王家を追放されたわけじゃないけど、世直しすることにしました。
克全
第1話最初の騒動
「ちょっとあんたら、何やってんのよ」
「邪魔するな平民。無礼を働いた獣人に、行儀を教えてやっているのだ」
「何馬鹿な事を言ってんだよ。こんな幼い子と母親に、行儀を教えると言って殴る蹴るなんて、それでもアンタらイッパシの冒険者かい」
「黙れ下郎。我々は騎士である。小汚い獣人がぶつかってきて、我らの服を汚したのだ。無礼打ちにするべきところを、殴る蹴るで許してやっているのは、我らの慈悲だ。平民の分際で余計な口出しをするなら、貴様から行儀を教えてやるぞ」
「はん。立派な騎士様なら、馬にでも乗って旅しな。てめぇらこそ、小汚い格好で冒険者しているなんて、貧乏して馬も飼えない没落騎士じゃないか。そんな連中が騎士様気どりしたって、誰が恐れ入ると思っているんだい」
「よくぞ我ら相手に、そこまで大きな口を利いた。無礼打ちにしてやるから、そこに直れ」
「はん。てめぇら相手に、直る必要なんかないね。その腐った性根を叩き直してやるから、かかってきな」
小気味のいい女斥候の啖呵に聞き惚れていたけれど、これ以上は見ているだけですませられない。
騎士だと名乗った五人組は大した腕ではないから、五人がかりでも凄腕の斥候に敵うはずはないが、あれほど自信満々に戦いを挑む以上、何か悪巧みをしているのだろう。
「少しは腕に自信があるようだが、下手に対抗をすれば、この母子を叩き切るぞ」
「なんだって。この卑怯者が。それでも騎士かい」
「ふん。我らは腐った性根の没落騎士なのだろう。だったらこれくらいの事はして当然ではないか。そのことを思いつかなかった、御前が愚かなのよ」
「御貴殿方、それくらいしておかないと、主家や実家に迷惑が掛かりますよ」
「「「「「なに」」」」」
五人組が初めて俺に気付いて振り返ったが、天下の往来でのこのような乱暴狼藉をして、誰の眼にも触れないと思っていたのだろうか。
「御貴殿達が自分で言っていた通り騎士だとすれば、まだ若いから、実家もあれば実家が仕える主家もあるのでしょう。王家が管理する天下の往来でこのような愚行をすれば、実家にも主家にも迷惑がかかるのは、理解出来ますよね」
「黙れ、黙れ、黙れ。我らは無礼な獣人と平民に、礼儀を教えてやっていただけだ。貴様のような若造に、とやかく言われるいわれはない」
「そうだ。我らは王家に仕える、由緒正しい騎士家の者だ。だからこそ、獣人や平民を躾けてやる必要があるのだ。貴様のような若造に、偉そうに言われる理由はない」
「やれやれ、同じ王家に仕える御同輩であったか。だったら手加減するわけにはいかないな。父上から聞いた話では、陛下は不正と卑怯を嫌い、民にも慈悲深い方と言う話だ。その陛下の御名を汚すような者を見逃したとあっては、父上様に御叱りを受けてしまう。ここは少々痛い目にあっていただかないといけませんね」
「若造が生意気を言うな」
五人組の中でも特に短気そうな奴が、剣を振りかぶって切りかかってきたが、俺から見れば全くなっていない。
隙だらけの無様な攻撃だ。
これならわざわざ剣を抜く必要もないから、素手で鎧の隙間を叩いて、内蔵を傷つけない程度に肋骨をへし折り、一撃で意識を失わせてやった。
冒険者をしなければならないような騎士家の者が、高価で重いフルアーマープレートを装備しているはずもないが、それでも部分的にアーマープレートで補強した、レザーアーマーを着込んでいた。
だが幼い頃から目的をもって厳しい修練を積み重ねてきた俺には、どうと言う事はない防御力でしかなく、例えアーマープレートの上からであっても、素手で即死させることが出来る。
人質が怪我させられないように、早めに解放したいから、素早い足さばきで敵の眼をくらませ、狼獣人の子供を乱暴に確保している、騎士冒険者の側に移動した。
残っている四人に認識される前に、最初の男と同じように素手で一撃を加え、内臓を傷つけないように肋骨をへし折った上で、意識を失わせることに成功した。
ここで攻撃を止めることなく、残りの三人の視界や意識に入らないように移動しながら、一番近い場所にいる敵にも一撃を喰らわせた。
一人は恐ろしく金ぴかの高価そうなフルアーマープレートを装備していたから、金持ちの騎士家御曹司と、その取り巻きなのだろう。
この程度の実力で、王家騎士家の者だと大口をたたくとは情けない話だが、人間の国同士の戦いが回避され、魔人や魔獣の侵攻も下火になった今では、王家家臣団の怠惰と腐敗も当然かもしれない。
