第17話ワーム

 俺が急いでマギー達の所に戻ると、事もあろうにワームと戦っている所だった。

 竜の頭に蛇の身体を持つワームは、通常玉鋼級に分類され、比較的狭い魔境ではボスに君臨していることが多い。

 二足歩行地竜種がボスだと思っていたのだが、ほぼ同格のワームがいるとなると、何方がボスとも断定できなくなる。

 などと呑気なことを考えていたのは一瞬で、敵が玉鋼級となると女六人組では危険極まりない。

 それでも冒険者四人は俺との約束を守るべく、マギーとギネスを護るため、ドリスが盾役となりワームの攻撃を防ぎつつ、ヴィヴィが動き回ってワームを牽制して攻撃先を散発にさせ、ベネデッタが先導してマギーとギネスを魔境の外へ逃がそうとしている。

 もちろんアデライデも働いていて、派手な魔法でワームを牽制しつつ、ベネデッタの邪魔になりそうな魔物に堅実な魔法を喰らわせている。

 ワームがボスだといけないので、殺さないように場所に気を付けながら、二足歩行地竜種の時と同じように、ウォーターカッターの魔法を使い、胴と尾の境目より少し尾寄りからすっぱりと切断してやった。

 一応竜種に分類されているワームだが、翼がないうえに手も脚もないので、一般的には竜種の中では低く見られている。

 確かに一番強大な竜種は、古代竜が最上位種と言われているが、古い文献にあるだけで、ここ数百年は姿を現していない。

 更に伝説上の存在として、龍種と言うモノが存在すると言われているが、それはもう古い文献中ですら、そのような生き物が存在していたと言われていたと書かれているだけだ。

 今確認されている一番強力な竜種は、古竜と言われる竜で、翼を持ち空を飛ぶことが出来る上に、四肢を持ちドラゴンブレスを吐くことが出来るモノだ。

 次に強力だと考えられているのが、属性竜と呼ばれるドラゴンブレスを吐くことが出来る竜種で、翼がなく空が飛べず陸上生活に特化した地竜種や、水中生活に特化した水竜種、翼はあるものの腕がなく空中生活に特化した飛竜種だ。

 その下位竜種として、姿形は属性竜種に似ているものの、ドラゴンブレスを吐くことが出来ないワイバーン・クラーケン・リントヴルム・ワームと呼ばれて大別されているものの、細かな違いが多く、同じ種族だと断言できるものではない。

 特にワームについては、ドラゴンの頭に全長の6割を超える長大な牙を持つため、その牙を使った攻撃で大型の魔物を容易く殺せるという特徴がある。

 ある意味人間が同格や格上と考えているボス級キラーともいえる存在なのだが、その長大な牙のせいで小型種に対する攻撃は苦手としている。

 殺してしまうと魔物の暴走が起こる可能性もあるが、ボス級二頭が同じ縄張りに存在するから、この後で縄張り争いが起こる可能性があるし、両隣や内側のボスに縄張りが併合される可能性もある。

 俺が十六頭のボスを半死半生にしたので、新たなボス級魔物が産まれた可能性もある。

 ボスの誕生に関しては、諸説あって結論が出ていないが、ボス級が後継ボスが生むという生物として当然の説が主流ではあるものの、普通の動物が魔物に変異するように、下級種の魔物がボス級に変異するという説もそれなりに支持を受けている。

