ。どちらにせよ、早い所ケリをつけないとな……。


「せっかく土日で休みだし、本腰入れて追いかけてみるか?」


 たとえ電車に乗られようともだいたいの場所が分かるのはこちらも同じこと。

 相手のホームグラウンドが分かってしまえば今度はこちらが向こうを追い詰めることが出来るかもしれない。


「無駄よ。こいつ、根無し草っぽいわ」


 さすがは緑苑坂。すでに探りは入れていたか。


「毎日毎日、泊まる場所が違うのよ。どこかには家があるのかもしれないけれど、しばらく帰る気はなさそうね」


 しっかりと逃げれるだけの距離を取った上で、本日も近くに点滅している点がひとつ。俺たちをロックオンしているのは間違いないというのになんだろう、この戦いとは違った疲れは。


「狩人に追いかけられる獣ってこんな気分なのかな」


「笑えないわね。第一、」


 ガリ、

 アイスコーヒーの氷が噛み砕かれる。


「狩るのは私よ」


 これはもう本格的に怒らせる前に帰ってしまったほうが安全ではないだろうか。


「あのぉ……」


「あ?」


「ひッ」


「はい?」


「ぎゃァ!?」


 若干疲れた顔の大人の女性が俺たちに声を掛けて来た。珍しい、周囲で見てくる人は居ても声を掛けてくるのは無謀なナンパの男ぐらいだったのに。

 ていうか、最初の悲鳴は緑苑坂に睨まれたからだけど、二回目の悲鳴は俺の顔を見てだよな。そうだよな、そうですよね……。


「何? 要件があるなら早く言ってちょうだい。貴女と違ってこちらは暇じゃないの。それとも貴女如きに」


「はいはい、あの、それで俺たちに何か用ですか?」


「え、ええ……実は」


 あ、この人必死で俺が視界に入らないようにしているな。

 気持ちはわかるのでちょっと引いておこう。


「貴方たちにこれを渡してくれって」


 取り出したのは一切の味気がない封筒だった。


「誰から」


「え、ええと……、言之葉遊戯と言えば分かるって……」


「ふん」


「ひッ」


 緑苑坂に封筒をひったくられた女性はそのまま逃げるようにその場をあとにした。


「良いのか、放っておいて」


「担当官どころか参加者ですらないわ。どうでも良い」


 罠が仕掛けられているとか疑う気もなく彼女は封筒をあけ、なかに入ってた手紙に目を通す。


「くっだらない」


「うがっ」


 俺の顔面に投げつけられた手紙には、


『今夜八時。君たちの学校の校庭で待つ』


「ようやくぶっ殺せるわ」


 達筆な文字で書かれた果たし状だった。

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