第21話


 足がもつれて顔から地面に激突した濡羽をこの一発で気絶させるために、かっこいい必殺技もでもあれば良いんだろうけど、あいにく俺にはそんなものありはせず。

 与えられた能力も便利だけどデバフであって直接な攻撃手段ではない。格闘技だって習っているわけでもない。

 じゃあ、残された手としては、


「でりゃァァ!!」


「ひッ、げぼォ!?」


 全体重をかけた一撃顔面への飛び膝蹴りくらいなものだろう。

 それは技というには不格好で、蹴りというより飛び込んで踏み潰したといったほうが正しい描写にも思えるほどだった。

 足から伝わる嫌な感触と、同時に俺の膝を襲う痛みに顔を顰めてしまうけど。いままで一番の手ごたえを感じた。


「ぁ、ぉ…………が……」


 死にかけたザリガニのように痙攣していた濡羽がぽたりと動かなくなる。

 これは、完全に気絶したとみてよさそうだ。


「お……わったぁ……、おぃ、緑苑坂りょくえんざかもう大丈夫そ」


 ――ドゴシャ


「ぅ、ごぼォ!?」


 つかつか近づく緑苑坂に声を掛けようとすれば、俺は天地がひっくり返された。つまりは、俺の下で伸びていた濡羽を彼女が思いっきり蹴り飛ばしたのだ。


 安心しきっていた俺は受け身も取れずにしこたま地面に身体を打ち付けてしまう。くそ、地味に痛い。


「……、ええ、どうやら本当に気絶しているみたいね」


「鬼かお前は!?」


 死体蹴りなんて最近のゲームでも禁止されている行為だぞ。それを現実世界で行うとかこいつには血も涙もないってか!


「どこかの誰かさんが油断して一度逃がしてくれたものでね」


「うッ」


 それを言われると今回の戦いがここまで長引いてしまった原因を感じてしまう。で、でもだからさっきは不安の残る素人パンチじゃなくてダメージ覚悟の自爆技で攻撃したわけなんだし!


「ともかく、早い所ここから逃げるわよ」


「え? でも記憶は消えるんじゃなかったか?」


 戦いに負けたものは言之葉遊戯に関するすべての記憶が消去されるので復讐される心配もないって確かこいつが言っていたはずなんだけど。


「違うわよ、そいつじゃなくて」


 付いてくる気がないのであれば置いていく、と言わんばかりに彼女は出口へと向かっていく。説明してくれているだけまだマシなのだろう。


「あれだけ派手に騒いだのよ? いつ警備員が来てもおかしくはないわ」


 その言葉に俺は慌てて彼女のあとを追いかけた。

 警備員とか警察とか、とにかくそういった人たちとは俺が相性がとにかく悪いんだ。まあ、俺も向こうの立場ならこんな醜悪な顔の人間はとにかくまず疑うけどさ……。



 ※※※



「なあ、聞いても良いか?」


「駄目よ」


 入ってきた入り口からこっそりと脱出した俺たちは、住宅街を歩いていた。戦いも終わったわけだから緑苑坂と一緒に居る必要はないのだけれど、俺から勝手に離れていけば何を言われるか分かったものじゃない。

 付いていってもどこかで悪口を言われるのだろうけど、そうしたらそれが本日終了の合図と思えば良いだけだしな。


「これだけ危険なことしてまで叶えたい緑苑坂の願いって何なんだ?」


 彼女の返事をまともに受け止めていては会話も出来ないと分かってきたので、あえて拒否を無視してどうしても聞きたかったことを聞いてみる。


「…………」


 罵詈雑言の一つでも返ってくるかと思っていたのに、予想に反して彼女は俺の質問をただ無視するだけだった。


「まだ二回目だけど、この戦いが異常に危険なのはよく分かったよ。それこそいくら回復能力があるからって突っ込んで行けるものじゃないことくらい」


 たまたま彼女の能力が回復能力だったから良いものの、一度目もそして今回も俺たちは戦いの最中で怪我をしている。言之葉遊戯に明確な戦い開始の合図がないのだとすれば、連戦すればするほどに生き残る可能性は大きく減っていくわけだ。


「勝ちに拘るなら隠れて過ごすのもありに思えるし」


 それこそ、何勝すれば良いというわけではなく最後の一人になることが勝利条件だとすれば隠れて過ごすのも立派な作戦じゃないだろうか。


 この考え自体は、言之葉遊戯のルールとして少しザルに感じるけれど、いまはそこは関係ない。それよりも、その上で戦いに飛び込んで行けるこいつの精神がおかしいとしか思えない。


「そこまでして、緑苑坂は何がしたいんだ?」


 まさかであってほしいけれど、それこそ世界征服だの、誰かを殺したいだの、碌でもない願いだとすれば、いくら命がかかっているからといって俺はこれ以上彼女を手助けてして良いのだろうか。


 そりゃ、死にたいわけじゃないけどさ。


「逃げ続けているとね、負けになるのよ」


 ずっと無言だったので、これはもう無視され続けるかと思っていた矢先に彼女がこちらを見ずにぽつりと応えた。


「明確な時間は決まっていないけれど、戦わない期間が空き続けると言之葉遊戯の参加者として資格なしとして負けになるの。戦い続けるのはそれが理由よ」


 なるほど。

 だとすれば逃げ続けるわけにもいかないわけだ。これは娯楽なのだから、確かにそういったルールがあるのは理解できる。

 となると、回復能力があって連戦可能な緑苑坂の能力は長い目をすればかなり優位なものなのかもしれない。もしかするとこいつのことだからそれが分かった上でこの能力にしたのか? いや、でも、そういう打算じゃないて本当に心から思ったことじゃないと能力にならないとかブランの奴が言っていたっけ?


「じゃなくて! お前の叶えたい願いが何だって話だよ!」


 確かにそこも気になっていたことだけど、いま俺が聞きたいのはそこじゃない。絶対分かった上で誤魔化す気で説明しただ、……うん?


 誤魔化した?


「今日はもう近くに敵もいないわね。解散しましょう」


 緑苑坂が? 誤魔化した?

 言いたくないことがあればそれこそ心を砕く罵詈雑言をいくつも並びたてて終わらせる暴君のようなこいつが。


「じゃあね」


 いつものように黙って入れば美しい彼女の後姿が、俺にはまるでどこか逃げているようにも見えてしまって。

 何も言えずに見送るしか出来なかった。

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