ビッチはもれなくデリってる

 コンコンコン。


「……莉菜?」


 俺は休日出勤から帰ってきて、真っ先に莉菜の部屋へと向かい、部屋主に呼びかける。


 やっぱり反応はない。

 まあいい、用件だけは伝えなければ。


「……俺、明日から出張で二日ほどいなくなるから。ちゃんと仕事するんだぞ」


 とりあえず、明日からの予定を告げておくと、やや遅れて開かずの扉がオープン。


 ガチャ。


「……」


 ドアの向こうには、目を腫らして赤く充血させた莉菜が立っていた。

 我が妹ながらひどい顔だが、それでもかわいいと思えるのはやはり兄の欲目か。


「……出張……? どこに?」


「ああ、何やらハプニングがあって、仕方なく大阪まで」


 俺が行先を告げると、莉菜の充血した目がキッと俺のほうを向いてくる。


「……また、呼ぶんだ」


「ん?」


「また、デリヘル呼ぶんでしょ。仙台のときみたいに」


「ば! ばっ、ば、そんなわけ」


 ストレートに言われて狼狽する俺、カコワルイ。

 そして莉菜は止まらず。


「浮気するんだ……妹がいるくせに、また新しい妹作っちゃうんだ……」


「怖いこと言うなよ。妹は莉菜だけで十分満足だ」


 新しい妹が欲しいならオヤジおふくろの担当だぞ。いやさ、再婚してからのラブラブっぷりを見ると、本当に新しい妹を作っちゃいそうで怖いけどさ。


 不安顔を修正しない莉菜にどうすればいいのかわからないまま、ごまかすように頭を撫でて。


「俺が妹として優しくしたいのは、莉菜だけだ」


 満を持してキメ台詞。説得力があるかどうかはわからん。


「……彼女いるくせに、都合のいいこといわないで」


「うっ」


「妹なんかより、彼女のほうが大切なんでしょ?」


「……」


 うん、説得力はやっぱり皆無でした。

 ま、そりゃそうよね。この前までいもうと童貞で、しかも一人っ子状態だった俺が、いきなり妹ジゴロになどなれるわけもない。


「……そんなこと、ない。莉菜も同じくらい大事だ。たった一人の妹なんだから」


 苦し紛れの言い訳。

 だが莉菜は容赦なく揚げ足をとってくる。


「……じゃあ、彼女と同じように、扱って」


「は?」


「彼女と同じようにいろいろして気持ちよくなって、って言ってるの」


「ば、バカ! んなこと……」


 できるわけないだろ。いや、今までずっとしてたけど。

 やっぱり倫理というかだね、兄妹の道を外れるようなことはしちゃいけないんだよ。罪深すぎるわ。


 などと俺が言うより早く。

 莉菜は不機嫌そうに扉を閉めて、また引きこもってしまった。


「……そんな優しさ、お兄ちゃんに求めちゃいないよ……」


 扉の向こうで莉菜が漏らした言葉が、なぜかはっきり耳に届く。難聴系主人公には程遠いつらみ。


 その最後の言葉は、俺の罪深さを責めているように思えて、仕方なかった。



 ―・―・―・―・―・―・―



 莉菜のことは気になるが、仕事もサボれない。そして出張へ。

 本来の目的は何の問題もなく終わったが、俺の中では何も片付いちゃいないというのが悲しいやら落ち着かないやら。


 一仕事終えて、まだ四時半。これから何かしようとすればできる時間だ。

 案の定、またもやデリヘルを呼ぼうとそわそわしている先輩に『用事がある』とだけ伝え、俺は優花が以前住んでいた周辺をうろつくことにした。


 顧客が高槻市に住んでくれていた偶然に感謝。そして残念そうな先輩、ごめんなさい。

 

 まあ、それはともかく。


 当然のことながら知り合いなどいないので、俺はもっともらしい身分詐称をし、聞き込みをして回った。

 住所は割れてる。結婚相手の苗字も『永野』ということがわかっているので、怪しまれたりもしたが、割と容易に聞けたところもある。

 噂話が好きな近隣住民が多くて助かった。


 以下、聞き込み情報。

 ちなみに全国向けにするため、標準語に翻訳していることを了承してくれ。


『ああ、永野さんちの嫁さん……旦那さんが、すごいイケメンだったのに浮気したみたいで……なんで浮気なんてしたのかねえ……』


『ああ、優花さん、だっけ。浮気現場取り押さえられて、なんの弁解もできなかった、って噂で流れてたかな』


『若くてきれいな嫁さんだったけど、夫婦仲は新婚にもかかわらずうまく行ってなかったと聞いたよ』


『永野さん、奥さんの浮気騒動でいろいろおかしくなって、引っ越していったよ。半年くらい前の話だね』


『嫁さん、離婚の際に慰謝料請求されたらしいけど、風俗で稼いで払ったらしい、と噂が立ってるね』


『いやー、デリヘル頼んだら、永野さんとこの元嫁さんが来てさ。あんときは興奮したね』


 おい最後二つの情報なんだ。


「デリヘルって……どんなとこですか?」


『ん、ああ、キャンパスエイト、ってとこだよ。名前はゆうゆ、って名乗ってた』


 普通近場でデリするか? 働くにしてもちょっと離れたとこでやるだろ。バカじゃん優花。


 聞き込みをしながら得た情報が増えていくと同時に、呆れたというか、優花に半分愛想をつかしてる自分に気づく。

 が、たとえアフラトキシンだろうがテトロドトキシンだろうが、毒を食らわば皿まで。消費税を10%とられようが、高槻市で最後までイートインしていくしかないだろう。


 俺は一旦ホテルへと戻り。


「先輩! 気が変わりました。出張の恥はかき捨て、デリにお付き合いします!」


 前言を撤回した。

 その時の先輩の顔の変わりようが、また何とも複雑で。そんなに遊びたかったんですか?


 まあいいや。

 それより、優花のことを知ってるデリ嬢を探す方が大変だな。どうすればいいだろうか。確か優花は去年からあそこの病院で働いてるというから、最低でも一年くらいデリってる人間探すしかないか。

 経営者に直接聞ければ一番なんだけど……


 俺はそこだけ、少し悩んだ。

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