第53話 野の花たちにささげる詩(うた)
野の花たちにささげる詩(うた)
ある街の外れの片隅に、一本の花が咲いていました。
今となっては、その地域は文教地区として名高い住宅地となっていますが、その頃はまだ、一面の野原のような場所でした。
その花は、決して有名な花でも、立派な花でもない。
草花に興味のない人には、おそらく「雑草」という言葉でひとくくりにされてしまうでしょう。
ある時、その花の隣に、もう一本の白い花が咲きました。
この白い花もまた、「雑草」とくくられるような花でした。
時が経ち、野原はどんどん宅地へと変わっていきました。草木はどんどん抜かれ、田んぼや畑も、一軒家やマンションに変わりました。勉強熱心な家庭がどんどん住みはじめました。
勉強熱心な子どもやその親たちは、その花々に気づけたでしょうか?
その花々は、いつ、枯れたのでしょうか?
ひょっとすると、除草剤で枯らされたのかもしれません。
あるいは、誰かがそっと、どこかに植え替えたのかもしれません。
もしかすると、種となってどこかに飛んで行き、そこで今も咲いているのかもね。
そもそも、「雑草」という名の植物はありません。
その花がどういう名前の植物かを調べれば、わかる人にはわかることでしょう。
だけど、大半の人々には、その「雑草」ともつかない花々が、何という植物かを問われてもわからない。ならばせめて、こう、呼ばせてください。
「野の花」と。
子どもの頃、私は、その街の片隅に咲いていた2本の「野の花」をいつも見ていました。
気が付くと、いつの間にか「野の花」はなくなり、咲いていたその場所には、マンションが建っていました。
ある時、ふとした用事で郊外の丘の上に出向きました。
あの時見た「野の花」に、本当によく似た花々が咲いていました。
確かにその花々は、あの街の片隅に咲いていた「野の花」ではない。
花の色も違えば、葉の形状も微妙に違っている。
でも、あの時の二輪の花に、なぜかよく似ています。
あの2本の花の種は、ひょっとすると、街の片隅から10キロほど離れた丘の上へと飛び立ち、そこに根付いたのかもしれません。丘の上に今咲いている花々もまた、あのとき街の片隅に咲いていた2本の花と同じ、「雑草」のような「花々」です。
あの街の片隅に咲いていた2輪の花と、この郊外の丘の上に咲いている花々。
どちらも、私にとっては、「野の花」という名前の花たちです。
そんな「野の花」の存在など、忘れてしまった人たちがほとんどでしょう。
そんな「野の花」の存在など知らない若者も、数多くいるでしょう。
しかし、私は決して忘れません。
「野の花」が2輪、あの時確かに、あの場所に咲いていたことを。
あの2輪の花の咲いていた場所が、どんな場所だったことかも。
そしてその場所で、どんなことが起こっていたのかも。
どこかから根ごと掘られたという、また別の「野の花」がありました。ある立派な花壇に植え変えられ、大輪の花たちの影に隠れて、ひっそりと、咲いていました。
この花にいつも優しく話しかけていた、ビールの大好きなおじいさんがいました。
花を増やして花壇をにぎやかにしようと思ったのに、肥料が不足しがちだ。
こうなれば、花壇を「間引く」しかない。
花壇を管理するおじさんは、趣味のラッパを吹きながら、そう思い立ちました。
真っ先に間引かれたのは、大輪の花ではもちろんなく、「野の花」でした。ある春の日、その「野の花」は、「雑草刈り」という名目で、刈り取られてしまいました。
ラッパ吹きのおじさんは、その花を刈り取ってしまいました。
おじいさんは、どんなに悲しんだことでしょう。
「野の花」がはぐくんだ種には、大都会に住む人に引き取られ、そこで大輪の花を咲かせたものもありました。でも、あの「野の花」は、一緒に抜かれた「雑草」とともに、温室栽培で育てられるビニールハウスの花々のための肥料にされました。しかし、その花壇に咲いていた大輪の花たちも、そのうち、枯れしぼんでいきました。
ラッパ吹きのおじさんは花壇を手放し、寂しくこの世を去っていきました。
残った花の種たちは、順を追って、みんな、別の花壇に植え直されました。そしてそこで、あの時と同じように、いや、あの時以上に大きく、しっかりした「大輪の花」を咲かせています。でも、あの頃の花も花壇も、すべて、この世から消え去ってしまいました。
あれは、街の片隅にあの白い野の花が咲いたのと、ちょうど同じ頃のことでした。
田舎街の片隅に咲いていた2輪の野の花と、プロ野球界に咲いた野の花は、ほんの一瞬の邂逅を果たしたのです。
昭和32年の春、3月初旬の、日本の岡山という街の片隅での出来事でした。
誰も知らない真実を、私は、ようやく突き止めることができました。
あの2輪の「野の花」が咲いていた場所には、かつて「孤児院」と呼ばれていたこともある「養護施設」が建っていたことと、あの球団が「球界の孤児」と呼ばれていたこと。
そして、「野の花」たちの真実の姿を。
小説 養護施設 1 よつ葉園編 与方藤士朗 @tohshiroy
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