 それと支持者は少ないものの、魔素が凝集することで、何もなかったところからボスが産まれるという説も完全否定出来るモノではない。

 俺は全てあり得ると思っているが、今回は二足歩行地竜種が弱ったことで、強力な蛇種魔物がワーム化した可能性と、全く何もなかった所から生れ出た可能性があると思う。

 まあ元々ワームと二足歩行地竜が共存していた可能性もあるのだが、だとしたら俺がこれほどの気配を見逃していた事になる。

 そんなことも一瞬のうちに考えながら、ワームの十メートルにも及ぶであろう長大な牙を斬り落とし、素早く魔法袋に収納した。

 同格の下位竜種だけでなく、格上の地竜種や水竜種の鱗さえ刺し貫くことが出来る長大な牙は、恐ろしく高価な値段で取引されている。

 ここ数百年の間は、古竜種が狩られた事はなく、二十年前に属性竜でも比較的狩りやすい地竜が一頭狩られただけで、普通は十年に一頭ほど下位竜種が狩られる程度だ。

 まあその属性竜を狩ったのは爺をリーダーとしたパーティーなので、爺は英雄としてその名を轟かせているのだ。

 だからこそ俺が属性竜の一角、地竜種の素材を定期的に手に入れられるようになれば、その金銭的価値は莫大なモノになる。

 特にワームの長大な牙は、属性竜を狩るための武器として最良なので、俺が使うのかパーティー仲間に貸し与えるかは別にして、いいモノが手に入ったと思う。

「大丈夫だったかい?」

 魔境の外に逃げ切ったマギー達と合流し、ボスと出会ったしまったことがトラウマになっていないか心配で、顔色や挙措を確認しながら訪ねてみたのだが。

「おねえちゃんたちがまもってくれたから、だいじょうぶだったよ」

「怖いことは怖かったのですが、事前に強大な魔物が来ることを教えていただいていましたし、攻撃も確実に防いでくださいましたから、想像していたよりも怖くなかったです」

 マギーもギネスも冷静に逃げることが出来たようだ。

 これなら明日以降も訓練を続けることが出来るだろう。

「若殿様が身体強化魔法をかけて下さった御蔭で、何時もよりかなり遠くでワームの気配を察知することが出来ました」

 ヴィヴィがそう言うとベネデッタが言葉を続けた。

「私の魔法防御も、普通ならワームの攻撃に耐えられないのですが、若殿様の身体強化魔法の御蔭で、確実に攻撃を防ぐことが出来ました」

「私も普通ならワームの攻撃を撃退するなど不可能なのですが、身体強化魔法の御蔭でワームの攻撃をいなすことが出来ました」

 ドリスに至っては、ワームの攻撃をハルバードで払い除けるという離れ技をやってのけていたが、昨日の二足歩行地竜との戦闘で、何かを掴んで一皮剥けたのかもしれない。

「私も何時もより魔力の消費量が低いのに、魔法の威力が強くなっています」

 アデライデもうれしそうに話してくれているから、身体強化魔法の恩恵に満足してくれているのだろう。

 これならマギー達が一人前になるまで、問題なくパーティーを組んでくれるだろう。

「それで狩りの成果だけど、十分満足できるものだったのかい?」

「「「「「「はい!」」」」」」

 六人が口をそろえて返事をしてくれたと言う事は、かなり御金になる獲物が狩れたのだろう。

 マギー達に初日から無理をさせてはいけないから、今日はこの辺で帰った方がいいだろう。

「十分な成果があったのなら、今日はこの辺で本陣に帰ることにしよう」

「え~と若殿様、出来れば今日の狩りの成果を換金したいのですが、代官所に行くのは無理ですよね」

「そうだね。まだ昨日の今日だから、代官所もその中にある冒険者組合も、獲物の買取は難しいだろうね」

「他の冒険者組合に行って換金するわけにはいきませんか?」

「もう一度身体強化魔法をかけ直して、1番近い冒険者組合まで走ることになるけど、それでも大丈夫かい?」

「そうしていただければ、明日の狩りに向けて魔法袋を空にすることが出来ます」

 そうか、そうだよね。

 普通は魔法袋の容量と相談しながら、持ち運ぶ物資と狩りの獲物を選択しなければいけないんだ。

 俺は桁外れの魔力量があるから、時々その事を失念してしまう。

 俺の魔法袋で預かってあげることは簡単だけど、パーティーとして獲物の分配は早く公平にすべきだろうから、ここは移動してでも換金した方がいいのだろう。

「分かった。だったらどこに行くのがいいと思う?」

「正直今までにない高レベルの魔物が狩れましたので、買取価格の高い王都の冒険者組合に行きたいのですが、宜しいでしょうか?」

 俺が王都を出てドラゴンダンジョンへ修行に向かっているのを知っているから、逆方向に戻ることになるのが俺の逆鱗に触れないか恐れているのだろう。

 さて、だが、どうするべきだろう?

 王都に戻ると俺の身分がバレてしまう可能性があるし、ここはきっぱりと断るべきだろうか?

「だがそれほどの魔物を狩れたのなら、オークションになるだろうから、どこで預けても一緒ではないのか?」

「そうですね。急いで買取を願うと、足元を見られて安く買い叩かれてしまいますから、銀級はともかく金級と白金級の魔物は、預かり票を貰ってオークションにかける事になるでしょうね」

 ヴィヴィが俺の気持ちを組んでくれたのか、王都以外で預けることに誘導しようとしてくれた。

「だがどうだろうか? 預けてオークションにかけるよりも、出来る限り高値で売った方がいいのではないか?」

「何故なの? ドリスはそんなに換金を急ぐ必要があるの?」

 普段のドリスは、それほど御金に執着がないようだ。

 アデライデが不思議そうに聞き返している。

「若殿様が今後も身体強化魔法をかけて下さるのなら、アゼス魔境で狩りを続ける限り、毎日金級や白金級の魔物を狩れると思う。そうなると、慢性的な品薄で高価になっている素材も、暴落する可能性が高いと思うんだ」

