カワイイ妹、憎むべき同級生
「……おかえ……お兄ちゃん、どうしたの?」
俺が帰宅すると、珍しく俺からエナジードレインをされてへばっていた莉菜が復活していたらしく、出迎えてくれた。
が、俺の表情に何やらおびえている様子。
いかーん!
牧原優花という悪女に対する怒りに我を忘れた状態は、莉菜の前では御法度だ。
俺は莉菜が誇れるくらい優しい兄になると決めたじゃないか。
さっきまで莉菜にしたことは、黒歴史として忘れることが必須前提だけどな。
「なんでもないよ、莉菜。それより、さっきはすまなかったな」
俺は引きつっていたかもしれない笑顔を無理やり作り、靴を脱いで莉菜の頭に手を乗せた。
「う、ううん……あ、あの、ああいうのも悪くないというか、またしてほしいなっていうか、ホストクラブに通うよりよかったなっていうか……」
「莉菜、お兄ちゃんと約束してくれ」
「は、はい!」
「もうホストクラブにうつつはぬかさないって」
「……え?」
「これから俺たちは、幸せな理想の家族になるんだ。誰もがうらやむような。俺は莉菜が自慢できるような兄でありたい。だから莉菜も、みんなを不幸にするような真似は控えてくれ」
ちょっとだけ自分のことを棚に上げて、俺は真面目に莉菜のほうを向いて言い切る。
「……うん、わかった。わたしもお兄ちゃんと幸せになれるよう頑張る。だから、お兄ちゃんはもっともっと、わたしを
莉菜の笑顔にほっとした。この笑顔なら、もうホストクラブにハマるような愚行はしないだろう。
よろこぶ、の文字が違うように思えるのは、俺の深読みしすぎだな。うん、多分そうだ。
「ああ、よろしく頼む。それから──」
──俺は、自分の矜持を取り戻すため、シャア並の逆襲をしなければならん。
莉菜の頭に手を置いたままで、俺は逆恨みにも似た復讐心に燃えていた。
―・―・―・―・―・―・―
「……おい、貴史。やっぱお前体調悪いんだろ。今日も無理しないで、もう帰れよ」
一日だけ休んでからいつも通り出勤した俺に、先輩が心配そうに声をかけてきた。
休ませてもらったのに顔色が悪いのは、きっとどんな復讐を優花にしようかと、寝ずに必死で考えていたせいだと思う。
もうあんな女、呼び捨てでいいわ。
ピコーン。
そのとき、俺の頭上で電球が光った。
「……そうですね。本調子じゃないですし、今日も点滴打ってもらおうと思います」
「そうだな、それがいい。はやく元気になれよ」
復讐心に燃えた汚い俺に気遣いをしてくれる先輩だけは、休日出勤を代わってくれと言われても許そう。
そう心に決め、俺は具合悪そうに片づけをして、会社を早退して病院へ向かうことにした。
―・―・―・―・―・―・―
案の定、病院で診察し直してもらっても、過労というありがちな診断を再度いただく。
さあ点滴タイムだ。今日も日勤なら、優花がいるに違いない。
……と思ったら。違う看護師が来た。婦長さんみたいな年齢だ。
「あの、今日は牧原さんは休みですか?」
思わず口走る。
婦長さん(仮)は、ああ、というような顔をしてしれっと答えてくれた。
「今日は牧原さんは休みよ。お知り合いなの?」
「いえ、全然」
あんな女、知り合いにも劣るわい。
力いっぱい罵倒してやるつもりが肩透かしを食らった。
―・―・―・―・―・―・―
点滴打たれて、少しだけ元気が出た。
今ならDDRも踊れそう。
時刻は午後六時半。
久しぶりにゲーセン寄っていこうかな、なんて、会社を早退した身で考えていると。
「……あ! 小杉くん! わぁ、偶然だね」
病院で会う予定だった牧原優花と、なぜかゲーセン前で鉢合わせる。
DDRよりもパンチングマシーンをやりたくなってきたぞ。今なら最高記録を出せる自信があるわい。
さあ、罵倒だ。
(うるせえよこの腐れ女が! 男を顔で差別しやがって、ヒィヒィ言わせたろか!)
「……どうしたの? 眉間にしわをよせて?」
心の中で叫ぶだけでは残念ながら伝わらなかった。
ああ、どうせチキンだよ。すまんな。
「……」
俺が黙っていると。
「わあ、この前と比べるとかなり顔色がよくなったね! もう体調は大丈夫かな?」
優花は看護師らしいセリフで、心配しているつもりの自分を演出してきやがった。ヘドが出るぜ。
「……ああ」
「そっか! よかった! ねえ、ところで……なんで、連絡してくれなかったの?」
「……は?」
「ずっと待ってたのにさ……」
ちょっとだけ頬を赤らめ、そう言ってくる優花に怒りの水増し臨界点到達。
(おまえが嘘の番号を教えてきたからじゃないかよ!)
残念ながら、俺の罵倒はまたもや優花に伝わらなかったようだ。復讐鬼として軸がぶれている。童貞を失ってもチキンは治らない、またひとつ学んだわ。
「……ま、でも、ここで偶然会えたんだからいいか。ね、小杉くん、今から予定ってある?」
「ああ?」
「あたし、今日は少しだけ、飲みたい気分だなーって。ここで会ったのも何かの縁だし、よければこの前の口約束、これから果たさない?」
「……」
「いいところ、知ってるんだー。ねえ……ダメ?」
なんだろう、甘えるような優花から滲み出るこの違和感。
普通なら据え膳食わらば皿までも、という甘いお誘いにしか聞こえないんだが。
数秒考えて、コア2デュオ並みの俺の脳みそが導き出した結論は──
こいつ、
──という、被害妄想丸出しのネガティブなものであった。
…………
バカ女が。
いつまでもハメられたままでいると思うなよ。チキンなハートはともかくとしてもだ、もう俺は童貞だった高校生のころとは違う。
ハメられる前にハメてやるぜ。
──旅の恥はかき捨て、クソ女の身体はヤリ捨てだ!
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