人生謎だらけ
どうしてこうなった。
優花の本心はいったい何だろう。
俺が優花の上で固まっていると、頬へ手が伸ばされる。小さくて柔らかい、天使のような手。
「……ねえ、だから、お願い……そして、もう一度、優花って呼んで」
可愛くねだるような言い方だ。
おい、おまえもう二十五歳だろ。何かわい子ぶってるんだ。
結婚経験者なんだから、どうせ毎晩旦那とパコってたくせにさ。
「……ゆう、か……」
だが、酔いが回った俺は、なぜかお願いされるがままにクソ女の名前を口にしていた。
やばいやばい、美人局完了してしまう。
「……嬉しい……あの頃の想いが、やっと、やっとかなった……ねえ、抱いて……ください……」
しかーし。
九十点くらいの美女に抱きつかれて、耳元でそんなふうにささやかれたら抗うことなど不可能なのである。男のロマンシング・
―・―・―・―・―・―・―
結局、なし崩し的な行為完了。
もちろん、ノースキンシップなど論外なので、ちゃんと装着した。
それにしても人妻経験者ってすごいな。もうくわえ込んだら離さないんだわ。ブラックホールに吸い込まれたような敗北感があるよ。
さっきまで気を失うかとも思うくらい半狂乱モードの優花だったが、今は呼吸も安定しているようだ。
「……すごかった。こんなの、初めて」
ああそうですか。俺は酔いもあったせいか、優花のすごさに感嘆しつつもなかなか昂らなくて思わず自分勝手に激しくしたけどな。
莉菜の時と比べると、どうにもクるものがなかった。しらふの時ならまた違うのだろうか。
…………
行為の比較相手が莉菜ってのがかなしい。
まあもう莉菜とは二度とそういう関係にはならないんだ。忘れる努力をしよう。
そんな俺の脳内などつゆ知らず、優花はさらに俺に話しかけてくる。
「小杉くんとあたし、相性バッチリ、だね。へへ、嬉しい……」
「……何言ってるんだ。いままでさんざん行為なんかしてきたんだろ?」
おっと、つい反射的に。
「ううん……確かにそうだけど、好きって気持ちが伴ったことはなかったから」
「は?」
意味不明。
いままでしてきた行為内で、相手に好きっていう気持ちがなかった。この言葉が意味するところはなんだろう。
「……旦那とは、好き合って結婚したわけじゃないのか?」
「……うん。あたしが隙あって、妊娠しちゃったから籍を入れただけ」
「はい?」
「でも流れちゃって……そこからおかしくなって、いろいろあって、スピード離婚したんだ」
「……」
『すき』の意味が違う。というか隙あって妊娠するってどんな状況だ、べらぼー。
そして、文面通りにとるならば、俺のことを高校時代からずっと好きだったってことだよな?
「……なんで俺のことを」
そう質問すると、苦笑いした優花が、答えてくれた。
「あのね、修学旅行の時。バス酔いしたあたしを、いやな顔ひとつせずに介抱してくれたじゃない?」
……ああ。
たしかバスの席が隣同士だったけど、優花はバスに弱かったみたいで、酔ってゲロ吐いたんだよな。
いやな顔ひとつどころか、当時の俺は『牧原さんのゲロなんてご褒美です』という認識しかなかったはず。実際、エチケット袋を土産としてクール宅急便で家へ送ったし。
「あの時ね、なんて優しい男の子だろう、って、あたしは心から思って。気づいたらいつも目で追っちゃってて」
「……」
「ずっと目で追ってたら、好きになっちゃって……でも告白もできないまま、卒業しちゃって。忘れようと違う相手と付き合ったけど、やっぱり小杉くん以上に好きになれなかった。小杉くん以上の人なんていなかった。なのに油断して、妊娠しちゃって。結局それで……」
その時の優花は嘘を言ってるようには見えなかった。甘いと笑わば笑え。
でも、全面的に信用することができない理由は、他にある。それを解決するべく、違う質問をしよう。
「……じゃあ、なんで。俺に嘘の電話番号を教えてきたんだよ」
「……えっ?」
「俺に教えてくれた番号にかけたんだ。そしたら『現在使われておりません』になってたよ。からかわれたんだなって思ったわ」
「……あ! あああっ!」
俺の質問を聞いた優花が、豆鉄砲顔になり、やがてやっちまったなぁ顔になる。
「ご、ごめんなさい! 解約した前の番号を、あの時教えちゃった!」
「……なんだと?」
「いろいろ忘れたいことがあって、ずっと使ってた名義のスマホを解約して契約し直したの! その時番号も変わったんだけど、それまでずっと使ってた番号だったから、ついそれを……」
「……」
すいません。思考が追いつきません。
こんな時こそ素数を数え……じゃなくて、冷静にクールにメンソールに。
つまり──
あの時教えてくれた番号は、優花が解約した前の番号で。
長年使っていたから、つい俺に教えるときにそっちの番号を教えてしまって。
べつに意図してからかったわけじゃなかった。ただの凡ミス。
──こういうことか。
…………
え、じゃあ何?
「……美人局は?」
「さっきも小杉くん言ってたけど……ツツモタセって、なに? 筒でも持たせるの?」
「……」
すべてがつながった……気がする。
俺の顔から一瞬で血の気が引いた。酔いも醒めた。
もうこれ。
「す、すいませんでしたああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」
全力で土下座するしかないだろ。
―・―・―・―・―・―・―
「……失礼しちゃうね、ほんとうに」
「ごめんなさいごめんなさいスマホも弁償します名前呼び捨てにしたことも謝罪します今度焼き肉おごりますなんでもします許してください」
「……」
俺は突然スマホを壊したり押し倒したりという蛮行に出た理由を説明し、必死に謝った。焼けた鉄板がないのは幸いだったが、ごめんで済むならけーさつはいらないわけで。
ただ謝るしかできない俺をしばらくジト目で睨んだあと、牧原さんがボソッと言葉を発する。
「……焼き肉おごるってのは、叙々苑で、かな?」
「あああそれは預貯金死滅状態の私にはくるしゅうございます、すたみな太郎かせめて安楽亭でどうかご勘弁を」
「……しょうがないなあ」
眉間にしわを寄せたまま、ため息をついて笑う牧原さん。
少しだけ嫌な予感がした。
「じゃあ、なんでもするって言ったよね。一つだけ、言うことを聞いてもらおうかな」
「……はい。あ、あの、わたくし目にできる範囲内で、できればお願いしたく……」
下手に出る俺の反応を愉しむかのような態度が、その時変わった。
「だいじょうぶ、小杉くんにしかできないことだから。では……あたしの彼氏になってください」
「……へ?」
「身体の相性もばっちりだし、何も問題ないよね。これは命令で、拒否権はないから。よろしくお願いします」
九十点スマイルをみせる牧原さん。おおう、まぶしい。
そのとき一瞬だけ、莉菜の顔が頭をよぎったが。
「……はい、喜んで」
居酒屋風に答えるしかできなかった。
「やった! じゃあ、まずはコドモショップに行こうよ。スマホ、作り直さなきゃね!」
人生初彼女は、勘違いで暴走した挙句、よくわからない展開を迎えてできました。
…………
莉菜のことを、妹として大事にするって決めたんだから、両手を上げて喜ぶくらいの心境になっておかしくないんだけどな。おまけに牧原さん、アイツとは比べるまでもないくらいのスペック持ちだし。
──なんで、引っかかるんだろう。
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