第2話
「おはようッ! もう朝だよ? 朝ご飯にする? 朝風呂にする? それとも、あ・た・し?」
「……とりあえずどいてくれ」
目が覚めれば視界いっぱいに満天の笑顔を花咲かせた美少女のどアップがあった。なんて言えば世の中の多くに嫉妬の炎で焼かれて殺されるのだろうか。
「ちゅぅしてくれたらどいてあげるっ! んちゅぅぅ」
どこで育て方を間違えてしまったのだろうか。今の彼女を見れば親が涙するに違いない。……実際は笑って流されるんだろうけど。
無言を肯定と捉えた彼女が俺の唇を奪おうとしてくるので、身体を起こす反動で彼女を放り飛ばして回避する。
可愛らしい悲鳴をあげながら床に転がり落ちる彼女は、これでもかと
「もォ! パンツ見たいなら言ってくれるだけで良いのにッ」
「頼むからせめてそこはどかすなら言ってくれるだけで良いのに、にしてくれ……」
「観念してあたしの愛を受け止めたら良いのに。お兄ちゃんは往生際が悪いんだから」
これで彼女がお隣に住む幼馴染であれば、もしくは、親同士が決めた許嫁であれば俺は遠慮などすることなく可愛すぎる彼女が居る薔薇色高校生活を送ることが出来たのであろうが、残念ながら彼女は、
「別に血が繋がっているわけじゃないんだから何しても良いってお父さんもお母さんも認めているんだよ?」
「待て。親父もお袋も何しても良いなんて言ってねえ。節度は守りなさいと言っていたっての」
「だいたい同じようなことだよ!」
「もう良い……、着替えるから出て行ってくれ……」
「え? どうして?」
「お前が良くても俺が恥ずかしいの! 妹に着替え見られるとか勘弁して欲しいの! 同じ問答を毎日させられる身にもなれッ!!」
――バタン
「お母さーんッ! 今日も駄目だったーッ!」
階段を降りていく直の声に、まだ目を覚まして起きただけだというのにどっと疲れた自分がいる。
血が繋がっていなくても、あいつが誰もが振り向くほどの美少女であろうとも、俺にとってはただの可愛い生意気な妹だ。欲情なんか出来るわけがないと何度言えば理解してくれるのだろうか。
指定制服のある高校に通う学生の着替えなど代わり映えがするものでは決してない。選ぶものと言えば靴下やシャツくらいなものだが、それも色の指定がされているために箪笥から適当に選んで終わりだ。
それでもオシャレな奴はそのなかで自分色を出そうと切磋琢磨するらしいが、そんな気合いも俺にはない。
ただ、代わり映えのない服装の代わり映えのない俺。
鏡に映るいつもの俺の姿に、もう日課となってしまった溜息を零して、俺は両親と妹の待つリビングへと降りていく。
「やっぱり寝込みを襲うしかないと思うんだっ」
「あらあら……、でも無理矢理はお母さん感心しないかなぁ?」
「嫌よ嫌よも好きのうちって言うから大丈夫! おばあちゃんもひいおばあちゃんから結婚は習うより慣れろだって言われたって言ってたし!」
「そうねぇ……、確かに一回ぐらい」
「飛んでもねえ会話をしながら朝飯食うのを止めてくれって言ってんだろうが」
「あら、おはよう。目玉焼き食べる?」
間違っても爽やかな朝に似つかわしくないド下品な会話を絵面だけ見ればとても爽やかに交わす母と妹の姿に涙が止まらなくなる。唯一同じ男として頼りの綱である親父はテレビの占いに興味津々で話をまったく聞いていねえし。
「食う。あ。それと今日帰りちょっと遅くなるかも」
「あたしとラブホに行くから」
「それじゃあ今日はお赤飯かしら」
「頼むから頭ぶっ飛んでいる会話を自然につなげないでくれ。学校の委員会があんだよ」
「それは大変ね。それじゃあお小遣いあげるからもしお昼だけじゃ足りないようなら何か食べてきなさい」
