ほとんどビョーキ

 なお、優花はあまりの快楽からか、幸せそうな顔をしたまま気を失っている模様。

 おかげで助かった。俺が満足していると気づかれなくて済むから。


 どういう理屈でこうなってしまったのか。わかっている自分が情けないやら恥ずかしいやら。


 ──彼氏がいる女性と行為をするという、倫理から外れた行動。


 結局、背徳感が俺の快楽を増幅してくれる、ということはもはや間違いない。俺と優花のカンケイに足りなかったものは、おそらくはそれだけだったのだ。


 はぁ。

 ため息しか出ない。なんで俺はこんな性癖を持ってしまったんだ。デリヘル初体験のあの日から、世界のゆがみが修復できなくてもがくだけ。


 …………


 いやそんなにもがいてないけど。


 …………


 そういえば。

 デリ嬢時代の優花について、俺はよく知らなかったな。

 意にそぐわぬ結婚をして離婚にこぎつけるまでは少しだけ聞いた気もするが、それだけだ。


 これだけの見た目だし、デリ嬢の中でも、全国トップレベルなのは間違いないはず。知り合いから指名を受けすぎて困った、ふうなことも言ってたよなおまけに。


 …………


 好奇心に勝てず、検索をしてみる。


【キャンパスエイト 高槻市 ゆうゆ デリヘル 評判】


 ポチっとすると、地方デリ情報掲示板に、専用スレが立っていた。スレが立てられた日付からも間違いなさそう。


「マジかー……」


 やっぱり評判は良かったのかな、と思いつつスレを覗くと。

 意外や意外、スレ内の書き込みは不評の嵐。


 曰く、サービスが悪い。

 曰く、嫌そうな顔がムカつく。

 曰く、マグロで面白くない。


 見た目だけはいいから人気は高かっただろうが、不評ばかりでびっくりした。


 …………


 でもさ、こういう掲示板って、自分のお気に入りをわざと悪く書いて、一見さんを遠ざけるってこともよくあることだと思うから、信用できないけどね。


 と、自分を納得させようとしていたら。

 レスがやたらついてる、目立つ書き込みを発見した。



 ―・―・―・―・―・―・―



 ──俺の時、ノリノリでサービスしてくれたんだけど


 ──嘘つくな。おまえはそこまでされるほどイケメンだったのか?


 ──いや、現実では女子という女子に見向きもされない自他ともに認めるブサメン


 ──じゃあなんでだ? 何が気に入られた? 大きさか?


 ──俺の時もサービス満点だったぞ。しかも本番までさせてくれたし。ちな俺もブサの部類でサイズは平均以下


 ──マジかよ。ひょっとしてゆうゆって、B専じゃねえのか?


 ──もしそうだったらホンモノの女神じゃねえか。ブサメン集まれ! ゆうゆを指名だ!



 ―・―・―・―・―・―・―



「……」


 読み終えて、俺はこのやり場のない怒りをどこへぶつけたらいいか悩んだ。


 優花って、優花って……まさかのB専かよ! ブサイク専用女神扱いとかされてやがるじゃねえか!


「……ですよねー」


 だが、怒りが一周回って、納得。

 そっかー、そうだよなー。そうでなきゃゲロ処理しただけで惚れられるわけないもんなー。

 しかも周りにいたのはイケメンばかりだったみたいだし、おそらく告白してきた男もイケてた部類のやつばっかだったろうし。好みと違うんだから、そりゃいくら告られても断るにきまってるよなー。


「あはあ、は、はは……」


 なんでだろう、目から鼻血が出てきたぞ。これは血涙じゃない、鼻血だ。そうに決まっている。


「あ、あれ、あたし、気を失って……た……?」


 やがて優花が現実に帰ってきた。

 俺は優花に背中を向けて鼻血を出していたため、様子には気づかないだろう。それゆえに、起き上がるとすぐ、優花は俺に抱きついてくる。


「……もう、貴史と離れたくない。身体だけでもいい、週十日くらい、したい」


 死ぬわ。なんで俺の周りにはサキュバスしかいないんです?

 そんな不平不満を口に出さず、俺はゆっくり振り向いた。


「わっ! た、貴史……どうしたの、赤い涙なんか流して……」


「……優花」


「は、はい」


「おまえ……B専、だったのか?」


「びーせん? なにそれ?」


「ブサイクしか愛せない特殊性癖だ」


「……誰がブサイク、なの?」


「俺に決まってんだろうがぁぁぁぁ!!!」


 思わず枕を右拳でハンマープライス。血涙増量中。間違えた、鼻血増量中。

 こんなに出したら献血行けねえじゃねえか! 数少ないまっとうな俺の趣味だってのによ!


