堕天使に騙されました、たぶん

「ただいまー……」


 点滴が終わってから、いちおう会社に顔を出し、その後徒歩で帰宅した俺。

 念のため明日は休んでいいと課長に言われた。ブラック企業のくせに……じゃなかった、さすがホワイト企業なうちの会社だ。


「あ、お兄ちゃんお帰り。あれ……なんか具合悪そう?」


「誰のせいだと思ってんだよ」


 家の中には莉菜しかいなかった。

 ちなみに俺は、おそらくここ数日同じ顔色をしていたはず。気づけよ淫魔。

 ああそーか、俺の顔じゃなく俺の息子のことしか見てなかったのか。本体も少しくらい気遣えよ一応家族だろ。


「えー? ひょっとしてわたしの身体が忘れられずに、夜な夜な悶々として寝れない日々が」


「脳梅毒に罹患してんのか? あれだけ抜かれてそんなに欲望残ってるわけないだろ」


「わたしはもっといけるけど?」


「借金帳消しのための行為のはずなのに、おまえのご褒美みたいになってるじゃないかよ!」


 俺が激昂しかけると、なだめる代わりに莉菜が抱きついてくる。


「えー、そんなこと言わないでよ。今日は何か用事があるみたいで、パパもママもいないから……ね?」


 これ以上俺から搾り取る気かこいつは。

 俺は瞬時に莉菜を引っぺがして吐き捨てた。


「俺は今日はしたくない。というか休ませろ。また倒れたくないわ」


「そんなー。せっかくふたりきりなんだし、兄妹ゴムいらずで」


「いつゴムいらずなことをした! 怖いこと言うなよ!」


 ぺちんと叩かれた頭を大げさに痛がる莉菜サキュバスを放置して、俺は自分の部屋へと立てこもり開始。

 悪いが今は莉菜どころではない。俺には『天使と飲みに行く話をする』という使命があるんだ。


 ドンドンドン。


「おーい、お兄ちゃん? 一緒に日本へ帰ろう?」


「ビルマの竪琴じゃねえよ」


 固く閉められた扉を必死で叩く莉菜がウザいので、なるべく扉から離れてスマホを手にする。


 時間はそろそろ六時になろうというころ。牧原さんは今日は五時であがりとのことだったので、何事もなければそろそろ帰宅しているはずだが。

 五回コールして出なかったらまたの機会にしようか。


 そうして教えられた電話番号を入力する俺なのだが。

 なぜだ、手が震える。


 ……いやそりゃそうだよね。童貞を失ったとしても、牧原さんという魅力的な女性に電話するなんて初めてだもん。

 メモに書いてある番号をようやく入力し終えて、間違いがないか何度も何度も見比べる。


 オールオッケー。よし、タップ。


『……こちらは、NTRエヌティーアールコドモです。おかけになった番号は、現在使われておりません』


「なんでだYO!!!!!!!」


 思わず自動音声にツッコんでしまった。

 なにこれ、自分の番号を間違えた、ってこと? あの牧原さんが?


 …………


 いやいやいや、そうじゃない。なんか話がうますぎると思った。

 つまり、牧原さんは俺と飲みに行くつもりなどさらさらないから、嘘の番号を教えてきた。


 そう考えた方が合点がいくじゃないか!


 …………


 ば、か、や、ろおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!

 素人童貞の男の純情を裏切りやがって、牧原のビッチがぁぁぁぁぁぁ!


 バンッ! 


「ひっ」


 激情に支配された俺はいてもたってもいられず、衝動のままに自室のドアを開ける。

 まだ部屋前にいた莉菜が、突然開いたドアにびっくりしておびえた表情を見せてきたが。


「莉菜!!!」


「は、はい!」


 なぜか、俺に名前を呼ばれて背筋を伸ばした。


「気が変わった。今日はどちらかが倒れるまで、とことん行くぞ!」


「……えっ」


 イエスもノーも言わせない俺の強引な態度に戸惑いつつ。

 なされるがままに部屋の中へと引きずり込まれた莉菜。抵抗はない。

 ま、もし抵抗されてもおかまいなしだ、きょうだけは。


「……ああ、強引なお兄ちゃん。でも、これはこれで……」


 そうして俺は、莉菜を脳内で牧原さんに置き換え、さんざんいじめ抜いてやった。


 …………


 ええ、もちろん我に返ったあとで、激しく後悔しましたとも。

 攻めて攻めて責めて。

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