第11話


「おぃ、お前!」


「……頑張って生きろよ」


「やかましいわ!?」


 いきなり憐憫の目で優しい言葉を投げかけるのは止めろよ! ていうかさっきまで俺の心を傷つけていた要因の一人はお前だからな!?


「その顔で生きられても周囲に迷惑よ」


「どっちの味方だお前は!!」


 もう一人の要因味方のはずの人間は更に辛辣な言葉を投げてくる。普通さっきまで悪口を言い合っていた対象が出てきたら気まずくなったりしないのか!!

 くそ……、覚悟を決めて逃げれば良かったと後悔しそうだ。


「あ、そうだった……。どうして我が其方ら如きと馴れ合わねばならんのだ!!」


「貴方がもたもたしているから正気に戻ったじゃないの」


「俺のせいかァ!?」


 あの言葉を叫ぶのは情けなくて嫌気が刺すが、そんなことは言っている場合ではなさそうだ。どんな効果が出るか分からないが、少なくとも異能の力であると言うのなら今の状況を少しは改善してくれ、


「るぉぉおお!?」


「ふはっ! ふはは!」


「ちょ、待ッ! ちょっと待って!!」


 るはずなんだが振り下ろされ続ける破壊の拳を避けるのに必死でそれどころではない。一撃が重く突き刺さった拳が床に穴を開ける。そのために毎回拳が引っかかり引き抜くためになんとか回避する余裕が生まれているぐらいだ。


「なにしているの、しっかりしなさい」


「うるせぇ! お前もすこ、遠ォ!? おま、遠くねッ!?」


 妙に大きめの声が届くと思えば、いつの間にか俺たちから距離を取った緑苑坂りょくえんざかが安全地帯から雑な応援を飛ばしていた。


「この距離からだと私の能力は使えないから早くなんとかしなさい」


「おかしいだろ!! その発言はおか、うぉお!?」


「突っ込みを入れる余裕があるなら使いなさいよ……」


「くそ……! ああ、もう! おい! よく聞けよ!」


「ふんッ!」


「ただ、むがァ!?」


「ふんっ! ふんがァ!!」


「た、ごォ!? ただッ! あぎゃぁ!!」


 筋肉達磨が拳を振るうたびに、地面の床が粉砕される。そこら中に金属片がばらまかれていき、即席のまきびしの様に俺の行動範囲がどんどんと狭められていく。


「聞けよ!!」


「聞くわけが、なかろうがァ!!」


「ひぎゃぁあ!!」


 子ども向け番組の敵役だって主人公の口上は静かに聞くし、変身シーンに手は出さないんだぞ!

 なんてとんちんかんな怒りを持て余していた俺は、足下に散らばる金属片に足を取られて転んでしまった。


「好機ッ! 死ねぇえええ!!」


「たッ! 『ただしイケメンに限る』!!」


 もう駄目だ。

 トラックのタイヤぐらいありそうな巨大な拳が目前にまで迫る。咄嗟に能力を叫ぶことが出来たけれどこの距離では関係ない。

 鉄板の床に穴を開けるほどの威力である。俺の頭がパーンされるのは明白で、パーンされればそれはすなわち即死。緑苑坂の能力にも期待出来ない。


 せっかく生き残れたのに。

 俺はまた、こんなところで……。



 ――ぽす



「え?」


「ぬが?」


「なるほどね」


 確実に俺の頭を粉砕するはずだった筋肉達磨の拳。確かに俺の顔に触れたその拳が生み出した衝撃は、それはまるで紙風船を優しく投げ当てられたほどの軽すぎるものであった。


「な……、え、そな、其方……、くッ! ふんがァァ!!」


「どわぁあああ!? ぁぁぁ……ぁ?」


 ――ぽす。ぽす。ぽぽすぽす。


「……」


「ふんッ! ふんっ! ふんぬぅぅう!!」


 ――ぽぽす。ぽす。ぽすぽす。


 降り注ぐ巨大な拳の雨は俺に少しのダメージも与えることがない。それどころか、殴る手が痛いのか、相手のほうが苦悶の表情を浮かべだし始めている。

 もしかして、


「俺のちからばぁあああ!?」


「も、戻った……?」


 痛ぇ!? 顎がッ、骨、骨がぁぁ!

