諸悪の根源

『…………では次のニュースです。本日、実の妹と知りながら姦通を繰り返していた、近親相姦防止法違反で、都内荒川区に住む会社員、小杉貴史容疑者(25)が逮捕されました。小杉容疑者は、『まさか妹とは思わなかった』などと意味不明な供述をしており…………』



「……はっっっ!」


 休日だというのに、寝汗がびっしょりなまま、俺は目覚めた。ここ数日、見るのはこんな夢ばかりだ。寝汗防止に飲んでいる補中益気湯ほちゅうえっきとうも、まったく効果がない。


 あの後、莉菜に三発抜かれた。もう我を忘れた、お互いに。背徳感がスパイスになったのだろうか、初めての時より数倍快感が増幅していた、間違いない。


 俺は、兄としてあるまじき変態なんだろうか。自己嫌悪も甚だしい。おかげで家にいても気まずい。


 そんなふうに悩んでいる朝のうちから、ひとつの着信があった。仕事以外でかかってくるとは珍しいと思いつつ、着信を受ける。


『おはよう、貴史。今平気か?』


「……おう、宏昭か」


『今日、仙台から東京に戻ってきたんだよ。良かったらどこかで会わないか?』


「……ああ、予定は特にないし、かまわない」


『おっし。なら、新宿で待ち合わせしようか』


「……わかった。じゃ、西口あたりで」


 宏昭が仙台から戻ってきた報告をよこしてきた。律儀にも、口約束を守ってきたようだ。この前はあまり話もできなかったこともあり、おちあう約束をとりつけて。


 どうせ家にはいづらい。俺は着替えてから、ステルス戦闘機並の身のこなしで自宅を出て駅へ向かった。



―・―・―・―・―・―・―



 宏昭と待ち合わせ、一緒に喫煙のできる喫茶店へ入る。行きつけの店らしく、宏昭は迷う素振りも見せずに一番奥の席に向かって、座るなり煙草に火をつけた。いちいち仕草がキザったらしい。


「いやー、久しぶりの新宿に、久しぶりに会った我が友。今日はいい日だな」


 宏昭がやたら上機嫌でちょっと引く。まあ確かに久しぶりにこうやって会うのだが、色の抜けた髪にチャラいグレーのスーツ。チャラチャラしている金のネックレス。高校時代のヲタ仲間はもうどこにもいない。


「……宏昭は変わったな」


「ん? ああ、仕事上しかたなくな」


 紫煙をくゆらせる宏昭の態度が、煙草のにおい以上に鼻につく。だが、何の仕事か疑問に思う部分もあるので、不快感を抑えて俺は訊いてみた。


「なんの仕事してるんだ?」


「ああ、『フラフラミンゴ』って店でキャストとして働いてる。俗に言うホストってヤツだな」


「…………」


 先輩、当たりです。いや俺もそうかもと思っていたけど。信じたくはなかったけど。


「いろいろ大変だったんだけどな、ちょっとキャスト同士でモメて、仙台に新しくオープンした系列店に一年ほど行ってたんだ。モメたキャストが飛んだから、無事新宿に戻ってこれたってわけ」


