第21話 心閉ざして 1 取材を終えて
この「心閉ざして」」シリーズは、拙著「一流の条件 ~ ある養護施設長の改革人生」の「壊れた壁時計 尾沢康男元よつ葉園児童指導員の回想」のもととなっている書下ろし作品です。
話者は、大宮太郎××ラジオ代表です。
(以下、本編)
今日の仕事は、つらかった・・・。
あとは一人、酒場で酒をあおって、日の暮れないうちに、うちへ帰るだけ。
どうせ今日は、他にすることないし。
2017年9月某日。平日の昼過ぎ。この日の岡山県南部の最高気温は33度。
「晴れの国」と自称するだけあって確かに晴れた日が多く過ごしやすい街だが、夏は、とにかく暑い。暦の上ではすでに秋だが、まだまだ、日の当たる場所は暑い。
それでも、日陰に入れば涼しく、よく見ると、赤とんぼがぶんぶんと、あちこちを飛び交っている。ぼくは郊外のスーパー銭湯を出て、バス停一つ分ほどの距離を歩いた。これで、駅前までのバス運賃が60円安くなる。特に急いでもいないし、歩かない手はない。建物の谷間を歩くだけでも、暑さはかなり軽減される。
歩くこと数分。信号を渡り、少し東寄りに歩いたところに、バス停がある。
目の前には、ステーキを前面に出したファミレス。昼飯時も過ぎ、すでに客もまばらだ。道路の向かい側には、大病院がそびえ立つ。
バス停前の大病院から出てくる年配の女性には、日傘をさしている人もいる。仕事をしていると思しき男性の姿もちらほら見られるが、スーツにネクタイを着込んだ男性は見当たらない。
かくいうぼくも、長そでのワイシャツとスラックスで、上着なし、ネクタイなしの軽装。中学時代の大病の影響で髪の毛が抜けたのを機に丸刈りにして久しいが、周囲に「光線」をばらまいてはまずいので、一応、帽子は被っている。帽子のあるなしで、当方の暑さは大いに違う。普段使っている眼鏡ではなく、うっすらと色が入っていてサングラスにもなる度付きの眼鏡のおかげで、目に入る刺激も幾分和らぐ。
バス停の屋根は、ちょっとした日陰。
暑さと紫外線から人体を守る「安全地帯」。
そこから日の当たる場所を見ると、暑い中を歩いている人たちがいささか気の毒にもなる。だけどこの程度では、建物や木の陰ほど涼しくはないし、エアコンの効いた建物内のようにはいかない。ここは、いつまでもいられぬ「かりそめの居場所」だ。
バス停の屋根が作る日陰で、山谷の日雇い労働者の歌を口ずさむ。
岡林信康なるフォーク歌手の「山谷ブルース」。ぼくが3歳の頃にリリースされた歌。
この曲は、滋賀県の養護施設で園長を務めておられた人から教わった。取材に行って、一緒に飲んだ時に歌われていて、それがきっかけで覚えた。
何とも言われぬ、切ない曲だ。
山谷のドヤ街に住んで働く労働者の気持ちが、妙に身に染みる。
今朝は、自らが代表を務める××ラジオの取材で、スーパー銭湯の休憩室を兼ねたレストランで、ある人物を取材し、1時間ほどインタビューした。その前にはその銭湯の社長と一緒にサウナに入って汗を流し、インタビューの後には社長とCM契約の更新の打合せをして、それから軽く食事をいただいてきた。
今日のぼくは、ずいぶんうらやましい「御身分」に見られるかもしれない。
駅前方面のバスがやってきた。病院の見舞い帰りと思われる年配の御婦人方とともに、後ろ乗りの乗合バスに乗込んだ。前からは、何人かの降車客がある。
乗車口から赤とんぼが一匹、ぼくらと一緒に乗り込んできた。しばらくバスの中を飛び回った赤とんぼは、次のバス停で乗車客を乗せたとき、広めの乗車口から「下車」して飛び去って行った。
岡山駅前まで、このバスで約20分。途中、テンヤマデパートのバスステーションを経由せず、O大学病院と市役所を回って岡山駅まで出る便だ。
今日のぼくとしては、その方がありがたい。
バスは岡山駅前に到着した。列車に乗換える人、そこから別の場所で買い物をする人、さらにバスを乗換えていく人、行先は人それぞれ。
ぼくは、駅前の昼から飲める居酒屋に。
この街には、そんな店もいくつかある。
特にこの数年で、増えてきた気がする。
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