 どれだけ殴られても紙風船な衝撃だったはずの拳がいきなり見た目通りの威力で俺を吹き飛ばした。

 防御態勢を取っていなかった俺の顔面は粉砕されて、声を出すことも出来ずにカヒューと掠れた空気だけが漏れ零れる。受け身も取れずに吹き飛ばされて殴られていない身体の骨もベキッと嫌な音を立てていた。


「なんだったのだ……、ふ、ふふ、しかし問題はない! 中途半端に痛い思いをさせてしまったようだが、すぐに息の根を!」


 ま痛いずい、こっ痛いちに痛い来痛いる。

 逃痛いげな痛いいと、でも痛い身体痛いに力が痛いまっ痛いた痛いく入らない。やばい、死ぬ痛い死ぬ痛い死ぬ痛い殺される!!


「『死ぬこと以外はかすり傷』」


 痛い……くない?

 殴られた顔面も吹き飛ばされた衝撃で折れた全身もどこにも痛みはない。入らなかった力も簡単に全身を駆け巡る。これは……。


「早く立ちなさい! 引くわよ!」



 ※※※



「30秒よ」


 経験するのが二回目とはいえ、緑苑坂の回復の力ははっきり言って異常ではないだろうか。実際に自分の姿を見たわけではないけれど、きっとさっきの俺の状態は酷い、なんてものじゃなかったはず。それこそ、折れた骨が身体を突き破って居た、何てこともあり得た。それなのに、いま俺の身体に異変などどこにも感じられない。

 正確にはかすり傷がどこかにはあるのだろうが、それだってかなり意識しないと分からないほどの本当に微量のかすり傷だ。


 強力な能力には制限があると言っていた。ということ痛っぇえ!?


「私の言葉を無視するとは良い度胸ね。死にたいのね、死になさい」


「す、すいませんでした……」


 確かに返事をしなかったのは悪かったと思うが至近距離で硬球を投げつけなくても良いと思う……。


「貴方の能力が分かったわ。約30秒の間、相手を弱体化させる。かなり強力なデバフ能力よ」


「弱体化……」


 やっぱりか。

 筋肉が萎んではいなかったから、能力末梢能力ではないとは思っていたけれど。


「発動条件は、相手がイケメンではないこと。を自覚させること、かしらね。イケメンでないだけで良いなら全ての人間が不細工だと蔑んで生きるだけで良いのだけど」


 嫌だよ、そんな悲しい僻み人生。


「とにかく、今回の相手とは相性が良いわ。物理攻撃しか出来ない肉体強化系は弱体化させてしまえばただの一般人以下よ」


 シンプル故に強い。

 そのシンプルさが失われば、そこには何も残らない。


 気になることは残っているが、そのことは今でなくて良い。

 まずは、あの筋肉達磨を倒さない……、と……。


「なぁ」


「なによ」


「殺さなくても、良いんだよな……?」


 あいつはずっと俺たちを殺すと、死ねと叫んでいた。あの小太りのおっさんも躊躇なく凶器で一般人ごと緑苑坂を突き殺そうとした。

 もしも言之葉遊戯で相手を倒すことが殺すことだけなのだとしたら……。


「安心しなさい。気絶させるだけで十分だから。殺した方が手っ取り早いとそうする奴らも多いけどね」


「そ、そうか……」


「殺しに来る相手にずっとそんな考えじゃ先に死ぬのは貴方のほうだろうけどね」


「あのなァ」


 そもそも俺は喜んでこの遊戯に参加したわけじゃない。といい加減言うのはどうかと思うけれど、それでも今まで普通の日本人として生きてきた人間がいきなり人を殺せるわけが、


「きゃァ!?」


「な、んだ!?」


 急に周囲から嫌な音があがったと思えば、天井の一部が崩落する。

 舞い上がる埃のなかで、次々と周囲の壁が、天井が崩れ始めていく。まさか、


「あの野郎……! 工場ごと俺らを潰す気か!?」

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