「……確かに大変そうだな」


「まあな。プライドは捨てなきゃならんし、金のためと割り切らないとやってられない部分もあるけどな」


 宏昭はため息で煙草の煙を吐き出し、それが俺の顔を直撃する。俺のしかめっ面は、煙に邪魔されて宏昭には見えていないだろう。


「……なんで、そんなに金がほしいんだ?」


 俺が問いかけると、待ってましたとばかりに宏昭は身を乗り出してきた。


「決まってるだろ! 『ラブアイドル』のソシャゲのためだよ!」


「……はあ?」


「毎週毎週限定ガシャがあるんだぞ!? 出るまで回さないとならないなら、稼ぐしかないだろう!?」


「…………おい」


 ホストで稼いだ金をソシャゲで散財か。ある意味こいつは変わっていなかった。残念ヲタクのままだ。目の色が死んだ魚からシャチのそれになってるしな。


「……そんなに儲かるんだな、ホストって」


「ああ、仙台に移ったときも不安だったが、ちょっと田舎くさい前髪の長い女が、俺を気に入ってくれたみたいでな」


「…………ん?」


「それからあれよあれよで成績も上がって、おかげで仙台でもナンバーツーになれたぜ」


「…………んん?」


 仙台……前髪の長い……田舎くさい……うっ、頭が……まさか……


「……なあ、その女の名前……なんだ?」


「ん? 確か、『リナ』とか言ってたかな。東京へ戻ると言ったらついて行くなんて言われたけど本気かはわかんねえな……なんでそんなこと訊くんだ?」


「……………………」


 ……おお、巡り合わせの奇跡再び。まさか、まさかの……莉菜の人生狂わせたホストが……


「……お、ま、え、かああああぁぁぁぁ!!」


 俺は叫びながら立ち上がって、目の前の宏昭の肩を思い切り蹴飛ばした。



―・―・―・―・―・―・―



 あの後、宏昭と店内で乱闘になり、二人して喫茶店から出入り禁止を食らった。ヤツが『顔はやめろ、ボディーにしてくれボディーに』とかいうから遠慮がちに殴ったが、どうせなら顔をメタメタにしてやればよかった。


 ボロボロな姿のまま帰宅する俺だが。

 着いたら、自宅からは両親がいなくなっており、代わりに莉菜がやたらとリビングで浮かれている。


 浮かれっぷりのあまりのキモさに、理由を莉菜に問い合わせてみることにした。


「おまえ、なに浮かれてんの」


「あ、お兄ちゃん! きいてきいて、仙台でお世話になったホストの人から連絡がきて、東京勤務になったんだって!」


「…………おい」


 間違いない、宏昭のことだ。俺の顔面から血の気が引いた。


「だからね、またホストクラブ代を稼ぐために、こっちでもデリのバイトしようと思うの」


「バカやろう! 許さん!」


 俺が力いっぱい怒鳴ると、莉菜はビクッとしてから、おそるおそる俺の顔をのぞき込んでくる。


「……だって、割のいい仕事じゃないと、とてもとても……」


「まだ懲りてないのかおまえは!」


「……だって、ホストクラブは生き甲斐だし……」


「まともな金のかからない生き甲斐見つける努力しろ!」


「……だって、わたしはこんな見た目だし……」


「もう『だって』は言わなくていい! だいいちな……」


「……なに?」


「大事な妹が、デリヘルでわけのわからない男とヘンな行為するのを、黙って見ていられると思うのか!」


「………………」


 勢い余って余計な本音まで出てしまった。莉菜の顔も赤くなり、前髪の奥にある瞳が潤んでいる……気がする。いや瞳が見れないんだけどね。


 ちょっとした気恥ずかしさもあり、莉菜から目をそらしてうつむいたまま黙っていると、莉菜は優しく俺にお願いをしてきた。


「じゃあさ……わたしがデリで働いたら、他の人に指名されるヒマもないくらい、お兄ちゃんがわたしを……指名して?」


「! ばっ、ば」


「ね? それなら……わたしはお兄ちゃん、専用だよ? お兄ちゃんなら、大人のナマもしてあげる……」


 大人の生ってなんだ、ああ生ビールのことか、そうだよな。お酒は二十歳になってから、うん、子供には許されない。


 そんなしょうもない思考にドギマギしながらも、かわいくおねだりしてくる莉菜に、俺は九十点を与えたくなる衝動に駆られた。いかん、兄なのに、これ以上倫理に背いたことを重ねてはいけないのに。


 ――――なのに。


「……ね?」


 そんな風に言われながら、獲物を狙う目で睨まれたら、俺はもうだめだ。


 たとえ、俺から搾取した金が、宏昭のガシャ代に消えるとわかっていても。

 あらがえない、この爛れた関係から。


 神様、もう信じないなんて言ってごめんなさい。願わくば、俺から背徳感に溢れた煩悩を――――煩悩を、消し去ってください。もう俺は、自力では抜け出せません。



―・―・―・―・―・―・―



「……ねえ、あなた。ところで……」


「ん? どうかしたか、洋子」


「莉菜の秘密、貴史に言わなくていいの?」


「ああ、いいだろ。そのほうが間違いが起こらなくて楽だし」


「……それもそうね」



―――――――― とりあえず第一部完 ―――――――

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