とても優しい提案をしてくれるお袋はまさに女神と言えるだろう。強いて言うなら弁当箱の上に置いてくれたお小遣いの金額が10円というのは、いったい俺は何を食べると思われているのだろうか。10円チョコでも消費税のせいで買えないぞ。
くだらない会話をしながらでもささっと作ってくれたお袋特製のベーコンエッグと母方の爺ちゃんが送ってくれる田舎の米。シンプルだけどご馳走なそれを美味しく胃に収めていく。
「
「良かったな」
「勇気の獅子座は最下位だったけどな……」
「ラッキーアイテムは妹だったよ!」
「あれ? そうだったかな」
「ナチュラルに嘘を交えるな」
40歳をとうに超えて朝の占いに一喜一憂するのも如何なものだろうか。それと、直の嘘にはしっかり躾をしてほしい。名は体を表すとはどこへ行ってしまったのやら。
家族仲が良いとよく言われる。
確かにその通りだろう。俺も直も反抗期と明確に言える時期がいまだになく、親父達もくだらないものを除けば夫婦喧嘩を滅多にしない、大きな休みになれば家族揃って旅行に行き、お盆と年末年始は田舎に帰って爺ちゃん婆ちゃんと一緒に過ごす。
まさに絵に描いた仲良し家族。
それでもどうしても俺は、家族の顔を見るたびにしょうもないコンプレックスに襲われる。
直は美少女だ。
まだ高校生活が始まって一ヶ月と経っていないのに五人に告白されたと迷惑そうに言っていた。街を歩けば芸能界に興味はないかと声を掛けられることもしょっちゅうだ。
お袋は美女だ。
実年齢が40歳を超えているというのに、30代前半と言われても誰も疑わない。むしろ20代ですか? なんて言われることもある。
小学校の担任が授業参観に来たお袋に心を奪われて授業が止まってしまったのはいまでも同期の笑いの種である。
親父は美男だ。
毎年新入社員に一人は本気で惚れる女性社員が現れて社内が揉めるのは年中行事と化している。親父が出ると聞くだけで近所のイベントの出席率が大きく跳ね上がる。
まさに美男美女カップルに生まれた美少女。
誰もが羨み、誰もが振り向き、誰もが感動の溜息を零す。それが俺の家族だった。
ただ一人俺を除いて。
俺は、不細工だ。
謙遜なんかではない。造りが悪いというよりも崩れているなんて言われたこともある。あまりな言葉だが確かに俺の顔を表現するには適格だろう。悪いというより人として崩れている。
初めて俺の家族を見た人は誰も俺の家族だと信じてはくれない。それほどまでに俺と家族の顔面偏差値はかけ離れているのだ。
もっともそれは当然な話で、俺は家族の誰とも血が繋がっていない。簡単な話で孤児院に居た俺を親父とお袋が引き取っただけだ。
当時、子どもが出来ずに悩んでいた二人が俺を引き取ったらしい。引き取ってすぐに直がお袋の腹に出来るんだからなんとも間が悪いとしか言いようがない。
それでも、俺を孤児院に戻すことなく、あまつさえこんな不細工に育っていく俺に変わらない愛情を注いでくれる二人には感謝してもし足りない。はっきり言って、俺は俺みたいな子どもを可愛がり続けられるかと聞かれれば自信を持ってはい、となんて言えやしない。
すぐ下に美少女な妹が居るならなおさらのことだ。
別段、血が繋がっていないことがどうのこうの等と思春期なことを言うつまりはないようにしているんだが、毎年年賀状に使用する家族写真を撮るたびに、毎朝自分の顔を鏡で見るたびに、他人が俺たち家族を見て驚くたびに、どうにもこうにも下らないと斬り捨てるのが正解だと分かっているけれど捨てれないコンプレックスがひょっこりと顔を出す。
「ごちそうさん。歯ぁ磨いたら行ってくる」