王侯貴族として、高貴な者の義務を理解している家は常に鍛錬を絶やさず、当主や世継ぎであろうとも、魔境やダンジョンに入って実戦訓練を行っている。
だが今この場で叩きのめした者のような、高貴な者の義務を果たさず、ただただ特権を享受するだけの者が増えている。
このような現状が一般的なのだとすれば、父王陛下が悩みながら実施しようとしている、俺の兄弟達を貴族家の養嗣子として押し込み、その家を王家のコントロール下に置く政策も、貴族家に迷惑をかけるだけではないのかもしれない。
だがこうして黙って家出してきた以上、当初の目的通り、自身で家を興すくらいの財宝をダンジョンで手に入れるとともに、魔境のボス魔獣を倒して開拓地を手に入れる。
「御助け頂きましてありがとうございます。若殿様。なかなかの凄腕ですね」
「そうか」
「ええ、私も若年よりこの年まで冒険を続け、多くの冒険者を見てきましたが、若殿様のような凄腕はめったにいませんよ。それで若殿様と呼ばせていただいて、失礼はないのでしょうか」
「ああ、若殿様で構わないよ。徒士で武者修行の旅をしているが、それは旅先で高価な軍馬を手放すわけにはいかないからだ」
「そうでしょうね。いえね、馬には乗っておられないのですが、その高貴な御姿は、貴族の御曹司にも見えましたので」
「そうか。装備にしても姿形にしても、たいした事ないと思うのだが」
「いえいえ、確かにありふれた装備をされていますが、その立ち振る舞いに気品がおありです」
「そうか。だが歴戦の凄腕斥候にそう言って貰えるなら、これからの人生自信を持って生きていけるよ」
「あの、御話中恐れ入ります。御二方様には命を助けていただき、御礼の言葉もございません」
「何言ってんだよ。人間として当たり前の事をしただけさ」
「そうだ、姉御の言う通りだよ。人間なら強きをくじき弱きを助けるのは当たり前です。まして王家に仕える者なら、陛下の御名を汚さぬように、常日頃から立ち振る舞いに気を付けなければなりません。あのような下劣な行いをする者は、同じ王家に仕える者なら、陛下の御名を汚さないように、成敗する義務があります」
「今までそんなことを言ってくださった御方は、ただの一人もおられませんでした。本当にありがとうございます」
「おにいちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。そうだ、早く何か食べたほうがいい。ここに干肉があるのだ」
近くで見ると、母子の痩せ細った姿は尋常ではない。
このまま放っておくと、直ぐに飢え死にしてしまいそうで心配だったから、ウエストバックに隠している魔法袋から、干肉を出してあげた。
「そんな、御助け頂いた上に、食べ物まで頂く訳にはいきません」
「おかあさん、おなかすいた。たべちゃだめなの」
「御母さん。遠慮する必要はないですよ。保存食は定期的に食べていかないと、本当に必要になった時に傷んでしまっていることがあるんです。丁度この宿場町の近くにある魔境で狩りをして、新しい保存食を作ろうと思っていたのですよ。生き物の命を奪って作った保存食ですから、捨ててしまっては罰が当たってしまいます。助けると思って食べてくれませんか」
「でも」
まあこんな見え透いた嘘など、母親にはバレているだろうが、何事にも建前や体裁は必要だから、ここは無用な保存食だと言う事で押し通そう。
「そうですよ、御母さん。さあ、遠慮なく頂いて、子供に食べさせておあげなさいな。それに若殿様は私が魔境を御案内して、食べきれないくらいの獲物を狩らせて差し上げますから、全然気にすることなんかないんですよ」
「はい、ありがとうございます。遠慮せずに食べさせていただきます。本当にありがとうございます。さあ、御礼を言って御食べなさい」
「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとうございます」
「はい、遠慮せずにたくさん御食べなさい」
「そうそう、子供は遠慮なんかするもんじゃないよ」
俺と姉御の説得の仕方もよかったのだろうが、何よりも御腹を空かせた娘の姿に遠慮しきれなかったのだろう。
何度も何度も頭を下げて御礼を言い、俺が与えた干肉を全部娘に与えている。
だが母親が寝込んだり死んだりしてしまったら、娘が助かるはずもないので、母親にもしっかり食べてもらわないといけない。
しかし俺が魔法袋を使えることは秘密にしておきたいから、小さなウエストバックから、これ以上干肉を出すわけにはいかない。
