第18話日課

 俺達は急いで宿場町に戻り、堂々と大木戸から中に入った。

 ベネデッタは先に問屋場でオークションの手続きを終わらせたいと言ったが、他の者達に先に宿を確保しようと説得され、納得したうえで本陣に向かう事になった。

「これは若殿様、よくぞお戻りくださいました。御相談せねばならないことが出来まして、御帰りになられるのを御待ちしておりました」

「貴族家の方の先触れが来られたのか?」

「左様なのでございます。今まで通り奥座敷の御泊り頂く訳にはいかなくなりまして」

 端的に言えば、俺を奥座敷から追い出して、貴族家の者を泊めるという事なのだが、これは仕方がないことだろう。

 本来王子である俺は、父王陛下と王太子殿下以外の者に遠慮する必要はないのだが、今は貧乏士族家の部屋住みと言う事にしているから、貴族家の人に部屋を譲るのが当然なのだ。

「分かった。本陣は引き払うから心配するな」

「え~と、それで牢屋の方々なのでございますが」

 そうなのだ。

 問題は、俺が捕らえて本陣の牢屋に入れてある、フランク以下のバカ息子達だ。

あいつらを本陣の牢屋に預けたままにするのか、それとも脇本陣の牢屋に移すのかだが、そもそも脇本陣に牢屋の設備があるかどうかが分からない。

「脇本陣に牢屋の設備はあるのか?」

「あるにはあると思うのですが、全員押し込めるだけの広さがあるのかどうか、私共には確かめようがございません」

「たわけ者が!」

「ひぃ~!」

「宿場で乱暴狼藉を繰り返した悪党を閉じ込めておく牢であろう! 本陣で引き受けられないと申した上に、脇本陣への問い合わせまで手抜きいたすか! ならば本陣亭主もあの者共の一味と考えるが、それに相違ないか!」

「申し訳ございません。申し訳ございません。申し訳ございません」

「申し訳ないと思うのなら、自ら脇本陣に聞いてまいれ!」

「直ぐに。直ぐに聞いてまいりますので、今しばらくご容赦くださりませ」

「我らは問屋場に行っておるから、そこに知らせに来るがよい」

「はい。はい。はい。そうさせていただきます」

 貴族や士族の接待になれた本陣亭主とも思えない狼狽ぶりだが、俺の行為にアゼス代官が一切文句を言ってこない事で、俺が余程の実力者だと思ったのかもしれない。

 もしくは金級冒険者パーティーが、俺に唯々諾々と従うのを見て、改めて俺の戦闘力に恐怖したのかもしれない。

 まあ俺にとってはどちらでもいいことなので、先ずは必ずしなければいけない魔物の配送手続きをしに、問屋場まで行くことにした。

「若殿様、何か御用でございます」

「問屋、王都の魔物オークションに出したいモノがあるから、配送の手続きをしてくれ」

「はい、承りさせていただきます。しかしこの状況で、よく魔境にはいられましたね」

 まだ代官所が一掃されたことは伝わっていないようで、悪代官が魔境を牛耳る状況下で、魔境に入って魔物を狩ってきたことに感心しているようだ。

 以前のようにオドオドしたり、逆らうような素振りをしたりしないのは、俺なら実力で悪代官一味を一掃出来ると確信したのかもしれない。

 まあそんなことはともかくとして、早く魔物の配送手続きを済ませて、ドリス達を安心させてやらねばならない。

「実践訓練と軍役資金を稼ぐため、この者達と魔境で狩りをしたのだ」

「左様でございましたか。では若殿様が裏書の証人になられるのですね」

「そうだ。今の問屋を信じぬわけではないが、以前が以前だからな」

「ごもっともでございます。直ぐに帳付けさせていただきます」

 丁度問屋も帳付も人馬指しもその場におり、品物を検品して封をすれば、後は魔法袋に収めて馬車や早馬で送るだけだ。

「ベネデッタ、アデライデ、魔法袋から順番にだしてくれ」

「ほう! 魔法袋を使える方が御二人もおられるのですか?!」

「女性だからな。パーティーを組むにしても、色々とあるのさ」

「左様でございますね」

 問屋も冒険者の事情には詳しいようで、女性が冒険者を続ける上で、色恋沙汰や性の問題で苦労することは察してくれたようだ。

 まあ俺も直に聞いたわけではないが、爺からは男女問題に関しては色々聞いているので、銅級の魔法を使える者ですら千人に一人しかいない貴重な魔法使いが、僅か三人のパーティーに2人もおり、それが女ばかりのパーティーとなれば、男問題を嫌っているのは余程の馬鹿でない限り直ぐに察することが出来る。