「それなら売らずに取っておけばいいんじゃないの? とは言ったものの、魔法袋に収納できる量には限りがあるわね」

「魔法袋に関しては、魔物を売った御金で買えばいいけど、私達だけがアゼス魔境で狩りが出来るわけではないわよ」

 アデライデの自問自答に対して、ベネデッタが根本的な問題を指摘する。

 そうなのだ。

 俺も家を興す資金貯める事と、家臣団候補者に実戦経験を積ませるために、アゼス魔境で狩りをさせようかと考えているのだ。

 そもそもが、同じ目的でドラゴンダンジョンに向かう予定だったが、王都にこれほど近い場所に絶好のダンジョンが出来たのなら、わざわざ遠くのドラゴンダンジョンまで行く必要などない。

 そしてそうなれば、当然俺は家臣団候補者にも支援魔法をかけるから、高レベル魔物が大量に王都に出回ることになる。

 そうなれば、白銀級は大丈夫だと思うが、白金級以下の魔物の買取価格は暴落する可能性がある。

 この国に流通している貨幣の量は決まっているから、一度に大量の魔物が出回ると、余程の余裕資金がある者が買い占めない限り、暴落を防ぐことなど出来ない。

 まあこれを事前に予想できるから、複数の他国に行って売り払い、俺の手持ち資金を莫大に増加させてから、この国で魔物を大量に販売し、同時に家を興すのに必要な投資で貨幣を市場に流せば、大幅な暴落や暴騰を防ぐことが出来る可能性はある。

 だが実際にやってみなければ分からないし、事前に綿密な計画を立てておかないと、自分が思っていた通りの結果は得られないだろう。

「そうだね。俺も実家をはじめとする一門縁者が貧乏しているから、ここがこれほど稼げるのなら、部屋住みを集めてクランを立ち上げるかもしれないし、売れる時に売っておいた方がいいと思うよ」

「そうですよね。若殿様にだって、義理や人情で助けないといけない人が沢山おられますよね。でもその時は、私達はどうなるんでしょうか? 勝手な御願いになるのですが、クランに御加え頂けませんか?」

 俺がドラゴンダンジョンで仲間と修行兼資金稼ぎすることを知っているヴィヴィが、素直に俺の言葉を受け取ってくれた上で、クランに加えて欲しいと言い出した。

「そうですね。厚かましい御願いなのですが、クランに御加えいただけませんでしょうか?」

「それは構わないけれど、俺は仲間とドラゴンダンジョンで合流する約束になっているから、そうなるとやはり王都には行けないよ」

「だったらどうしようか? 近くの冒険者ギルドに行って、出来る限り高値で売り払う?」

 ベネデッタが結論を急ごうとする。

「まあ待ちなよ。若殿様、代官所は混乱していますが、アゼス宿場の問屋場は若殿様の御蔭で正常に機能していると思うのです」

「そうだな。今の宿場役人が、俺に逆らうことはないと思う」

「だったら問屋場の機能を利用して、王都にオークション品として送ってもらえませんかね?」

 ヴィヴィが、アゼス魔境で毎日狩りを続けることができ、俺の仲間が合流するまではオークションで高価販売が可能な方法を考え出した。

 俺に王都に戻る気がない以上、ヴィヴィ達だけで王都に行くことになるのだが、そうなるとどうしても身体強化魔法が途中で切れる事になる。

 そうなるとアゼスと王都の往復に何日もかかることになり、その間はアゼス魔境で狩りが出来ないから、オークションで多少高く売ることが出来たとしても、実質的には損をすることになるだろう。

 それに移動期間はマギーとギネスの訓練を手伝えないから、要となる俺の機嫌を損ねてしまう可能性があり、そうなると身体強化魔法の支援がなくなってしまう。

 ヴィヴィが他の三人に目配せすると、しばらくして今の考えに至ったのだろう。

「そうですね。若殿様に御無理を御願いするなど不遜の極みでございました。ここはヴィヴィの提案通り、問屋場を利用してオークションに提出しましょう」

「ええ、それがいいですね」

「確かにそれが一番だと思います」

「四人に異存がないのなら、今から宿場に戻って手続きしよう。万が一のことがあってはいけないから、品物の預かりには俺が立ち会い、裏書を書きてやろう」

「「「「ありがとうございます」」」」

 さて、流れから俺がクランを立ち上げる事になったが、家臣団候補者との交流は防がないと、俺の身分がバレてしまう。

 適当な士族子弟と冒険者を集めて、家臣団クランとは別のクランを立ち上げないといけないな。

 十人以下のパーティーとは違って、常に一緒に冒険するわけではないが、武具や資金の貸し借りなどの相互支援を行うクランは、命懸けの冒険者にとって必要なものだ。

 特に冒険者になりたての駆け出しは、地縁や血縁を頼りにクランに所属し、冒険のイロハを教えてもらう事になる。

 そうなると俺は爺のクラン員と言う事になるのだが、この辺はどうしたものだろう?

 それと地竜の素材だが、今同時にオークションに出してしまうと、彼女達が期待している金級や白金級の魔物が霞んでしまい、期待しているような高値を付けなくなってしまうだろう。

 これはどうしたもんだろうか?

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