第29話 心閉ざして 6 悪夢の果てに
わしの人生は、6歳で終わった。
今は、悪夢のあとのおまけみたいなものじゃ。
よつ葉園なぁ・・・。思い出しとうもねえ。でもまあ、Zやコメの米河が、せっかくじゃから話してやれ、って言うから、しっかり言わせてもらうことにすらあなぁ。
親父は、温厚な人じゃけど、6歳で死んでもうてな。
だらしねえ母親を何とか面倒見とったけど、本音を言えば、わしを連れてさっさと離婚したかったみたいじゃ。そもそも、結婚に乗り気じゃねえところを、U町の世話好きババアが、親父にあの母親を見合いと称して押し付けて、断り切れなんだものじゃから、しょうがなかったらしい。
それで馬鹿母にまとわりつかれてしもうて、妹まで生れてきた。
親父、相当ストレスもたまっとったのと違うか。
親父が死んでもうて、母親がわしと4歳下の妹の面倒をしばらくは見とったけど、さして仕事をする気ねえし、だらしもねえから、結局、U町役場の者がきて、岡山へ出て生活保護を受けて、それで仕事探して、わしと妹を養護施設に預けえ、いう話になった。
まあ、岡山のほうが生活保護の支給基準が高いし、仕事がある確率も上がる。
田舎のU町にしてみりゃあ、そうしてくれた方が生活保護の金も出さずに済むし、要らん責任負わんでええからな。
それでわしは、小学2年になったときから、よつ葉園に来ることになった。
母親はどうかいうたら、今度は若い男と一緒になってな、それで、子どもまで一人作りよったわ。
父親違いの弟、いうことになるけどな。
思うところあって、わしゃ、弟とも連絡取ってねえ。
妹と違うてしっかりしとって、今は結婚して子どももおるらしい。
よつ葉園の話じゃけど、保母のことは、あんまり印象に残ってねえ。
なんで言うて、正直、短大出て何年か勤めたら、結婚とか何とかで辞めていきよった。毎年、担当がコロコロ変わりよった。
保母にゃあ、ええのもおりゃあ、お粗末なのもおった。それだけじゃ。
園長の大槻は、まともじゃった。あれには確か、わしと同学年の息子と、5歳ぐらい下の弟がおったが、どっちも、しっかりしとったな。
わしゃ、よつ葉園を出るときに殴られかけたけど、先制攻撃で殴ったら、どうやら、園長を殴った伝説の人物いうことになっとるらしい。あの大槻のオッサン、園長になってからは保身に走るところもあったと言われとるらしいけども、わしはむしろ、そのおかげでよつ葉園を出られたようなものじゃ。
(児童)指導員も、梶川はマシや。
梶さんは、熱心に仕事しよったで。聞けば今は、老人ホームの園長しとるらしい。
山崎?
あれの言うことは「大本営発表」ばっかりじゃったな。
一見真っ当なことを言うとるようでも、わしらに直接役に立たん話ばっかりで、気休めにしかならなんだ。
もう一人、尾沢っちゅう指導員もおった。こいつだけは、わしゃ心底許せんのじゃ。尾沢がわしを直接担当したのは、わしが高校生の3年と少々の間じゃった。
あいつ、わしやZらに、こんなことよう抜かしよった。
「おまえとZと誰彼で、アパートを借りて共同生活をしてなあ、・・・」
とか何とか。ただでさえ3人も4人も同じ部屋に押し込んで寝泊まりさせられて、クソ面白ぅもねえところに、さらにその「仲間」とやらで共同生活せえとか。
アホかいな。
わしが尾沢を許せんのは、N家のために母や妹と一緒に生活して面倒見ろとか何とか、しきりに抜かしたことじゃ。N家の大黒柱としての自覚を持てとか何とか、何様のつもりかイカサマのつもりか知らんが、オドレの知ったことか、要らん世話よ。
大体、わしの父の苗字のGを母親の再婚相手のNに変えるように仕向けたのは、あの尾沢じゃ。
妹は母と一緒で、仕事もできんなんてもんじゃねえ。それをあの尾沢は、家族じゃからN家を大事にせえ、面倒みいとか何とかホザいてな。
丁度あの頃、あいつ結婚して子ども生まれとった。家庭の良さとやらに味を占めたんか知らんが、それをわしらに押し付けてきよった。
てめえがどうさらそうがカラスの勝手じゃあけど、その思いを状況も何もかも違うわしらにワアワア述べられてものう。
あの頃わしは、定時制の商業高校に行っとった。そこは給食があるにはあったけど、パンと牛乳ぐらいしかなかった。
そんな程度じゃ、夜にもなりゃあ腹も減るわ。よつ葉園に帰って飯を食おうとしても、すでに飯なんか食い尽くされとる。わしより幾分年上の卒園生がちょろちょろ来て、飯食って帰ってな。おい、わしの飯はどうなっとるってことで、いっつも、ひもじい思いをしとったわ。
園長を殴る前の日じゃ、妹が、わしを捕まえて面倒見てくれのヘチマの、ギャアギャア言うてくれたもんじゃけえ、ボコボコにどつきあげて、
二度とわしにまとわりつくな!
