第2話宿場役員の言い分

「おにいちゃん、おなかいっぱいになった。おにいちゃんは食べなくていいの」

 御腹一杯になるまで食べることが出来て、幼いながらも俺の事を心配する余裕が出来たのだろう。

 この一言だけでも、この子がちゃんと躾けられているのが分かる。

 王家に仕える騎士家のバカ息子達に比べて、なんて立派なのかと感心すると同時に、有事に騎士団がまともに戦えるのかと暗澹たる思いになる。

「大丈夫だよ。お兄ちゃんはさっき御腹一杯食べたから、それはお母さんに預けておいて、御腹が空いた時に食べさせてもらいなさい」

「はい、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 冒険者であろう五人組に縄をかけ、天下の街道で獣人母子と会話をしている姿は、明らかに不審だから、さっきから街道を往来する多くの人が横目で見ている。

 だが俺達には何の負い目もないから、正々堂々としていればいい。

 しかしながら、五人組が目を覚まして騒ぐと面倒だから、密かに無詠唱で眠りの魔法をかけておくことにした。

 まだ獣人母子にも斥候の姉御にも、俺が魔法を使えることは知られない方がいい。

 疑うわけではないけれど、子供は悪気なしに何でも話してしまうし、母親は子供の為なら何でもやってのけてしまうだろう。

 斥候職の姉御にしたところで、今日の行動だけを見れば信用できるようだけど、どんなしがらみを持っていたり、誰かに大きな恩を受けていたりするかもしれないから、全てをさらしてしまわない方がいいだろう。

 魔法なり剣技なり、何か切り札になる物は誰にも言わず、いざという時にとっておいた方がいい。

 これは、俺に魔法を教えてくれた大魔導師殿も、忍術を教えてくれた忍者の頭領も、異国の剣技を伝授してくれた侍マスターも、共通して教えてくれたことだ。

 俺は貧乏騎士家の八男という事にしてあるから、騎士家の正統槍術と剣術を披露することにして、他の技術は隠しておこう。

 密かにいろいろと考えながら、獣人母子と打ち解けられるように話をして時間をつぶしていると、アゼス宿場の方から早馬が駆けてきた。

 姉御が早速仕事をしてくれたのだろう。

 これで安心して宿場町に行けるが、五人組の騎士冒険者を眠らせたまま、俺一人で運ぶのは無理だ。

 そこで眠りの魔法を解除して、折れた肋骨あたりに蹴りを入れて、痛みで無理やり起こすことにした。

「ウグッ」

「イテ」

「ウゲ」

「アゲッ」

「ウグッゲッ」

 五人それぞれ個性的な苦痛の声を上げて目を覚ましたが、後ろ手に厳重な縄をかけられ繋がれているから、直ぐに起き上がることが出来ないでいる。

 下手に抵抗されたら面倒だから、五人組が装備していた剣や短剣などの武器はもちろん、回復薬や解毒剤などの各種薬も取り上げてある。

 だが五人分の装備を、俺一人で管理して運ぶのは無理がある。

 もちろん俺が魔法袋を持っていることを明かせるなら、全部を魔法袋に収容することは簡単なのだけれど、隠すと決めているからそれも出来ない。

 ちょっと判断に困っていたのだけれど、丁度荷物を載せていない駄馬がやってきた。

 馬子には運のないことだが、俺には運のいいことで、帰りに客を捕まえることが出来なかったのだろう。

「馬子よ、この荷物をアゼスまで運んでもらいた」

「へい、若殿様、喜んで運ばせていただきます。ウゲ。フランク様。どうか御許し下さい。フランク様達の荷物を運んだのが御代官様にばれたら、私は殺されてしまいますんで、どうか御許し下さい。若殿様」

「おいこら若造。今の話を聞いて分かったであろう。儂はこのあたり一帯を支配する代官の次男、フランク・ガンボン様だ。直ぐに縄を解かねばただでは済まさんぞ。そこの下郎も何を愚図愚図しておる。直ぐに縄を解かんか」