「ぁ、あっ! 待ってお兄ちゃん! あたしも一緒に行くっ!」
「待っててやるから慌てず食べろ」
「はァァん! 聞いたお母さんっ! お兄ちゃんの愛の告白っ!」
「今のが告白に聞こえるんなら脳外科医にでも診てもらってこい」
「勇気、今日は女性運がひと際悪いそうだから気を付けた方が良いぞ」
「直に言ってくれ。俺の女性運が悪い理由はこいつだから」
「つまりお前は俺の女だ、ってことだねっ!」
本気で置いていってやろうかと思うが、それをすればあとが煩いのでとりあえず妄言を無視して俺は身支度を整えることにした。
※※※
「行ってきます」
「行ってきまーす!」
天秤にかけてあとでの面倒くささを取った俺は、結局直と二人で高校に向かう。自転車で20分ほどで着く我が母校は、県内でも有数の進学校でもある。
正直、俺のレベルから言えばここに入るのはかなりきつかった。それでも目指してなんとか入学にまでこじつけたのは直のため。
俺が居ない学校には行かないと平気で言い放つ彼女は、俺なんかより数倍頭が良い。俺が入るのに苦労に苦労を重ねたこの学校にだって簡単に入る実力を持っていた。
そんな彼女をレベルの低い学校に通わせるわけにはいかず、かといって、
「やだぁぁぁ! お兄ちゃん行っちゃやだぁああ!」
「毎朝毎朝飽きずに恥ずかしい真似してんじゃねえ! いいから自分の教室行ってこい!」
「お兄ちゃんの居ない教室行ってもやることないんだもんっ!」
「勉強してろ! それか友達と駄弁ってこい!」
「お兄ちゃんもう一回一年生やろうよ!!」
「やるかボケっ!!」
彼女が入学してから毎日行われる下駄箱での攻防に、他の生徒はもう反応を示そうともしない。
最初はどう見ても絡んでいるのは直の方にも拘らず、俺が彼女に迷惑をかけていると勘違いされ教師陣に指導室にまで連行された。
最終的に直が俺の妹であると証明するために上の立場の人間でないと見ることが許されていない生徒の個人情報ファイルを引っ張り出す羽目にまでなってしまったのは良い思い出だなんて言う気はないからな。
「おはよう、勇気。今日も相変わらず愛されてたね」
「おはよう、
「そうしたいのは山々だけど、馬に蹴られたくはないからなァ」
笑う口元にきらりと光る白い歯。
手にしている桃色の便箋は、今日も下駄箱に入れられていたラブレターだろう。
「服、乱れているぞ」
「え? あ、本当だ。いや、さっき校門で隣校の子たちがね」
「モテるのも考えものだな」
俺の家族に相応しい男は誰かと聞かれれば、俺は間違いなく目の前のこいつだと答えるだろう。俺以上に。
幼稚園からの付き合いで所謂幼馴染と言える彼の名前は、
韓国アイドルにだって負けていない甘いマスクに、学年二位の学力、そしてサッカー部のエースを務める運動神経と火の打ちようがないまさしくイケメンである。
彼が俺なんかとつるんでいるのは……、つまりは腐れ縁というものなのだろう。色々と、俺のせいで嫌な思いをさせているのも知っている。その上で、俺はこいつと一緒に居るのが好きだから。俺の我儘で彼に迷惑をかけ続けている。
「昨日のドラマ見た?」
「半分」
「半分?」
「途中で直が乱入してきて見れなくなった」
彼女は俺がテレビを見ていると、正確に言えば女性が出ている番組を見ると邪魔しようとしてくる。格闘技ぐらいしか見れるものねえじゃねえか。
「相変わらず愛されているねぇ」
「勘弁してくれ」
思う所がないと言えば嘘になるけれど、それでも十分に恵まれた幸せな生活。これが、俺の日常だったんだ。
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