第51話 シリーズ 8 犬猫のじゃれあい?
社会に出てしっかり生きている元園児の話に戻しましょう。
先ほど少し申し上げた嘉田浩輝君、Z君たちより2学年上の子ですけど、彼は中学卒業と同時によつ葉園を出て後、飲食店に勤めて修行して、今は、ラーメン店の店長をしています。彼より1歳上、それこそ、先ほどの圭人君と同時期に高校を1年修了と同時に退学してよつ葉園を退所した城田治夫君も、その同じラーメン店のチェーンにいますけど、彼はそのチェーン店の部長になっていて、今も毎日、本店でラーメンを作っていますよ。彼はかなり早く結婚して、娘さんがいます。もう成人されているでしょう。お孫さんもすでにいるかもしれません。
彼は幼少期と中学から高校の一時期、よつ葉園に来ていましたけれど、そこでの経験は社会に出て大いに役立っていると言ってくれています。そのラーメン屋のチェーン店ですけど、彼がいないとラーメンの味が維持できないと常連客から言われるほどです。彼はいい「仕事」をしていますよ。
その城田君と同級生の烏山省吾君という子は、工業高校卒業までよつ葉園にいました。高校卒業後自衛隊に数年間勤めましたが、その後退官して地元の企業に勤めていました。しかし、結婚の話が何度もあったのに、見合いと恋愛を問わずことごとく破談になってしまった。彼は養護施設出身が理由で破談になったと言って、一時期自暴自棄になって精神的にもおかしくなりかけていました。確かに養護施設出身者ということで結婚に差しさわった例は少なからずあります。もっとも実際のところは、そればかりが理由というわけでもないでしょう。彼から事情を聞きましたが、客観的な目で見ればすべてとは言いませんが、本人自身に問題があると思われるケースのほうが多かった。それを指摘するのもどうかと思って、私は黙っていました。
その後彼は仕事も辞め、生活も精神も荒れていましたが、私のもとに相談に来たのをきっかけに、O市の福祉事務所に連れて行って生活保護の申請をさせました。
ハローワーク経由で仕事探しをする話になっていますけど、年齢も50歳を超えていますし、学歴もこれという資格や技術も、あっという人脈もない。言いにくいけど厳しいでしょう。しかも彼、頑張ろうとすればするほどうまくいかない。
それで彼は、精神をますます病んでしまった。ケースワーカーさえも、普通ならさっさと働けと言えばよさそうなものでしょうが、彼には、とにかく無理はしなくてよいからと、焦る彼を定期訪問の度に何とかなだめている始末です。
実はそのケースワーカー、別件でも接触があって、ある時彼の話になって、あれで仕事されても正直、どの会社でも受入れようがないでしょうね、下手に仕事されてもなあ・・・とこぼしていたほどです。
そんな烏山君ですけど、よつ葉園にいるときは「模範生」ともいうべき子でした。一般に大人たちに対しては言動もしっかりしていたし、彼を担当した保母からはことごとく好かれていた。こういう子は社会に出ても必ずうまくやっていけると私たちは思っていましたが、その期待は見事に裏切られました。私たち養護施設職員の考える社会観は、あまりに社会とかけ離れていた。施設内でいくら「通用」しても、そこを離れると全く通用しない。養護施設の常識は社会の非常識とまでは言いませんが、第三者からそう言われても仕方ないという思いにもなります。
Z君にはいつか、こんな施設内の人間関係など犬猫のジャレアイのようなもので、社会で役立つものではチャンチャラない、こう言うと犬猫に失礼だが、とまで言われました。
彼がよつ葉園にいたころの私たちの対応を考えたら、辛いけど反論できません。
尾沢さんとの話で紹介された松阪信男君は、ぼくらが取材した「元よつ葉園児童」だ。確か1988年、彼が商業高校の3年生の時、よつ葉園で彼にインタビューしたことがある。取材した彼の声を変えて紹介した。その後彼は公務員試験に合格し、O市役所にずっと勤務している。その後、よつ葉園に遊びに来ていた折に知り合った同年齢の保母と交際を始め、結婚に至った。子どもさんもすでに成人していて、O国立大学を出て、この春からある大手企業に勤めているそうだ。
Z君や松阪君のような「有能」な養護施設の子どもたちに、もし重点的に「投資」できていれば、彼らをそれなりの大学に合格させることもできたかもしれない。しかし、露骨な「能力主義」に基づく「成果主義的な養育」をすればいいのかというと、さすがにそれがいいことだと手放しで言い切ることはできないだろう。
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