更生ビッチと揺れるゲス心
というわけで、結局爛れた兄妹に戻ったわけだが。
やっぱりというかなんというか、背徳感溢れる行為は恐ろしいくらい中毒性がある。
結局、優花との行為に満足しなかった理由はそこなので、冷静になれば自分に自己嫌悪してもおかしくはないのだが。
今の俺はそれよりも、久しぶりに味わえた極上の快楽に持っていかれていた。
「……もう離れられない、ぜったい、お兄ちゃんから離れられないぃぃぃ……」
莉菜も同じらしい。
「そうだな。俺も、自分を偽るのはやめる」
「うん、うん……わたしも、二度と道を踏み外しはしないよ……」
この関係はすでに踏み外してるどころか崖下かもしれないけど、そんな莉菜の言葉に、肩を抱き寄せることで応えた。
―・―・―・―・―・―・―
しかし、優花に関しては怒りが収まらない。
なんせ殺されてもおかしくないところまで行ったんだからな。
当たり前のように、メッセージや着信をブロックし、もう忘れよう、永遠に離れようと思ってた。
しかし職場に突撃されたりしたらまたヤバいことになる。
転職しようかな。どうせもともとブラック企業だったし、命の危険を冒してまで仕事に執着する必要も感じられない。
そんなふうに考えたりもしたが、幸い月曜日には優花の職場凸はなかった。
ならばこれ幸いとばかりにとっとと帰ろうと、迂回ルートをまわっていつもと違う駅を利用すると。
「あっれー、小杉っちじゃないー?」
「誰だ!」
いきなり名前を呼ばれ、ゴルゴ並みに後ろを振り向かざるを得なかった。
「ひっ!」
「……って、あれ?」
どこかで見たような女性がいた。派手。ちゃらちゃらしたアクセ、色の抜けた髪、気持ち悪いまつ毛。
こんな派手な女性に声をかけられるような日常生活はしてない。おそらくは過去の知り合いだろうが、誰だか思い出せぬぞ。
「あー、わからない? 漫研のヤマイだよー」
「ヤマイ……おま、
名前を聞いて思い出した、高校の同級生で、宏昭とともによくお邪魔してた漫研の部長。
高校時代は腐ってとんでもない悪臭を放っていた有害指定女子が、なんとまあ派手なカッコに。BLに命を捧げてたんじゃなかったのかよ。
「小杉っちこそ、大人びたじゃーん」
「……そうか?」
どこが大人びたかはわからんので、あいまいに返す。童貞を失って大人びたというならその通りだし。
「いつもこの駅使ってるけど、小杉っちと会ったの初めてだよね?」
「ああ、きょうはたまたまだ……」
「そっかー。あ、そだ、聞いたよー? 優花と付き合ってるんだってー?」
優花、という名前に体がビクッと跳ねた。やめて。
「ね、ここであったからには、いろいろ聞かなきゃならないよねー、優花とのアレコレを」
「お、おい!」
だがお構いなしに、俺はヤマイにむりやり腕を引っ張られ、近所の
……ま、こいつが一緒なら、優花に襲われても大丈夫だろう。
―・―・―・―・―・―・―
「優花、幸せそうに話してたよ」
店内で開口一番、ヤマイがそうしゃべってくる。
「……え?」
「ずっと好きだったんだよね、優花って。小杉っちのこと」
「……」
優花の言葉、どれが本当でどれが嘘なのかわからなかった俺だが。
不思議とヤマイの言葉なら信用できそうな気がする。確かにヤマイ、優花と高校時代にわりと仲良かったし。中学も同じなんだっけか?
