第13話
「帰るわよ」
「良いのか?」
すっかり縮んでしまった元筋肉達磨。元の気弱そうな姿に戻った彼は、口から泡を吹いて気絶してしまっていた。いまだに時折びくびくと痙攣している姿が、俺がしてしまったこととはいえ惨たらしい。
「殺したくはないけど、このままにしておいたらあとで復讐とか」
「負けた参加者は、言之葉遊戯に関する記憶が末梢されるの。目を覚ませばどうして自分がここに居るのか混乱こそすれ私たちに復讐しようなんて考えられはしないわ」
「また記憶の改ざんかよ……」
振り返ることもなく歩き出した
「ストーカーの真似事はやめてくれない。貴方みたいな気持ち悪い存在が背後に居るなんて吐き気を催す以外の何者でもないわ」
少し離れて隣を歩くことにした……。
「いつもあんな感じなのか?」
「具体的に言ってちょうだい」
「怪我、というか危険に会っていたのか?」
「それが言之葉遊戯よ」
こっちを見ることもなく緑苑坂は言い捨てた。
その異常性に背筋に冷たい何かが流れた気がした。言之葉遊戯の優勝者には願いが一つ叶えられると言っていた。もしも他に説明されていないことがないとすれば、彼女が頑張る理由はそれしかないだろうが、どんな願いのためなら死ぬかもしれない戦いに身を投じられるというのだろうか。
気になるのは能力に関してもだ。強力な能力にはそれなりの制限があると彼女は言った。にも拘わらず彼女は何度も能力を使用している。制限らしい制限は、工場内で言っていた遠すぎる距離では使えないことぐらいだけど……。
そんな小さな制限だけであんな便利な能力が使用出来るのだろうか。確かに攻撃的な能力ではなく、能力以外での武器の使用を禁じられている以上それなりのデメリットは背負うことになるかもしれないけれど。
「近くに参加者は居ないわ、今日はもう解散ね」
「どのくらい確かに参加者が居るって分かるんだ?」
のぞき込みたい気持ちを抑え込んでスマフォを触る緑苑坂に質問する。敵が近くに居ないことが分かるのは便利とはいえ、自分たちがどこに居るのか相手に分かるというのは考えものだ。
「近づけば近づくほどに精度があがるわ。基本的には、どこの市に何人居るかぐらいよ」
「そうか……」
ということは、敵を探す時にはとりあえず目星を付けた市に行って、そこからは徘徊しないといけないということか。それなら、まあ、いきなり寝込みを襲われることも少ない……のだろうか。
「貴方のスマフォの番号を教えなさい。何かあれば連絡するから」
「あ、ああ……」
家族と
「ワンコール以内に必ず出ること」
「無理だよ」
「役立たずね」
別れの挨拶は悪口。なんともらしい別れ方にもはや文句を言う気もなくなりかけていた。
一切振り返ることのない後ろ姿を少しだけ見ていた俺は、見ていたことに何か言われる前にそそくさと逃げるように帰宅した。
駅前の本屋に寄り忘れたことに気がついたのは、ちょうど家の扉に手を掛けた時だった。
※※※
「大丈夫だったのか?」
「……ぅうん……」
「言いにくいことなら無理には聞かないけど」
勉は部活がないとよく俺の家に遊びに来る。勉と遊びたい奴なんて掃いて捨てるほど居るだろうに。
激動の一日を経験した次の日の日曜日。例に漏れず昼前にやってきた勉は、俺の顔色をしばらく観察したあとで話を切り出した。
「言いにくい、というか説明しにくいというか」
「なんだそれ」
異能力を与えられてバトルをさせられました。なんてどうやって説明すれば良いか分からないし、いくら勉が良い奴だからって俺の頭を疑うだろう。
「……まとまったら話すわ」
「ん。いつでも聞くよ。……ところで、別のことを聞いても良いか?」
「……ああ」
「
勉の視線が下がる。主に俺の腰に抱きついて唸り続けている直へと。
「聞いてくださいよ、
