六年たてば何かが変わる

 さて、一夜明けて次の日の早朝。


 朝一番の新幹線で帰る予定だった俺は、隣の先輩と同時にあくびをしながら、駅に向かって歩いていた。空気が少し冷たい。


「まず、仙台駅まで出てから、ですね」


「電車で一時間か……本数少ないから、乗り逃がしたら地獄だな」


「しょうがないですね、都会とは違いますから」


「ああ。そう言えば貴史、おまえ確か仙台出身だったよな?」


「あ、はい。中学までは住んでいました。オヤジがまったく家事のできない人間だったから、転勤に合わせて引っ越しを」


「……おまえ、母さんいないの?」


「俺が三歳のとき、離婚しまして。俺はオヤジに引き取られたんです」


「そうか。変なこと尋ねてすまない」


 昨日、俺を強引にデリヘルへと引き込んだ先輩と同一人物とは思えない態度に、思わず吹き出しそうになってしまった。ようやく先輩にも賢者タイムがやってきたか。


「別に気にしてませんよ。あまりにも小さかったせいで記憶に残ってないですし。それに」


「……それに? どうかしたのか?」


「くわしくは聞かされてないんですが、俺が社会に出てから寂しくなったのか、オヤジが前に別れたおふくろと一緒に暮らすことになりまして」


「へえ。元サヤか」


「言葉の意味が……でもまあそんな感じです。それで、出張明けの土日に、おふくろと会うことになったんですよ」


 詳しく聞かされてないからこれ以上は俺もわからない。なので、東京に戻ってからも俺は忙しい。


 だが。今の俺には、どんな試練でも乗り越えられそうな気がする。童貞を失って得た自信はそれだけ大きい。

 それに、おふくろに久しぶりに会えるというのもかなり楽しみだった。記憶の片隅にしか残っていないが、今まで会えなかった実の親に会えるというのはやはり特別なものだ。


「お、やっと仙台駅だな」


 普通列車が仙台に到着し、先輩と並んで降りる。そのままホームから階段を上がり、新幹線の乗り換えをしようと歩いていると、向かい側から歩いてきたスーツ姿の男性と肩がぶつかった。


「あ、失礼」


「いえ、こちらこそ。…………ん?」


 ぶつかった拍子にに謝られ、反射的に視線を声のしたほうへ向けると……やたらとキザったい薄緑のスーツをビシッとキメた、茶髪の男性がそこにいた。

 どこかで見たような……などと考えていると、相手もそう思ったのか、じろじろとこちらをなめ回すように見まわしてから、おもむろに話しかけてきた。


「……まさか、貴史? 小杉貴史か?」


 この声、間違いない。


「……やっぱり、宏昭ひろあきなのか?」


 久保宏昭くぼひろあき、高校の時の同級生だ。高校時代は、話が合うこいつとよく遊んでいたっけ。卒業して俺が大学に進学してからは疎遠になったが。


 宏昭は、俺だと確認すると、豪快に背中を二、三度叩いて喜んだ。


「おお、まさかこんなところで貴史に会うとはな! 六年ぶりか?」


「高校卒業以来だからそうだな。元気そうで何よりだ。しかし、変わったな宏昭」


 六年ぶりに会った宏昭はかなりチャラくなっていた。高校時代はさえないヲタク仲間だったというのに。ああ、香水くせえわ。


「まあな、貴史は変わらないな」


「うるせえほっとけ。これから仕事か?」


「いや、仕事帰りだ。勤めている会社系列の新店が仙台にオープンして、一年ほど手助けしていてな。無事手助け期間が終了して、送別会帰りなんだ」


「朝までコースかよ……それだけ送別会を盛大にやってもらえて羨ましい限り」


「はは、そうでもないぞ。妬み嫉みなどはどこにでもあるから。貴史はどうしたんだ?」


「俺は出張だよ。今から東京に帰るところだ」


「そうか! 俺も来月には東京に戻るから、戻ったらまた会おうぜ。じゃ、時間がないからまたな」


「ああ、連絡先は変わらないから、待ってる。またな」


 あわただしい再会の挨拶をし終えて、宏昭は駆け足で反対側の先にあるホームに消えていった。隣で成り行きを見守っていた先輩が、それを確認してから口を開く。


「貴史の知り合いか? かなりチャラそうに見えたけど」


「俺も変わりようにびっくりしました。高校時代は、そんな派手なヤツじゃなかったんですけどねぇ」


「そうなのか。まあ、ホストでもやってたりしてな。ははは」


 先輩が乾いた笑いとともにそう言うのを聞いて、俺は昨日のしおりちゃんの言葉を思い出した。


『ホストにハマっちゃって借金が』


 うーん、俺たち男がデリヘルにハマるような感覚で、しおりちゃんたち女性もホストクラブにハマるのだろうか。昨日の気持ちよさを思い出すとソレも納得ではある。


 あ、いかん、顔がまたゆるんできた。


「貴史、なんだその気持ち悪い顔……まあいい。さ、俺たちも新幹線に乗ろうぜ」


「あ、はい」


 先輩に見られていた。いかんな、気を引き締めなければ。


 両頬を二回平手で叩いて気合いを入れ直した俺は、先輩の三歩後ろを駆け足でついて行き、数分後に新幹線ホームのエスカレーターまでたどり着いた。


 エスカレーターに乗りながら、くだらないことを考える。


 ――――しおりちゃんに、また会えるだろうか――――

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