第20話
「ぁ、ぐ……っ」
殴られた顔も、吹き飛ばされて壁にぶつかった背中もどちらも痛い。あいつと関わってから本当に碌な事が無い……。
たった一発殴られただけだというのに視界が霞む。諦めてしまえば今すぐにでも気絶してしまえそうだ。
「『死ぬこと以外は』!」
「させるかァ!」
「はぐぅ!?」
「え? ……うがァ!?」
――めきょ
俺と同じく飛ばされてきた緑苑坂の肘が頬に突き刺さる。い、痛い……。
勢いが止まるはずもなく、俺は彼女と壁にサンドイッチ状態になってしまった。
「見てたから分かるよ、そっちの彼女の能力は回復系だね。厄介だけど、使わさせる前に邪魔してしまえば良い……」
ヤバい……!
濡羽が攻撃の構えを取ってやがる。他人を不幸にさせる能力のあいつがどうして身体強化まで使えるのか分からないし、緑苑坂が叫んだ
「だけだッ!!」
「『ただしイケメンに限る』!!」
そんなことを言っている場合じゃない!
――ぽにょん
濡羽の拳が緑苑坂の顔面を捉える。
とても可愛らしい効果音を発生させながら。なんとか間に合った……。
「弱体化……ッ」
「『死ぬこと以外はかすり傷』!」
殴られた顔、ぶつけた背中。……あと肘が突き刺さった頬。の痛みが嘘のように消えていく。言うことを聞いてくれる身体に力を込めて、俺はすぐ目の前に居た濡羽の足を蹴り払った。
俺の能力の効果は三十秒程度。
緑苑坂を横にどかして立ち上がり、渾身の力で顔面を蹴り飛ばすには、ギリギリ足りる……!!
「寝ぇて!! ぬぉッ……!?」
振りかぶった足と濡羽の顔の間に緑苑坂が倒れ込んでくる。こいつ……! こんなタイミングで転けるなんてどれだけ運が悪くなってんだよ!?
全力での蹴りを途中で止めるなんて力技をすれば、身体が悲鳴を上げるのは当然で。腰が一瞬嫌な音を立てた気がする。
「ああ、もう!!」
急いで彼女を抱き起こして、彼女を抱きかかえるように濡羽に背中を向ける。多分、そろそろ……。
「痛ッッ!?」
「なるほど……、効果時間は短いのか……!」
背骨ッ!
背骨がボキって言ったッ! おっごォォ……!!
「否定したいけど、君の顔を見ていてその言葉を否定するのは難しいし……、それに親を取れば!!」
殴られた痛みで動けない。声も出せない。
俺に出来るのは、必死で緑苑坂を抱きしめて壁になってやるくらいだ。ええい! 嫌なのは分かるがこんな時に暴れるなよ!! てか、その元気があるならせめて傷治してくれっての!!
「オレの勝ちだッ!!」
歯を食いしばって目を閉じる。
あの威力をまた喰らえば今度は背骨が折れてしまうんじゃないだろうか。背骨って折れても一瞬で死ぬこと……、ないよな……。
俺を襲う圧倒的な暴力は、
「ぬわぁ!?」
情けない悲鳴となって背中越しにやってきた。
「あ……?」
「来た……ッ!!」
後ろで濡羽に何が起こったか確認する前に、腕の中の緑苑坂が叫ぶ。
咄嗟のことに力が緩んだ隙を突いて彼女が俺の拘束から逃れ出た。
「くっそ……ッ! もう時間かよ……!」
「離れるわよッ!!」
「え、ちょ……!?」
「逃がすどわァ!?」
後ろで聞こえる音は、この戦いが始まって聞き慣れてしまった音。俺の手を取り走る緑苑坂がよく起こした音。
つまり、
「きゃァ!?」
「うごッ!!」
転倒した人間が発生させる音。
緑苑坂が足をもつれさせる。手を繋いでいる相手が転ければ、それは当然俺も導かれるわけで、支える腕がを伝って背骨がミシミシと嫌な音を立てる。
「ああ、もう!! 鬱陶しい!! 何をしているの! はやく離れるわよ!!」
「転けたのはそっちのくせに……」
彼女が転けたのは濡羽の能力で運が悪くなったから。
それは分かる。ふざけた能力だと思うけれど、そういう効果なのだから分かるしかないのだろう。
だけど、
「どうして濡羽まで転けているんだ!?」
緑苑坂を支え起こしながら走って濡羽と距離を取る。ちらっと視界に入れた彼はそれはそれは見事に頭から地面にダイブしていた。
「能力の反動! 詳細はあと!」
「めっちゃ分かり易くて助かる!」
さすがは緑苑坂だ。
たったこれだけで意味が分かるのだから。つまり、あれだろう? どうしてかは置いておいて、あいつは今。
緑苑坂と同じように運が悪いってことだ。
「待……、待てぇえ!」
「『ただしイケメンに限る』!」
転けた体勢を活かしてクラウチングスタートを切ろうとする濡羽へ、もう一回能力を発動させる。
弱体化するのはなにも攻撃力だけじゃない。足の筋力も落としてやれば、
「うぉッ! あぐっ!!」
よっし!
予想通りいきなり足にかかる力がおかしくなってそのまま転けてくれたっ!
濡羽の状態が緑苑坂と同じだとすれば、時間の経過とともに運はどんどん悪くなるだろうけれど、あくまでも運が悪くなるだけで戦えないわけじゃない。
今のうちにさっき受けた背中の痛みを緑苑坂に治してもらえれば、あとはなんとか押し切れる!!
「緑苑坂!」
「分かっているわよ!! 『死ぬこと以外はかすり傷』!!」
背中の痛みが消えていくのを感じながら、俺は頭から突っ伏す濡羽へ駆けだした。
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