「まずはこいつを確認してくれ」

 最初にベネデッタが魔法袋から獲物を取り出した。

「なんと! これは白金級の鹿ではございませんか!?」

「ああ。若殿様の支援の御蔭で狩ることが出来た。我らとしても初めて狩った白金級だから、少しでも高値で売却したいから、王都のオークションにかけようと思ったのだ」

「それがようございます。郵便馬車の料金はかかりますが、それでも標準価格で売るよりはずっと高い値段で売れると思います」

 現役の問屋が保証してくれるのだから、俺の予想は間違っていなかった。

 素早く帳付けが、魔物の特徴や重さ全長全幅全高などを記録し、特に欠けたところや傷がないかと言う特記事項を書き残す。

 その書き記した内容が間違いないことを、問屋とパーティー代表のドリスがサインし、最後に保証人である俺が裏書をする。

 特に貴重な白金級魔物でもあるので、厳重に木箱に入れられたうえで封印を行い、魔法袋に収められた。

「次はこれを御願いいたします」

 次にアデライデが魔法袋から獲物を取り出した。

「なんと! これも白金級の熊ではありませんか?! これは危険極まりない魔物で、滅多に狩られることのない魔物でございますぞ!」

「我らが狩った2番目の白金級の魔物だが、これも若殿様の支援魔法がなければとても狩れなかった」

 アデライデがしみじみと言ってくれるが、その御蔭もあり問屋場内は、俺に対する称賛の顔に満ちている。

 御追従には慣れているが、心からの称賛にはまだ慣れていないので、少しどぎまぎしてしまう。

「大したことではない。元々の戦闘力がなければ、どれほど支援魔法を使おうとも役には立たん。我の力が皆無とは言わぬが、御前達の実力と合わさってこその成果だ。それは十分誇れることだぞ」

「御褒めに預かり恐悦至極でございます」

「御嬢様方はよき支援者を得られましたな」

 問屋はしみじみと言ったが、他の役人や人足達も同じ思いのようで、うんうんと首を縦にしている。

 だが、白金級の魔物が六頭、金級の魔物が七頭取り出されるに至り、称賛を飛び越えて呆れるような表情に変わっていった。

「申し訳ありませんが、問屋場にある魔法袋では、これ以上の魔物を送ることは出来ません。あとは先に送った魔法袋が戻ってからにしていただけませんか」

「分かった。それでは仕方がないな」

 結局俺達が郵便馬車で送れる事になったのは、白金級の魔物が六頭、金級の魔物が七頭、銀級の魔物が十三頭で、残りは送ることが出来なかった。

「若殿様、無理を承知で御願いがあるのでございますが」

「何事だい?」

 依頼を終えて脇本陣に行こうとしたところで、問屋がおずおずと聞いてきた。

「実は御代官様の悪政の所為で、本来は宿場の名物であった魔物料理が出せなくなっているのでございます。もし宜しければ、送れなかった魔物を買い取らせていただきたいのですが」

 俺はちらりとドリス達に視線を送った。

「そういう交渉は高貴な若殿様がなされることではありません。全てはパーティーの交渉役である、私が引き受けさせていただきますよ」

 ヴィヴィが後を引き受けてくれるようだ。

 本来は三人組のパーティーのはずなのだが、旧知の中でもあったようだから、今はヴィヴィに交渉を任せる心算のようだ。

 俺が爺から学んだ範囲だと、標準的な魔物の買取価格は、食用に出来る部位の重さで決められている。

 魔力をためることが出来る魔核は、その大きさと容量で別途金額が決められている。

 他にも薬や魔道具の素材として使える部位は、別途買取価格が決められている。

 一番沢山流通しているのは、当然一番弱い銅級魔物の食用部位で、十グラム当たり銅貨一枚が基準になっているが、美味しさと貴重さによって多少高くなったり安くなったりする。

 ただ最低貨幣が銅貨なので、銅貨1枚当たり八グラムだとか十三グラムという形で売買される。

 それと我が国に流通している御金は、小銅貨・大銅貨・小銀貨・大銀貨・小金貨・大金貨・小白金貨・大白金貨が制式貨幣とされているが、一般的には金貨までしか流通していない。

 いや、農民や町民なら銀貨までしか使わないだろう。

 それに庶民は大銅貨などとは呼ばず、少しでも短く表現する為に、銅板と呼んでいる。

 だから同じように大銀貨は銀板と呼び、大金貨は金板と呼んでいる。

「ではどうでしょうか。若殿様の御支援が有られるのならば、明日以降も白金級や金級の魔物を沢山狩ることが出来るのではありませんか? だったら魔法袋の容量を空けておくためにも、標準価格で残っている魔物を売っていただけませんか」

