罪じゃないけど罪深い

冷涼富貴

いもうと童貞、プライスレス

ゴートゥデリヘル

貴史たかし、せっかくだから、はっちゃけないか」


 出張中の夜。

 一緒に出張に来た職場の先輩は、宮城県の片田舎地域のホテルにて、俺こと小杉貴史こすぎたかしを自分の道楽に付き合わせるため、そのような提案をしてきた。俺の脳内には疑問符しか浮かばない。


「はっちゃけるって……なんですか?」


「デリヘルという、楽園があってだな……」


 先輩は、そういいつつスマホをフリックし、俺に見せてきた。どうやら先輩の好みなデリヘル嬢を見つけたらしい。突然言われてもとまどいしかないっつの。


「な? 出張業務も解決したことだし、ここは知っているヤツはまわりにいない片田舎だ。旅の恥はかき捨て、あとは寝泊まりして帰るだけなら遊ぼうぜ」


「どこに呼ぶんですか。このホテル、デリヘル呼ぶの禁止ですよね、たぶん」


「なんで知っているそれを。まあそれならそれで、適当なところで待ち合わせて、どっかに連れ込めばいいじゃないか」


 先輩の中では、デリヘル嬢を呼ぶことは確定事項のようである。少しあきれている俺に気づかないくらいテンション高ぇ。


「ん、俺はこの娘に決めた。ほら、おまえも選べ」


「ちょ、先輩」


 先輩の勢いに押されつつも、さすがに遊ぶのはためらわれる、そんな俺だったが、無理矢理に近い形で一覧を見せられた。


 しかし、問題がひとつ。


 俺は、風俗はおろか、女性とのアレやコレなどが未経験なのだ。わかりやすく言おう、童貞なのだ。バカにされたくないから黙っているけど。


 しかも、一覧を見て結構びっくりした。今のデリヘルって、こんなに美人ばっかりなのか。いや目は黒線で消えているんだけどね。

 こんな美人に来てもらって、『えー、あなた童貞なの? ウケルー』とか言われちゃったりしたら再起不能に陥りそう。俺もムスコも。


 ……などと恐怖に震えつつ目を滑らせていると、ふと、ひとりだけ地味な写真があった。『しおり』というその娘の目を隠した画像を見るに、ブサイクではないんだけど美人でもないとわかる。点数をつけるなら、おそらく六十四点くらいの微妙な顔立ちだろう。ちなみになぜ六十四点かというと、四捨五入したら六十点になるからだ。


 もう一度あらためて見てみる。ちょっと長めの前髪をピンで留めているが、その感じがイモくさい。口元もあまり上品ではない。無理矢理いい点をあげるとしたら、白い肌と左目の下にあるセクシーな泣きぼくろと――なにやら落ち着きそうな安心感。


 このくらい田舎くさそうな娘なら、童貞だってバレても、バカにされないかもしれない。そんな根拠のない期待もこめて、俺は六十四点を指さしてしまった。


「この娘が、いいです」


「しおり、って娘か…………あまり人気なさそうだぞ?」


 先輩はわけがわからないよといわんばかりに怪訝そうな顔をして俺を見てくる。好みにケチつけられるいわれはないが、ごまかす理由くらいはすぐ頭に浮かんできた。


「いや、人気の娘は待つ羽目になるかもしれないでしょう。この娘なら待たなくても大丈夫でしょうし」


 童貞の口から出まかせを聞いて、怪訝そうな顔を納得したように変化させた先輩は、力いっぱい俺の肩をバシバシと叩く。


「なんだなんだ、おまえ知ってるじゃないか! さては、ちょくちょく遊んでたな?」


「……はあ」


 こちらの理由など何も知らないであろう、先輩が勝手に誤解するのは自由だ。適当に流して、適当にごまかそう。



 ―・―・―・―・―・―・―



「健闘を祈る!」


 わけのわからない激励の言葉を残し、先輩はやる気満々でおちあうための場所へと消えていった。俺に残ったのは戸惑いばかりなんだが、乗せられてしまったとはいえ、ドタキャンはいろいろ問題がありそうだ。


『じゃあ、九時に駅西口の自動販売機横で』


 そんな待ち合わせ約束だったはず。駅西口の自動販売機横って、なんの自動販売機なんだ……とは思ったが、何のことはない、駅西口には自動販売機がひとつしかないようである。さすがはド田舎。


 時間は九時を少し過ぎている。俺は挙動不審な首振りを繰り返しながら待ち合わせ場所に近づくと、暗闇にまぎれて目立たないようにひっそり、自動販売機の陰に立っている女性がいた。


「あ。えーと……たかしさん、ですか?」


 何の役にも立たなそうなアクセサリーの品々を身につけ、ちょい派手なピンクの服を着て、過疎な駅前に佇む女性。見る人が見たらデリヘル嬢だとわかりそうなものだが。

 しかし、本当に顔が六十四点である。俺の予想も捨てたもんじゃない。そんな失礼な心の声を押し殺し、俺は無言で首を縦に振った。


「よかったー、ドタキャンされたかと思っちゃいました。しおりです、今日はよろしくお願いします」


 画像加工しろよと忠告したくなった気持ちをグッとおさえて挨拶を返す俺。

 六十四点ではあるが、にこっと笑った顔ならば一点くらいプラスしてもいい。よかったな、四捨五入したら七十点になったよ、しおりちゃん。

 長めの前髪をピンで留めている様は、画像と同じでイモくささしかないんだけど、よけいなことは言わない方が気分良く過ごせそうだ。


 とりあえず九十分コースで料金を渡すと、受け取ったしおりちゃんが腕を組んできた。


「じゃあ、さっそく行きましょう!」


 冷静になって考えれば、若い女性と腕を組むのも初めてだ。ドギマギしながらうろたえる俺に、しおりちゃんがフレンドリーに話しかけてくる。


「どうしたの、落ち着かないね。ひょっとして……初めて?」


 さすが玄人、ズバリ言い当てられた。プロ相手に虚栄心は無用と悟った俺はコクンと頷くと、しおりちゃんは嬉しそうに抱きつく腕の力を強めてきた。


「そうなんだー! デリ初めてなのに、わたしを指名してくれて嬉しいな。今日はサービスしちゃうからね、期待していいよ!」


 いや、初めてはデリヘルだけじゃないんですけれど……そんなセリフは極度の緊張から言えるわけもない。俺は腕を引っ張られ、ラブホテルへと連れて行かれた。

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