「でね、優花がこっちに戻ってきてからさ、連絡をたまに取り合ってたんだけどね。いつになくハイテンションな優花が『小杉くんの彼女になれました! 今まで生きてきた中で一番うれしい!』ってはしゃぎ始めちゃってさ、夜中までのろけに付き合わされたこともあるんだよ」
「……」
あのー。
俺、一応優花と別れたことになってるんだけどなあ。
まだそこまでヤマイに説明してないのか。ヤマイに悪気があるわけじゃないとは思うけど。
……ちょっとイラつく。
「そんなこと言ってもなあ。優花って、ただのビッチじゃん」
「えっ?」
ヤマイ、硬直。『ビッチ』という言葉は偉大だ。
「優花って、いろんな男に股開いてたわけだろ。ビッチじゃなかったらなんなんだ?」
やさぐれた俺。会話内で地雷を踏もうが何しようがどうでもいい、そんなやけっぱちモードである。
ヤマイは一瞬だけ目を点にさせたが、すぐに表情を聖母のごとく優しく変えてきた。
「……そっか。小杉っち、優花の中学時代の話、知ってるんだね」
「は?」
「うん、確かにね……優花って、中学時代は手に負えなかった。それこそスポーツ感覚で、オトコと行為してたし」
「いや、その頃の話じゃなく……」
「いろいろ噂もたてられたりして、寄ってくるのは身体目当ての性欲魔神だけだったよ。それでいいって、優花自身も思ってたのかな」
「……」
「それは高校に入ってからもしばらく続いてて。思えば、優花って、それまで本気で人を好きになったことがなかったんだよね、きっと」
なんだなんだ。
頼んでもいないのに、過去の優花のことをベラベラしゃべってくるなよ。聞きたくもないんですけど。
「だけどね。高校途中から、優花は変わったの」
ヤマイの語尾に、無駄な力がこもる。
「それまで日常だった男遊びをきっぱりとやめて、セフレみたいな遊び相手のイケメンも全員切って。教室の片隅でひとり、幸せそうな顔で小杉っちを眺めていたりして」
「……」
「そんな優花を見てて、ああ、本気で小杉っちを好きなんだなあ、なんて思ったもんだよ」
いやいやいや。
なんですかその回想は。
優花はビッチ、それは変わらない。そして現在過去未来いずれもその可能性が高いはずだ。
だが。
そんなビッチが、俺を好きになって、ただの恋する乙女へと変わった。その事実は不意打ちの衝撃である。
いやね、確かに優花は俺が修学旅行でゲロの後始末を進んでしてくれたから好きになった、とは言ってたけどさ。そこから?
「……嘘だろ?」
思わず口に出てしまった疑問。
「嘘じゃないよ! 実際、優花ってあんなにかわいかったのに、ずっと彼氏がいなかったでしょ? 遊び相手を全部切った後、告白されることもあったみたいだけど、全部断ってたんだよ。好きな人がいるからって」
「……信じられん。そんなに思ってくれてるなら告白してくれれば……」
「あー、それはすすめたことあるんだけどね。でも優花は『小杉くんにフラれたりしたら、友達としてもいられなくなるから』って。ほーんと、ヘンなとこでウブなんだから」
「……」
俺、絶賛混乱中。
だがお構いなしに、ヤマイは優花の説明を続けてくる。
「で、結局告白できないまま卒業してさ。それでも、会えなかった大学生活中もずっと小杉っちのことを好きだったみたいでね。それを知ってたから結婚したって聞いたときはびっくりしたけど、結局別れて地元へ戻ってきたし」
「……」
「そこまでして愛を貫いた優花だもん、小杉っちと付き合えるようになってよかったね、って心から祝福したんだ」
納得いかん。
ゆえに、ツッコませてもらおう。
「じゃあなんで、そんなに俺のことを好きなのに結婚したんだ?」
「ああ……それはね」
話しにくそうにヤマイが下を向いた。
「知ってるなら聞かせてくれ」
「わかった……あのね、優花が小杉っちのことを忘れられなくて、卒業式のコンパで酔っぱらって『貴史、ずっと大好き』って漏らしたら」
「うん」
それは聞いた。気がする。
「大学で同じ科の『たかし』って名前の男に、『自分のことだ!』と勘違いされちゃったみたいで」
「……はい?」
「そのまま酔った勢いで妊娠するような行為をされちゃって、あとはもう絵に描いたように話がトントンと……って、聞いた」
自分自身で確認できないのが残念だが、その時の俺はまさしくハトが豆鉄砲を食らったような顔だったに違いない。
たかし……? 結婚相手は、なおふみ、じゃなかったか?
尚史……
…………
……まさか、尚史って書いて、『たかし』って読むのか!? 『勘違い』ってそういうことか!
「まあでも、苦労したけど離婚はできたみたいだしね。そこまでずっと忘れらず想われてるなんて、男冥利に尽きるでしょ?」
そう言って少しにやけたヤマイとは裏腹に。
我がハトマメ顔の色は、今現在きっと青だろう。
…………
背徳感がないと燃えないなんて、優花にひどいこと言っちゃったかな……
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