だから体裁を整えるために、背負っていた擬装用のアタックザックを外して、中から娘一人では絶対に食べきれない量の、干肉と兵糧丸を取り出した風に装った。
もちろん本当は魔法袋から取り出したのだが、斥候として凄腕だろう姉御の眼を逃れられたのかどうかは分からない。
まあ姉御ほど世慣れていれば、一人旅で武者修行している年若い俺が、目玉が飛び出るほど高価な魔法袋を隠そうとしていることを理解して、見て見ぬふりをしてくれるだろうとは思う。
「それで若殿様、こいつらをどうされるんですか?」
「そうですね、宿場役人に引き渡そうと思っているのですが、姉御はどう思いますか」
「普通ならそれがいいと思うんですが、ちょっと引っかかることがあるんですよ」
「どういう事ですか」
「この道は王国が管理する天下の街道です。しかも王国が管理する宿場町から眼と鼻の先の場所でもあります。このような場所でさっきのような乱暴狼藉をするというのは、あまりに行き過ぎた行為だと思うのですよ」
「なるほど。宿場役人もこいつらの一味だと言いたいのですね」
「その可能性もあるのですが、宿場役人は所詮平民が特権と引き換えに勤めているだけの事です。騎士家の者だと自称しているこいつらを突き出しても、私達が宿場を出たら、知らぬふりをして牢から出してしまう可能性があると思うのです」
「宿場役人より上の存在が、こやつらの黒幕だというのですね」
「五人も騎士家の者だと言っているのですから、その親戚の中には、それなりの実力者がいる可能性があると思うのですよ」
「なるほど、確かにこの辺り一帯を管理している代官は、騎士家の者が勤める役目でしたね」
「はい、ですからこいつらを宿場役人に引き渡しても、私たちの眼が届かないところで、無罪放免になるかもしれません」
「それは困りましたね」
「若殿様が代官の支配領域が御分りになるのでしたら、領域外の宿場町に突き出すことが出来るんでしょうか?」
「代官ごとの宿場町の支配領域は知っていますが、違う宿場町の事件を、担当外の代官が受けることは出来ません」
「じゃあどうすればいいんですかね。私一人なら黙って口封じするんですがね」
この姉御は怖い。
冗談のように言っているが、眼が笑っていないから本気だ。
俺の足取りを、父王陛下や置き去りにしてきた家臣達に知られるのは嫌だが、代官が行っているかもしれない悪行を見逃すわけにはいかない。
王都の屋敷に手紙を送って、父王陛下に処罰を願うにしても、五人を連れて宿場町に入ってからでは、その手紙自体を問屋場が握り潰してしまうかもしれない。
ここは五人を突き出す前に、確実に手紙をアゼス宿場町から送り出さないといけない。
「姉御に御願いがあるのですが、聞いて頂けますか?」
「内容によりますよ」
「私の実家に手紙を送って、この辺の代官の不正の可能性と、この五人の悪行を王国に伝えようと思うのですが、宿場役人の腐敗している可能性があるので、確実に手紙が宿場町から送られるのを確認するために、姉御だけで宿場町に入って、手紙の依頼をしてもらいたいのです」
「なるほど。若殿様の御実家なら、さぞや公明正大な騎士家なのでしょうから、手紙さえ確実に届けられれば、代官も必ず処罰されますね。分かりました。御引き受け致しましょう」
「では今直ぐに手紙書きますから、ちょっと御待ち下さい」
やれやれ、これで置き去りにした家臣達に、追いつかれてしまう可能性が高くなりますが、父王陛下に頂いた、巡検使の御役目を蔑ろにする訳にはいきませんし、高貴なる者の義務を放棄する訳にもいきません。
「この手紙を、ここに書いてある王都の屋敷に届けてもらえれば、父上様が必ず動いて下さいますから、五人とその黒幕が見逃されることはありません。御金もこれだけ払えば、早馬で手紙を届けられるでしょう。私もここで見張っていますから、姉御も手紙が確実に宿場町から出たことを確認してください」
「なるほど。宿場役人が金だけ受け取って、手紙を処分することを防ぐんですね」
「そういう事です。御願い出来ますか」
「任せて下さい。ひとっ走りして、直ぐにやってのけて御覧に入れます」
「では御願い致しましたよ。僕はこいつらが逃げ出さないように、確実に縛り上げておきます」
「それは私にお任せください。斥候職秘伝の縛り方があるんですよ」
「そうですか、では姉御に御任せしますね」
こう見えて、俺も王国忍者直伝の縛り方を知っているのですが、それを言うわけにはいきませんから、ここは素直に姉御に御任せしましょう。
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