第22話 心閉ざして 2 昼から飲む酒
わしの人生は、6歳で終わった・・・。
今日のインタビュー、聞いていて、実に気が重くなった。
居酒屋の席に座り、ボイスレコーダーにイアホンを差込んで、今日のインタビューを聞き直そうと思ったが、冒頭のこの言葉を聞いたとたん、そんな気も失せてしまった。
こんな言葉で始まったインタビュー、明るい話題であるはずもない。
酒を飲みながら、聞くこともあるまい。
ボイスレコーダーを止め、イアホンを抜いた。
その代わり、タブレットを出して、イアホンをそちらに接続しなおし、音楽をかけた。今このタブレットに入っているSDカードのデータには、キャンディーズや松田聖子などなど、1970~80年代のアイドルの曲が入っている。
早速かかったのは、キャンディーズの「年下の男の子」。
初恋の少女が、ぼくにリクエストした曲。
音楽を聴きながら、ビールを飲もう。
若い女性店員が注文を取りに来た。
「90分2500円の飲み放題のコースで、最初は、生ビール」
イアホンを片方外して、注文した。
ほどなくして、生ビールと突き出しの枝豆が運ばれてきた。
飲み放題だ。何杯飲んでも大丈夫。
ぼくはそれほど多く飲むクチじゃない。大学のサークルの後輩のマニア君こと米河氏は、もうすぐ50歳になるというのに、飲み放題90分で大ジョッキ4杯以上飲むような大酒飲みだが、ぼくにはそんな飲み方、とてもじゃないができない。
とはいえ、朝はサウナに入ったし、昼はカツカレーをいただいてきたから、空腹というほどでもない。風呂上りということもあって、ビールのうまいことうまいこと。
すきっ腹にビールはうまいものだが、反面、体には悪いという。
しかし今回は、飲む前に食べているので、そんな心配もない。
以前ある週刊誌で読んだ記事によれば、カツカレーを飲む前に食べておけば、胃の粘膜が油で保護されて、悪酔いしないで済むそうだ。その記事を読んで以降、飲みに行く日には、昼にカツカレーやカツ丼を食べることが多い。
昼間飲むビールほど、うまいものはない。
最初の1杯をわずか2分とかからず飲み干し、お代わりを頼んだ。
突き出し以外のつまみも一緒に来たので、少しずつつまみながら、また、飲む。
今度は少しゆっくり目に飲んだが、これもほぼ、あっという間に飲み干した。
こんなペースで飲むことなんてまずない。でも、うまいものはうまい。
懐かしの曲が、ランダムで耳元に届く。
この店の飲み放題は、瓶ビールも頼める。
今度は、瓶ビールを注文。頼んだと同時に、曲が変わった。
岩井小百合という横浜銀蠅のマスコットガールとしてデビューした元アイドル歌手の「恋・あなた・しだい」。軽快に女子中学生の恋を歌った曲。段々気分がよくなってきた。
中学生の頃、1歳年上のかわいい女子中学生に出会ったその瞬間を思い出した。入院患者として同じ病室で過ごした数か月、彼女とぼくは、いろんなことを話した。
ぼくのベッドに彼女が来て、夜通し話し込んだのも、いい思い出。
小学生でO大の鉄研に「スカウト」されたあいつは、「鉄道漬け」の年代だ。
うらやましいか、マニア君(わっはっは)!
栓を開けられたビール入りの瓶とグラスが運ばれてきた。店員は若い女性。大学生の娘の萌美と同じぐらいの年頃だろう。
あの女子中学生からみても、娘ぐらいの年齢だ。
瓶ビールは、633ミリの大瓶。手酌でグラスに注ぎ、ビールを飲む。
生から瓶に変えると、少しはペースを落とせるかなとも思ったが、やっぱり、うまい。料理が、次々と運ばれてくる。それをつまみに、ビールが進む。
タブレットからは、桜田淳子の「はじめての出来事」が聞こえてくる。
ぼくらにも、そんな時期、あったなあ。
あの娘はあのとき、泣くどころか、ぼくの顔を自分の胸元に抱きしめて、しばらく離れなかった。
このタイミングで、岩崎宏美のあの曲がかかってきた。
「聖母(マドンナ)たちのララバイ」
「たまきちゃん、どんなこと言うかなぁ・・・」
うちの嫁姑、実の親子以上に仲がいい。まあ、ぼくと彼女が中学時代に知り合って以降、家族ぐるみの付合いだから、実の娘みたいなものという意識もあるからね。父こそ中立を守ってくれているのは救いだが、こちとら、苦戦の連続だ。
ま、後先なんか考えないで、飲もう、飲もう!
とにかく、ビールはうまい。
コゴトでもオオゴトでも、悪魔でも怪獣でも美熟女でも、何でも来い! 何でも来い!
大の男たる者、女房が怖くて酒が飲めるかっ、てんだ(わっはっは)!
気付いたら、3本目を注文していた。
今日はビールが進む。しかも、うまい。
悪酔いしている感じもない。
タブレットを持ち、トイレに立った。
鏡を見ても、あまり赤くなっていない。
タブレットは、松田聖子の「青い珊瑚礁」。
ちょっと季節がずれてきた気もする。
トイレから戻る頃には、同じく松田聖子の「風は秋色」に変わっていた。
これなら、今の時期、丁度いいかな。
コースの最後に、つけ麺が運ばれてきた。
それほど沢山の量があるわけじゃない。
これを締めのラーメン代わりに軽くいただき、残りのビールを飲み干した。
時計はまだ16時少し前。これだけ飲んでも眠くない。酔っぱらった気もしない。
まだ9月。朝晩には幾分寒さも感じられだしたが、まだまだ、暖かい。
いや、今日は、むしろ暑いぐらいだ。
とにもかくにも、ビールがうまい!
正味2時間で、中ジョッキの生ビール2杯と、瓶ビール大瓶3本を飲み干した。
もう30歳若ければ、このあと、締めのラーメンとか、ついでにスナックで一杯飲みながらカラオケ、なんて気になるところだが、すでに50歳も超えていて、そこまで腹いっぱい食べられない。
とにかく疲れたから、そのまま自宅に戻ることにした。
大学出たての息子の陽一ほどの年齢の、若い男性店員に会計をしてもらう。
キャンディーズのデビュー曲「あなたに夢中」が終ったところ。キリもいい。
タブレットの電源も切って、店を出た。
日差しが、まだまだまぶしい。
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