ゆうたった。
定時制高校の4年目、わしゃ仕事探してきて、外に住める場所も確保する目途が立ったもんじゃけえ、よつ葉園を出させてもらうことにした。
あそこをいよいよ出る日に至っては、薄ら笑いを浮かべて、おいN、オマエの望むとおり、よつ葉園を出ていけるで、とか何とか抜かしてきた。
尾沢は、追い込まれた時とか自分に解決できん話が来た時には、わしらに薄ら笑いを浮かべて茶化したような話しぶりをしやがったものよ。ホンマあれは気分悪(わり)かったけど、わしがあまりに怒ったもんじゃけえ、あいつ、園長に大目玉も食らったのと違うか。
そう言やあ、Zにこの前会った時に聞いたら、尾沢の奴、よつ葉園を相当前に辞めて別の仕事をしとるらしいな。
ま、あれのことじゃ、どうせクビじゃろ、クビ。
で、わしゃあ、よつ葉園を出て親父の友達じゃった魚屋に勤めよったら、ここの社長に会って、ぽっかり温泉で働いてくれ言われて、ずっと働いとる。
別にわしはコメやZみたいに酒なんか飲まんし外に出歩きもせん。
あいつらもそうじゃけど、タバコも吸わん。
金もそれなりにたまったけえ、400万円でマンションを買って一人で住んどる。
わし一人、ぼちぼち食っていけりゃあええ。
家族? そんなもん、わしには要らん。
弟には別に、用事はねえ。あれも、母親や妹、もう相手しとらんと、コメから聞いた。大宮さんもようご存知の、あの米河ね。よつ葉園の80周年のパーティーとやらで弟に会うて、それで話したってよ。結婚して子どももおるらしい。わしはまあええが、コメの話じゃあ、弟でさえ、自分の母親と姉には、愛想が尽きたんじゃねえか。 父親がNじゃから弟はN姓を名乗っとるけど、そんなのは、わしの知ったことじゃねえ。
よつ葉園におる頃には保母とできとったとか何とか、そういう噂もあったみてぇなけど、まあなあ、誰が嫁さんかとか、いちいち興味ねえし、そんなもん、どうでもええ。
妹はとっくに縁を切っとるし、うちに来たこともねえ。第一住所も教えとらん。
母親?
いつだったか、あいつらがまた、生活保護を受けとるんで、援助できんかとか何とか、市役所から書類が来た。コメに聞いて処置したけど、そんなもんできるかと書いて送り返してやったわ。これ以上要求したら裁判でもなんでもするとか書いてやったらええとコメに言われたから、そうしてやったら、その後市役所から何の連絡もねえ。
それにしてもなあ、ただ血がつながっとるだけで家族じゃクソじゃ、阿呆か。
そんなもんを引合いに出して、ようもわしにあんなクズどもをまぶりつかしてくれたのう、ホンマ。
N?
そんなもん、二度と名乗るか。ありゃわしの「黒歴史」じゃ。最悪の、な。
いずれにせえ、わしゃああの日に、あの施設を出た。
最後に、わし、アンタラともよつ葉園とも金輪際縁を切るからな、と言うといた。 園長も最後は、苗字についてはあんたの好きな方を名乗ればええ、その手続については、責任もって手伝ってやると言うた。
苗字は、よつ葉園を出てすぐ、さっさとテメエで父方のGに戻したわ。
いま、わしがあのよつ葉園関係で会う者いうたら、たまにコメの米河と、Zぐらいじゃな。
それ以外の者には、出てからほとんど会わんし、あんなところ、あれから二度と行ってねえ。
今後行くつもりもねえ。
誰が行くか、そねえなとこ。
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