「確かに私達パーティーの魔法袋は、今日の狩りで一杯になってしまったけど、若殿様の魔法袋は底なしなんで、いくらでも預かってくださるとの御言葉を頂いているんだよね」

「それは困りましたね。だったらどうしようか、標準価格の一割増しで買い取らせていただけませんか」

「三割増しだね」

「それでは旅籠の宿賃をあげる必要が出ています。何とか一割増しで御願いしたいのですが」

「わずか一割増しなら、王都に持って行った方が高値で買い取ってもらえますよね。若殿様の魔法袋が一杯になるまで狩りを続け、それから王都に行って売り払えば十分ですよ。それが一年後なのか二年後になるのかは、若殿様の魔法袋次第でございますが」

「やれやれ、それでは一割五分増しではいかがでしょうか?」

「二割五分に負けてあげましょう」

「そうおっしゃらずに一割五分で売ってくださいませんか?」

「駄目ですよ。ここは二割五分から一分も負けられませんよ」

「ではどうでしょうか。人気のある銀級魔物の食用部分二割で売っていただけませんか?」

「仕方ありませんね。ここは大負けに負けて、人気のない銅級魔物の食用部位を二割で売って差し上げましょう」

 悪代官から解放され、久しぶりの値段交渉なのか、丁々発止のやり取りの中にも、どこか愉しむような所が有る。

 周りで聞いている宿場役人や人足達もどこか嬉しそうで、何時の間にか宿場の人達も集まってきた。

「ではどうでしょうか、この場で即席のオークションといきませんか?」

「それは面白いですね」

「「では!」」

 問屋とヴィヴィの気性が合ったのか、集まってきた町人を相手に即席オークションを開くという話にまとまった。

 急いで家族や旅籠の主人に報告に行くのだろう、多くの人間が走っていく。

 はてさてこれはどうなることやら。

「物価」

 物の価値が現代と違うので一概に比較できないが、小銅貨一枚が日本円で十五円から百円。

 奴隷制度や身分制度があるため、人件費が安く食料品が高い、現在の電化製品にあたる魔道具が極端に高価になっている。

「全て銅貨の値段」

銅級魔獣肉:百グラム:十銅貨(一銅板)

鉄級魔獣肉:百グラム:百銅貨(一銀貨)

銀級魔獣肉:百グラム:千銅貨(一銀板)

金級魔獣肉:百グラム:一万銅貨(一金貨)実際はオークション価格

白金級魔獣肉:百グラム:十万銅貨(一金版)実際はオークション価格

白銀級魔獣肉:百グラム:百万銅貨(一白金貨)実際はオークション価格

玉鋼級魔獣肉:数十年に一度市場に出回り天井知らずの高値を付ける

鯉:百銅貨

鯛:百五十銅貨「一尺五寸(四十五センチメートル)」

鯉:百銅貨「一尺五寸(四十五センチメートル)」

鯖:三十五銅貨「一尺五寸(四十五センチメートル)」

鰯:三十銅貨(大)・十尾

鰯:八銅貨(大)・十尾・油はなはだ強し

金頭:八銅貨「一尺(三十センチメートル)」味はなはだよろし

鱈:三銅貨「一尺五寸(四十五センチメートル)」

鮎三十五銅貨「五寸(十五センチメートル)」

鮪:百銅貨「百匁(三百七十五グラム)」

鰤:百五銅貨「一尺五寸(四十五センチメート)」の半身

いなだ五十銅貨「一尺(三十センチメートル)」小型の鰤

鰹:百七十五銅貨・半身

初鰹1尾:五千銅貨

初鰹1尾:千八百銅貨

鰹1尾:四百五十銅貨

木綿木地が一反・六百銅貨

股引が一対・六百銅貨

足袋が一足・百八十銅貨

下駄が一足・五十銅貨

番傘が一本・二百銅貨

豆腐が一丁・五十銅貨

御握り一個・五銅貨

握寿司が一貫・八銅貨

鰻丼一杯・三十二銅貨

鰻蒲焼き・百銅貨

米が一升・百銅貨

饂飩一杯・十六銅貨

蕎麦一杯 ・十六銅貨

「以下は饂飩と蕎麦両方」

しつぽく一杯 ・二十四銅貨

あんぺい一杯 ・二十四銅貨

けいらん一杯 ・三十二銅貨

天婦羅一杯・三十二銅貨

小田巻一杯 ・三十六銅貨

各種木綿・六百銅貨から千二百銅貨

各種絹織・八千銅貨

古着  ・百銅貨

浴衣仕立て・七十銅貨

八掛仕立て・百四十銅貨

単衣仕立て・百銅貨

袷仕立て ・二百銅貨

小児按摩上下・二十四銅貨:小笛を吹きながら町中を歩きまわって客引き

大人按摩上下・四十八銅貨:盲人だけがやれる・障害者保護の業務独占

足力(そくりき)按摩上下・百銅貨:店持ち名人

洗い張り・七十銅貨から

「流通貨幣」

小銅貨 :千万

大銅貨 :百万

小銀貨 :十万

大銀貨 :万

小金貨 :千

大金貨 :百

小白金貨:十

大白金貨:一

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