第28話 心閉ざして 5 ぽっかり温泉にて
わしの人生は、6歳で終わった。
それが、G君の最初の一声だった。
今日、彼の勤めるスーパー銭湯で、旧知の社長と一緒に、G君の話を聞いた。
彼は、市街地の少し郊外にあるスーパー銭湯「ぽっかり温泉」に勤めている。典型的な銭湯同様、地下を掘って温泉が出てきたわけでもないし、どこかから温泉の湯を持ってきているわけでもない。とはいえ、サウナと水風呂と岩盤浴があり、それほど品数は多くないがレストランもあるし休憩室もある。ほぼ年中無休、朝から夜遅くまで営業している。そこは確かに、昔ながらの銭湯とは違う。
実はこの銭湯、別の企画で取材したときに来たことがあり、そこの社長は長年の知人だ。フロントに声をかけると、社長が出てきた。ぼくより10歳ほど年上の男性で、いつもワイシャツにネクタイ姿。
G氏は用事で外出中。約1時間後に戻ってくるとのこと。その間、社長と一緒にサウナに入った。入浴して1時間少々、社長と共にサウナ室に入っていたら、若い男性従業員がやってきて、Gさんが帰ってきましたと伝えてきた。これから行くので少し待ってくれと社長が伝言させたのを機に、少しばかり水風呂に入り、体を冷まして浴場を出て、社長と共にフロントに向かった。
少し長めの短パンにTシャツの作業服姿のG氏は、マニア氏こと米河清治君や先日のZ氏よりも1学年下。日焼けした、丸顔で童顔の、人懐っこい笑顔が印象的な南米のコーヒー農園で働く日系人の農場主のような風貌を醸し出している。彼がかつて養護施設で過ごしたなんて言われなければ、そんなことはわからないだろう。
ぽっかり温泉の社長に促され、ぼくらはレストランの奥のテーブルに腰掛け、自動販売機で買ったペットボトルのお茶をすすりつつ、彼の話を聞くことにした。
話している間、G氏は終始笑顔を絶やすことはなかった。声も、きわめて穏やかな調子で、言葉も特に荒れなかった。しかし、彼の口から飛び出す話の内容は、彼自身の抱える暗黒の闇の深さとその寒さを、感じさせて余りあるものだった。
ぽっかり温泉の社長は、G君のよつ葉園時代の話を何度か聞いたことはあるそうだが、ここまでまとまった形で聞いたことはなかったという。G君や社長には録音させてもらって番組で紹介させてもらうとは言っており、それは了解を得てはいるものの、しっかし、これ・・・、どうやって紹介したらいいものなのだろうか。
少し休んでくればいいと父には言われたものの、こんな話を聞かされたアカツキには、なぁ・・・。
ブルートレインのマットの上で、寝返りこそ打たないものの、様々な思いが、ぼくの頭の中をのたうち回った。
約30分ほど横になった後、何とか起きだした。
まずは、風呂場の水道で顔を軽く洗って、リビングに足を向けた。
3人とも、G君のインタビューを聞いていた。
「おじいさん、このG君、よつ葉園や尾沢さんに対して恨み骨髄なのはわかるけど、なんだか、潤いのない人生を送っているみたいねぇ・・・」
「これはしかし・・・。わしもなあ、ここまで人を恨む人物に会ったことないぞ。静かな割に言葉は荒れているし、尾沢さんという職員に対して恨み骨髄だな。たまきちゃん、放送云々は別として、このG君とやらの話、人にできそうか?」
「ちょっと、私には・・・。このG君って人の話聞いてみて思いましたけど、のぞき見することさえまかりならない何かが、彼の心の闇の中にあるとしか・・・」
たまきちゃんが感想を述べる。
どうやら3人とも、すでにひと通り聞き終えていたようで、3人そろってお茶をすすりながら、話すともなく話している。
ぼくが腰かけたと同時に、父が一言。
「太郎、これ、放送のネタに使えそうか?」
「ちょっと、無理だね・・・」
「だろうな。先日のZ君の話は直接の音源を聞いていないからわからないが、お世辞にも明るい話題じゃなかったようだな。それに加えてこのG君か。もう少し希望の持てるような話があればよさそうなものだけど、難しいものかなぁ・・・」
「とりあえず、彼の言い分だけじゃなく、相手の言い分も聞いてみないとね。元職員の尾沢さんって人は、どう思っていらっしゃるのかしら」
母の言うのも、もっともだ。
「それにしても、よつ葉園は、わしの知っている限りでは、そこまでひどい場所じゃなかったと思うがねぇ・・・」
父が、ぽつりとつぶやいた。
思い出すのも編集するのも苦痛だが、何とか編集したものを、この後皆さんにお読みいただきます。
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