 やはり姉御の想像通りだったな。

 代官である父の威光を笠に着て、父親の預かった代官地で好き放題していたのだな。

 まあこれで話がすっきりと分かった。

 代官を恐れて口をつぐむ者達を説得して、色々と話を聞くのは面倒だったが、本人が自供してくれたのなら、後は代官を捕えられる武力を示してやればいい。

被害を受けた者達も、安心して全てを話してくれるだろう。

 しかし馬子もかわいそうに。

俺とフランクとの板挟みになって、青い顔をして震えている。

「心配するな。見ても分かるように、俺一人で五人を叩きのめせるくらい、腕に差があるのだ。フランクとやらがどれほど喚き散らそうが、何も出来はしない。それより余は王家に仕えるゴールウェイ騎士家の八男、アーサーと言うのだが、ここにいる騎士家を偽称する盗賊共に襲われたので、捕らえたのだ。アゼス宿場の問屋場に突き出したいのだが、荷物が邪魔なので運んでもらいた。いや、王家騎士家の者として命ずる。運べ」

「へい、でも、あの、その」

「馬子よ、盗賊の一味として余にこの場で切られるか、それもと命令通り運ぶか、どちらでも好きな方を選べ。それにこの盗賊共を運べと言っているのではない。盗賊共から押収した武器を運べと申しているだけだ」

「へい、へい、へい。フランク様御許しください」

「下郎、儂の命に逆らうか。覚えていろよ、後で目にもの見せてくれる」

 馬子にはかわいそうだが、ここは騎士家の者として上から無理やり命令した方が、馬子も動きやすいだろう。

 だが馬鹿共があまりにうるさく喚き散らすから、また骨折している肋骨に蹴りを入れて黙らした。

 もちろん折れた骨が肺に刺さって気胸を起こさないように、手加減して激痛だけを与えるようにしてある。

 だがよほど馬鹿に生まれついているのか、それとも父親だという代官が馬鹿に育てたのか、定期的に蹴りを入れなければいけないくらい、旅人と出会う度に助けろと命じていた。

 五人組と争った場所は、アゼスの宿場から近かったので、直ぐに宿場の大木戸に辿り着いた。

 宿場町の構造は普通の町や村とは違っていて、街道沿いに細長く家が建ち並んでおり、その周囲に濠を巡らせ、濠を作る時に出た土を濠の内側に積み上げ固めて土塁を築き、その土塁の上に柵や塀を設けて防衛施設にしてある。

 宿場町は、街道を取り込んだ細長い形状の砦であり、普通の町や村は四角や円形の砦になっている。

 もちろん防衛を優先するか街道を優先するかで形状が違っており、街道を優先すれば宿場町内の街道と宿場町外の街道は直線で段差もない。

 だが防衛を優先した宿場町は、破城槌の威力を発揮させないために、宿場町の直前で街道が直角に曲がっており、城門の前は川が流れていたり、泥田が広がったりしている。

 もちろん城門前には濠が掘られていたり盛り土がされていたりして、破城槌が勢いをつけられないようにしてある。

 近年は国内に敵が攻め込むことがなくなり、ダンジョンや魔境から魔人や魔獣が出てくることも絶えているので、職場町の補修も手抜きされており、濠には土が溜まり浅くなってきており、盛り土があった所も平らになってしまっている。

