無駄な抵抗、無駄な被害妄想

 ところ変わって。

 俺はクソ女と一緒に、ショットバーへと来ていた。


『けむりのパイポ』って……電子タバコかよ。

 店名はアレだが、BGMに流れるジャズ、うす暗い照明が醸し出す隠れ家的感覚。そしてびっくりするようなカクテルのメニューの多さ。

 これは確かに、お気に入りとしてここぞという時に使いたくなる店だわ。


 …………


 なるほど、美人局ここぞという時に使ってるわけね、優花こいつも。

 そこまでして俺から金を脅し取りたいのか。金の亡者め。そんなことするくらいなら、莉菜みたいにデリヘルで働いてまっとうに稼げや!


 …………


 いやいやいやいや。まっとうかもしれないけど好ましくないよどう考えても。

 莉菜は心を入れ替えて真面目になってくれたはずだ。兄の愛が通じたということは誇っていい。


「……ねえ、何にするの?」


 おおっと。

 俺はまず、甘え声でそう俺に問いかけてくる美人局(予定)女をギャフンと言わせなければならないんだった。

 どうせ酔わせて、このあたりにたくさんある不夜城へと引きずり込む途中で、こわもての半グレを使って脅すつもりなんだろ?


「カルーアミルク」


 カクテルと言っていいのかわからない、コーヒー牛乳みたいな何かを注文する俺。

(※個人の感想です)


「じゃあ、あたしはコスモポリタンで。……そういえば、小杉くんって高校時代からコーヒー牛乳好きだったよね。いつも昼休みに飲んでたし」


「……よく覚えてるな」


「うん。だって……いつも見てたもん」


 目をウルウルさせながら嘘八百並べ立てられるなんて、すごい演技派だな。美人局どころか結婚詐欺もできるんじゃねえか?

 ただのさえない陰キャオタだった俺を、その気になれば男をとっかえひっかえ可能だった女が見てるはずないだろ。


 都合のいい殺し文句もたいがいにしろって。

 そんな気持ちが前面に出れば、口調も乱暴になる。


「よっぽど暇だったんだな」


「うん。時間も忘れて……小杉くんを見てたなあ、って。ひょっとして……気づいてなかった?」


 しかし優花は怯まない。

 俺は動物園の珍獣と同じ存在だったのか。愛はないけど見てると面白い、みたいな。生態記録とか観察日記とかつけてたらさすがに堪忍できないぞ。


「気づかなかったわ。だってゆ……牧原さん、俺が宏昭と一緒の時しか話しかけてこなかったじゃん」


「あ、あれは……噂になったら恥ずかしいし、なんてバカなこと考えてて、二人きりで会話することがなかなか……」


 ギャルゲー伝説の名台詞改編版をいただきました。世界で最初に好きとか嫌いとか言い出した奴、同罪な。


 そして二人きりで会話って。俺とじゃなくて、宏昭とじゃねえの?

 少なくとも宏昭はあの頃からツラだけはよかったからな、髪型がクソダサかっただけで。それも単に髪型に無頓着だっただけだ。


「……だから、ね。今こうして二人きりになって、あの時の気持ちも、思い出しちゃった……」


「あっそ」


 話半分にしか聞けない内容の会話をしていると、二人並んで座ったカウンターに、注文したカクテルが置かれた。


「じゃあ、高校時代のやり直しができるように、乾杯」


「……かんぱい」


 バブル時代によく流れたトレンディドラマみたいな、安っぽいワンシーンだ。

 阿鼻叫喚の前まではいい思いをさせようっていう、せめてもの情けか。



 ―・―・―・―・―・―・―



「……大丈夫?」


 あのあと、やけになってやたらとカルーアミルクを飲みまくった。

 やはりコーヒー牛乳とはわけが違う、カクテルのこのキック力。酪王カフェオレならば二リットルくらい飲んでも、足腰はおろか腹だってなんともないのに。

 歩くことすらおぼつかない。バーの入り口で、情けないことに優花に肩を借りてなんとか立っている有様だ。


 予定が狂った。

 まず俺は酔いもそこそこに、優花をおだてて酔わせて。

 身の安全を図るため少し離れたラブホテルに連れ込んで、前後不覚になった優花を弄んでから独りでトンズラするはずだったのに。


「ううう……」


「ペース早かったもんね、小杉くん。ねえ……このままじゃ帰ることも難しいだろうし、どこかで休んでいかない?」


「……」


 頭痛と吐き気に世界が回る中、優花のその言葉の意味だけは、なぜかはっきりと理解できた。


 ついに来たか。人生初の美人局の瞬間がよ!

 これだけは全力で阻止させてもらおう、俺は莉菜に貢いでしまったせいで預貯金がほとんど尽きたんだ。


「……断る」


「なんで? ダメだよ、このままじゃ小杉くん倒れちゃうよ」


 気遣うふりして罠にはめようとしてくる優花が、心底気持ち悪い。


「……吐きそう」


「え!? ダメ、やっぱり休んでいこ? もう少しだけ我慢して!」



 ―・―・―・―・―・―・―



 結局、優花に押し切られるようにして、ふたりホテルになだれ込んだ。

 お城とかならよかったけど、なんだよこのUFOみたいな外見のラブホは。幕張の観光名所みたいじゃないか。


「……少しは、落ち着いた?」


 トイレにて吐いたばかりで、力なくベッドに腰かけている俺の背中を隣でさすりながら、優花がそう尋ねてくる。

 はたから見ればさすがは白衣の天使ではあるが、もう俺を騙せると思うなよ。


 …………


 でも、ちょっと冷静になれた頭で考えてみよう。

 普通の美人局って、ホテルに入る前に取り囲んで脅すよな? 少なくともマンガで読んだ内容ではそうだったはず。


 …………


 いやいや。

 事後に脅したほうが、大金を脅し取れるか。おまけに画像や動画があったら、逃げることもできない。


 腹いせもかねて、対策しとこう。


「……優花」


「!? は、はい? なに?」


 思わず脳内でずっと繰り返していた呼び方が口から出た。


「スマホ、出せ」


「な、なんだかわからないけど……はい」


 優花が素直に出してきたスマホを光の速さで取り上げた俺は、それを叩きつけて壊した。


「あっ!!! な、なにするの、小杉くん!」


「うるせえ!」


 突然の蛮行に驚く優花の肩を押さえつけ、そのままベッドへと押し倒す。


「……ど、どうしたの?」


「ふん、これで連絡も動画撮影もできないだろう。素人童貞の純情を弄びやがって」


「……え、ええ、なに? なになに?」


「俺はもう高校生のころとは違う、簡単に騙せると思うな。俺をだました罪、その身体であがなえ」


「……」


 優花の顔に戸惑いが浮かぶ。未だに状況を理解してないのか。


「とぼけるのもたいがいにしとけ。俺と連絡とりたくないからって、嘘の番号を教えやがって」


「……え?」


「挙句の果てに、美人局をたくらむなんて、とんだ悪女だよなあ、優花」


「……え? え?」


「だから、後悔させてやるよ」


 俺は優花を怖がらせるためだけにそう吐き捨てた。


 ──なのに。


「……後悔なんてしないよ、小杉くん。あたしだって、小杉くんとこういうこと……したかったんだからね」


 なぜか、優花は抵抗しなかった。

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