 ああもう、『なんかやっちゃった?』みたいなきょとん顔の優花がムカつくわ。ヒィヒィ言わせてやりたい……ってこれは罰じゃないご褒美になってしまう。


「あ、あのさ? 何を勘違いしてるか知らないけど、あたしは貴史が世界で一番のイケメンだと思ってるよ?」


「嘘つけ!」


「ほんとだってば! 現に、貴史のこと本気で好きになってから、もうそこら辺のチャラ男なんてバナナかソーセージかコケシにしか見えなくなっちゃって……」


 おい、たとえ。


「俺よりかっこいい男なんてどこにでもいるだろ」


「ちがう! そりゃ、ちょっといいな、と思う男はいたけど、貴史と比べたら何もかも……」


「……」


 刺し殺されそうになった仲だ、今更嘘をつく理由もないか。

 というか弁明する優花の様子は、どう見ても嘘でだまくらかす態度ではない。必死に真実を説明してるようにしか見えないんだよ。困っちゃうナ。


「だ、だから……貴史は特別。セフレでもいいから、これからもずっと……」


「……は?」


「……ね。他人の彼女を抱くの、興奮したでしょ? 背徳感も罪悪感も最高だったでしょ?」


「……」


 クッソ、やっぱりそうか。そうなのか。俺は罠にはまってハメただけにすぎない。

 優花に馬鹿正直に言い訳したのが間違いだったわ。すべて計算ずくってか。


 つーかな、もたねえよ。俺の製造工場をフル稼働させても。透明な何かが出てくるだけだわ。そそり立つ自信あるのが悲しいのは、墓場まで持っていくとしてもだ。


「宏昭と修羅場迎えても知らないぞ」


「なんで? 大丈夫だよ、責任は久保君に責任取ってもらうから」


「何の責任だ! それよりも宏昭ともやった後に俺はやりたくねえよ!」


「あははー、大丈夫。久保君にはやらせないから」


「はぁ? 自分の彼氏にやらせないって?」


 どゆこと? 

 彼氏っていうことは、そういうこと当たり前にするわけじゃん?

 少なくとも俺と優花の時は……って、付き合う前にやってたような気も……あれ?


「当然じゃん。だって久保君、あたしの勤務する病院に、性病で診察しに来たんだよ?」


「……え゛?」


「いっぱいお金を落としてくれる客がいるらしくて、枕営業してたみたいだけど、感染うつされちゃったって」


「……な゛?」


「だからー、そんな彼氏とやったら、あたしも感染しちゃうじゃない? だから、完全プラトニックな彼氏なの、久保君は」


「……り゛か゛す゛き゛?!?」


 のんきな思考してたら、とてつもない爆弾落とされたわ。

 そういや宏昭のやつ、いい客がついたとか言ってたっけなあ! どうでもいいことだから忘れてたけど!

 おまけに優花の勤務する病院、確かに泌尿器科もあったなあ! 俺には無縁だったけど! 完治してんのか宏昭の性病は!?


「そういうわけだから……貴史は、あたしを満足させること」


「……ダラダラダラ」


「もし満足させてくれなかったら……尿道カテーテルより痛い、尿道千枚通し、しちゃうぞ?」


 あ、これダメなやつ。優花の目からハイライトが……しかも提案してきた拷問は、おそらく男ならだれもが身の毛もよだつほどの究極のソレである。

 やっぱ離れとけばよかった。いやでも確かにいいんだけど、イイんだけど!


「そのかわり、満足させてくれるのならば、大人の生で、満たされるまで……」


 大人の生ってなんだ。ああ、灘の生一本か。うまいよなあ日本酒、確かにお酒は二十歳になってからだ。

 いや待てそうじゃない。優花よ、俺がもし大人の生をしたら、優花も性病に……


 性病に……


 そうだよ!!!!!

 莉菜のやつ、その宏昭とやっちゃってるじゃん! 完治した保証ないのに!

 そして俺は、その莉菜とやっちゃってるじゃん! 0.01ミリの壁越しだったけど! いやでも口とかいろいろ不安材料はあるし!


「優花!」


「なに?」


「俺と一緒に、性病検査しよう!」


「え、なんの? あたし、性病検査はHIVも含めてすべて陰性だったよ?」


「いつの話だ!?」


「調べてからは貴史としかしてないんだけど」


「それでもだ! 今から病院に行くぞ!」


「ええ、なに? なになになに?」


 余裕綽綽よゆうしゃくしゃくで身の潔白を証明しようとしていた優花だったが。

 俺の剣幕に何やらただならぬものを感じ取ったらしく、そこで目にハイライトを戻す。


「お、落ち着いてよ貴史。だいたいこんな時間、診察してもらえないよ?」


「時間外がある!」


「むちゃだってー!」


「診察してもらえないなら、せめて──」


 ──宏昭を、ぶっ飛ばす! そのくらいの権利はあるはずだ!


 宏昭から莉菜へ。

 莉菜から俺へ。

 俺から優花へ。

 性の乱れは命の乱れ。モラルの軽視は命の軽視。

 俺は生き延びねばならんのだ! 道半ばで倒れてたまるか!


「ねえって貴史! まだ休憩時間三十分くらいあるよー? 急げばもう一発くらいは……」


「命の危険にさらされてまで快楽に溺れたりはしない!」


「冗談だから! 尿道千枚通しは冗談だからー! もういっぱつぅぅぅ……」


 俺のケツ委けついなど知る由もなく、もう一発やらないと離さない、と言わんばかりに、俺を必死で抱きしめてくる優花が全身から放つ、雌の匂い。


「……ワカタ」


 先ほどの快楽を思い出した俺は、その匂いにあっさり負けた。弱い。


「……ね? 今度は、直接でもいーよ?」


「それはやめたほうがいい……」


「へ? なんで? あたしは貴史の子だったら産むのに」


 怖いこと言うな。

 快楽に負けるのはともかく、人生まで墓場に突っ込む気はさらさらない。


 背徳感を知ってしまった俺が、それに抗えないのならば。

 せめて、避妊はしっかりしよう。

 そしてこの一発が終わったら莉菜も連れて一緒に検査しに行こう。

 

 ああ神様。

 せめてその先に待っているのが、地獄ではありませんように。



―――――――― とりあえず第二部完 ―――――――

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罪じゃないけど罪深い 冷涼富貴 @reiryoufuuki

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