 そんな光景を見る度に、言いようのない不安に駆られるのは、俺が臆病だからなのか。

「ああ、ああ、ああ、何て事をしてくれたのですか、若殿様」

 城門で宿場町に入る手続きをしようとすると、中から慌てて出てきた者が、俺とフランク達を見比べて真っ青になっている。

 服装から見て宿場役人のようだが、フランクの父親だという代官の威光が怖いのだろう。

「何をしたかと言えば、襲ってきた騎士家を詐称する盗賊を捕えただけだ。それがどうかしたのか」

「フランク様達は騎士家を詐称したのではなく、本当に騎士家の方なのです。しかもフランク様は、このあたり一帯を支配する御代官様の若殿様なのですよ」

「ほう。それは父親の威光を笠に着て、王国の国法を破り、乱暴狼藉働いてきたという事か。そしてその乱暴狼藉を、宿場役人である御前達は見逃してきたというのだな」

「何を申されますか。我ら宿場役人が、御代官様の御威光に逆らえる訳がないではありませんか」

「それは考え違いをしておる」

「若殿様は、我らが何を間違っていると申されるのですか」

「御前達宿場役人が仕えているの、代官ではなく国王陛下だ。そして代官は王領地を支配しているのではなく、国王陛下から預かっているだけだ。だから代官が不正を働いたのなら、その上役に訴えればいいし、上役も一味だと言うのなら、目付に訴えればいい」

「ふぅ、若殿様は御若いから、何も分かっておられぬ」

「余が何を分かっていないと言うのだ」

「この国は腐り切っておるのでございますよ」

「どう言う事だ」

「若殿様が申される代官の上役はもちろん、目付も代官の一味なのですよ。上役に訴え出た百姓も、目付に訴え出た宿場の者も、家族もろとも切り殺されているのですよ。若殿様のような御若い方には、王国の現状など何も御分りにならないのでございますよ」

 俺は、恥ずかしくて情けなく、顔から火が出る思いだった。

 俺の顔を見る宿場役人の眼は、世間知らずの若造が知ったかぶりするなと馬鹿にしている。

 獣人の母親は、世間知らずで恥をかいた俺の顔を見ないようにしている。

 自分の無知と無力が恥ずかしかった。

 汗と血を流し、時には理不尽に命さえ失うような王国で、必死で生きてきた人達に偉そうに講釈をたれた自分に、恥ずかしくてこの場から逃げだしたい思いだったが、それでも最後まで確認しなければいけないことがある。

「余の不明であった。だがどうしても聞いておかねばならないことがある。代官の上役や目付が不正の仲間だと言う事は分かったが、大臣を務める宮中伯や重臣達はどうなのだ。同じように賄賂を受け取り、不正を見て見ぬ振りしておるのか」

「そんなこと、下々の私達が知っている訳がないでしょう。誰だって自分の命は惜しいんだ。まして家族まで殺されると分かって、腐り切った役人に、二度と訴え出る馬鹿がいる訳ないでしょう」

「そうか、そうだな、馬鹿なことを申したな」

 さてこれでは、俺が何とかしなければ王国が滅んでしまう。

 父王陛下には申し訳ないが、これほど腐り切った王国など滅んでも仕方がないと言う思いも、心に沸いて来る。

 だが国が滅ぶときには戦争や内乱が起こり、今以上に国民が苦しむことになる。

 ここは己の手を汚してでも、代官はもちろんそれに加担した上役や目付、事によったら宮中伯も処断せねばならない。

「若殿様、代官所に乗り込まれるのなら、私も御付き合いいたしますよ」

「姉御」

 いつの間にか姉御が側に来てくれている。

 あまりの出来事で隙が出来ていたのだろう。

 こんな事では。いつ寝首を書かれるか分かったものではない。

もっと気を張り詰めて、隙を作らないようにしなければいけない。

「何を驚かれているんですか。事の初めは私がこの馬鹿共と争ったことですよ。ここで逃げ出したんじゃ、女が廃るというものですよ」

「そうか、一緒に行ってくれるか」

「当然ですよ。それに代官所に乗り込むのなら、斥候が下調べすべきでしょ」

「そうか、それは助かるよ」

「若殿様、御取込み中申し訳ないのですが、私も急ぐ旅なもんですから、込み入った御話なら、先に受付させていただけませんかね」

「そうか、それは申し訳ないことをした」

 俺が旅の女に場所を譲ろうとすると、目にもとまらぬ早さで伝言用の紙縒りを手渡してきた。

 姉御すら気付かない早業だが、俺に忍術を教えてくれたブラッドリーから、非常時に使う連絡法の一つとして叩き込まれていた。

 供の者達を出し抜いて逃げ出した心算だったが、ブラッドリーの眼を欺くことは出来ていなかったのだな。

 さて、ブラッドリーはどういう手を考えてくれているのだろう。

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