人にはそれぞれ事情がある
エナジードレインされたら白衣の天使に会えました
とある出勤日。
俺は、会社内の休憩室内にあるベッドの上で目が覚めた。なんでだ、記憶が飛んでいる。
「貴史! 大丈夫か!?」
最初に目に入ってきたのは先輩の心配そうな顔。
「……俺、どうかしたんですか?」
「いきなり倒れたんだよ。何の前触れもなくバタッと倒れたから心配したぞ。救急車呼んだから安静にしてろ」
起き上がろうとする俺を先輩が制してくる。
「おまえ、最近顔色がよくなかったし、根を詰めすぎてたんじゃないのか? 仕事が大変だったのか?」
本気で心配してくれる先輩に申し訳なさしかないわ。ごめんなさい、土下座したいくらいです。
なんせここんところ、莉菜の借金返済代替行為に毎晩毎晩つきあわされてるし。
おまけに、それに伴う背徳感というか罪悪感というか後ろめたさを消すこともできず。
倫理と性欲の間に板挟みになった挙句に体調崩してたら世話ないよなあ。
つーかこれ腎虚ってやつ?
「……いえ、大丈夫です。迷惑かけてすみませんでした」
「大丈夫じゃねえっつの! 目の下のクマはひどいわ、皮膚はカサカサだわ、精気がまるでないぞ!」
妹という名のサキュバスに吸われてるんだからそれも当然だ。
が、サイレンの音が聞こえる。これは抵抗しても無駄かもしれない。
しょうがないので、俺は救急車に乗った。
―・―・―・―・―・―・―
運ばれた病院の担当医師からは、過労というとってもありがちな診断結果をいただいた。
うちの会社、決してブラックではないんだけどね。確かに年末年始休暇もお盆休みもないし、年間休日は九十六日だし、有給申請はことごとく却下されるけど。
ひょっとして俺が倒れて喜んでいるのは、『これを機に労働環境が改善されるかもしれない!』と考えた、社畜と化してる他の社員たちかもな。
で、点滴を受けて帰ることとなったわけだが。
「では点滴を……え、え……ひょっとして、小杉、くん……?」
点滴をぶち込もうとした看護師が、俺の名前を呼んでくる。思わずその声の方向を見ると。
「……あっ! 牧原、さん!?」
なんとそこには。
高校時代の同級生で、俺や宏昭みたいな陰キャヲタクにも分け隔てなく優しかった、
「やっぱり! 久しぶりだね! 高校卒業以来だから、六年ぶりくらいかな……?」
高校時代に、憧れとも恋慕ともつかぬ劣情を抱いた笑顔を、久しぶりに見た。
この笑顔だけで俺は元気になれそうな気がする。いや元気になった、ノット下半身。
「久しぶり。牧原さん、ここの病院で看護師やってたんだ……」
「うん! そうだよ、去年から勤務してるの」
「偶然だね。あれ、でも確か大阪に……」
「……あはは。残念ながら、出戻りしました……」
噂には聞いていた。牧原さんは、確か大学卒業と同時に結婚して、旦那の実家がある大阪に引っ越したと。
ということは、だ。
「……ひょっとして、離婚、したの?」
「あ、あははー……はい、お恥ずかしながら、バツイチです」
「そっか……」
牧原さんみたいな優しくてかわいい女性でも、結婚生活がうまくいかないんだな。
俺みたいに何のとりえもない男なんか絶望的じゃん。
……だからと言って、一生妹と爛れた関係なんて御免だけどよ!
「ならさ、今度ヒマな時にでも、飲まない? 積もる話もあるし」
おっと。
一生妹に抜かれる生活を想像して背筋が寒くなってしまったせいか、ナンパな声掛けをしてしまった。
ま、童貞じゃなくなったおかげで、女性に対する恐怖心というか苦手意識はなくなったのかも。一緒に人として、そして兄として大事なものを失くしたとも思うが、それは棚に上げておこう。それがいい。
「……そうだね! じゃあ、ここでなんだけど、あたしの連絡先教えるね!」
牧原さんは気分を悪くしてないどころか、むしろ嬉しそうだった。
そしてメモ紙にこそっと電話番号を書いて、渡してくれた。
自分で自分にびっくりだ。
まさか、少し勇気を出すだけで、高校時代のあこがれの人の連絡先を手に入れられるなんて。
高校生の頃なんか、絶対にできなかったな。
やっぱ、童貞を失うと、人間成長するものなんだね。
「……ふふふ、ふ、ふふ、ふふふふふ……」
点滴を打たれている間、俺は気持ち悪い笑いを浮かべていたっぽい。
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