「あ、突っ込んで良いのか分からなかったんだけど普通に対応はしてくれるんだね」
昨日俺が帰ってきてからというもの直はずっとこの状態である。
さすがにトイレや風呂、寝る時はひっぺ返して部屋の外に放り出しはしたが。
「昨日出不精のお兄ちゃんが外出したんです! 先輩が部活で一緒に遊ぶ相手が居ないはずなのに! あのお兄ちゃんが!」
そこまで言わなくても良いだろうに……。言っていることを否定できない自分が情けなくもあるけど。
「あー……。ほら、
「さきほどの会話の流れでお兄ちゃんが昨日誰に会っていたか知っている人が言わないでください!!」
「すいません……」
「間違いなく相手は女……! あたしと言うものがありながら! 女と!! 多少の浮気は男の甲斐性として認めたとしても相手を言わないのは許しがたいのです!!」
「だからずっとくっついて唸っていると」
「はい!」
「そっかー。……、あ、勇気、この間の漫画の続きってどこだっけ」
「おぃい! 放り出すな! 見捨てるな!!」
「いや、知っての通り僕個人としては直ちゃんを応援している身だから」
そうなのだ。基本的に常識人な勉の数少ないおかしな点は、俺と友人関係を続けていることともう一つ。どうしてなのかこいつは直を応援すると昔から言い張っているのだ。
中学の頃に一度だけ俺よりもお前の方が直にふさわしいと言った時には普段怒らないこいつが烈火の如く怒るほどに。
「さすがは橙山先輩! 恋愛感情はありませんが大好きです!」
「僕も恋愛感情はないけど直ちゃんが大好きだよ。二人の結婚式で友人代表スピーチをするのが僕の夢の一つだからね」
「任せてください!!」
そんな夢なくなってしまえ。
「勇気も諦めて受け入れれば良いのに」
「何度も言うが、直はただの妹だ」
「ただの妹に劣情を抱く系の物語は少なくないから、いけるよ!」
「そうそう、直ちゃんにドキドキしても変なことじゃないよ」
「俺にとっては十分すぎるほどに変なことだ」
だいたい、身内贔屓は入るだろうが直は本当に良い子なんだ。
容姿は素晴らしく、学力、運動神経どれをとっても一級品。俺を好きだと公言しているにも拘わらず交友関係だって問題ない。それどころかファンクラブだってあったほど。
兄として、妹が幸せになってほしいと思うのは当然だろう? じゃあ、相手もまともな人をと考えるじゃないか。俺みたいな不細工ではなく。
「勇気はもっと自分に自信をもったほうが良いって」
「へえへえ」
勉には悪いがそれは無理というものだ。
毎日鏡を見れば現実を突きつけられる。中身……、能力にしたって俺が必死になんとか食らいついていることを直も勉も軽々とやってのける。
そんな二人を誇りに思う反面でコンプレックスを感じるのは仕方ないことだろう? そんななかで自分に自信を持てというほうが無理である。
「やっぱり寝込みを襲うしかないと思うんです」
「うぅん……、無理矢理はあまりお勧めしたくないんだけど、勇気の様子を見ていると致し方ないかなぁ……」
「今度お兄ちゃんの体力を限界まで削ってもらえませんか」
「そうだね。適当な理由を付けてサッカー練習に付き合ってもらうよ」
「はい!」
「はいじゃねえよ。あとせめて俺がいないところで作戦会議しろよ」
「それは最終手段かな」
まったくもって意味が分からない。
不満気な俺を気にすることもなく、勉はどうしてか楽しそうに笑いながら立ち上がる。
「それじゃあ、直ちゃんと3人でどこか昼飯食べに行こうか」
「さんせーッ!」
諦めることはないが、ここで食い下がっても仕方のないことであるのも理解しているため、俺はため息をつくだけで抗議を終えるのであった。
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