第19話日常

 アゼス宿場で初めてオークションを行ってから三日経ったが、あれから毎日夕刻にオークションが行われるようになった。

 初日は成り行きから問屋場の前で行われたが、流石に人馬の邪魔になるので、二日目からは高札場前で行われることになった。

 平均的な単価は、冒険者組合が決めている標準価格の三割から四割高く売ることが出来た。

 代官の悪政で疲弊していたとはいえ、王国でも有数の主要街道の宿場町だけあって、通行する人馬が多く、名物が手に入れば売り上げも大きい。

 まして今は悪代官が除かれているから、商売を阻む者も強請集りを行う者もいない。

 特に貴族家の宿泊が予約された本陣亭主は、王都に送り損ねた銀級魔物を手に入れようと、脇本陣に亭主と激しい争奪戦を繰り広げた。

 本陣亭主としては、貴族家当主に銀級魔物料理を出せるか出せないかは、本陣を預かる者としての面目がかかっている。

 本陣が貴族家当主に鉄級魔族料理を出し、脇本陣や一般の旅籠が平民に銀級魔物料理を出したと噂がたてば、本陣の役目を免じられる可能性すらあるのだ。

 そんな不名誉な事になれば、当主交代で済めば軽い方で、一代士族待遇や苗字を名乗る特権を失い、本陣屋敷を取り上げられる可能性さえあるのだ。

 家格は平民ながら、士族や貴族を接待する立場上、当主と女将だけは、一代限り士族待遇を与えられているが、本陣の役目を失えば、全ての特権を失う事になるのだから必死である。

 俺達は本陣や脇本陣を引き払い、宿場の旅籠でも最も小さい所を貸し切ることにした。

 本陣や脇本陣だと、貴族家の人間が来るたびに部屋を明け渡さなければならない。

 そんな事は面倒なので、捕虜共々泊まれる旅籠を探したのだが、丁度いい大きさの旅籠を貸切ることが出来たのだ。

 丁度いい旅籠と言うのは、風呂があるかないかと言う問題だった。

 この国で日常的に風呂に入れるのは、燃料になる薪の購入費を気にしないで済む金持ちだけで、庶民は水で身体を拭う程度なのだ。

 ただ返り血を浴びる冒険者や狩人は、収入がいいこともあり、仕事が終われば風呂に入るのが普通なのだ。

 だから貸し切り料金が多少高くても、風呂付の旅籠を選ぶことになる。

 ただ冬場に水浴びは厳しいし、庶民も週に一度や十日に一度は風呂に入りたくなる。

 まして旅先の宿場では、土埃や汗で身体が汚れるので、多少の費用を使ってでも風呂に入りたくなるものだ。

 だから宿場町には、一件以上の風呂屋があるものだが、これが大抵混浴なのだ。

命懸けの冒険者は、仲間から離れて一人になるのが危険なため、一番隙が出来る排尿排便時に仲間に見張りしてもらうため、裸を見られることに対する羞恥心が麻痺している。

 特に女性比率が低い冒険者は、男性に排尿排便時に見張ってもらう事に慣れないと、命にかかわるのだ。

 だがドリス達のパーティーは女性だけで編成されているので、宿を選ぶ際には風呂を重視するくらい、性の問題には配慮しなければならないのだ。

 俺にとっての問題は日々の鍛錬だったが、それは宿の板の間で行う事にしており、今も真似するマギーとギネスを正面に見ながら行っている。

 俺達三人の鍛錬時間は、女冒険者四人組には暇な時間なので、先に風呂に入ってもらっている。

 だからと言って、俺がマギーやギネスと一緒に風呂に入っているというわけではなく、マギーとギネスが先に疲れて鍛錬を止めることになるので、二人には先に風呂に入ってもらっている。

 女冒険者四人が風呂に入っているときに、旅籠の外から気配が投げかけられてきた。

「少し用を思い出したので、二人は鍛錬が終わったら風呂に入ってくれ。もし俺が戻るのが遅かったら、六人で先に飯を食べてくれ」

「そんな。若殿様より先に食事を頂くことは出来ません」

「それでは用を急いで片付けなければいけなくなるので、先に食べると言って貰う方が助かるのだよ」

「しかし若殿様」

「冒険者は、食べられる時に食べられる者が先に食事を終えておかないと、体力が続かず全滅することもあるのだ」

「分かりました。ドリスさん達にもそう御伝えして、先に食事を頂かせていただきます」

「そうしてくれ。では後は頼んだよ」

「はい、御任せ下さい」

 俺は鍛錬を止めて旅籠を出たが、型の鍛錬を中止しただけで、身体の中で魔力を流す鍛錬は引き続き行っていた。

 俺は宿場町の適当な建物と建物の間に入り、宿場町を守る土塁に登り、土塁から外の景色を見ている風を装った。

「殿下、王都の混乱が収まりつつあります」

「どういう形で収まりそうなのだ」

 ブラッドリー配下の忍者が、王都の情勢を伝えに来てくれたようだ。

「デイヴィット筆頭魔導師閣下が、国王陛下の意向を受ける形で重臣会議を進められ、ロジャー大蔵宮中伯に組していた貴族士族を断罪されておられます」

「抵抗勢力はおらぬのか」

「今回は明々白々な証拠がある上に、既にロジャー大蔵宮中伯が斬り殺されておりますので、証拠の出ていない者共は、保身の為に積極的に断罪する側についております」

「一部証拠を隠して、二段構え三段構えで断罪する心算なのだな」

「はい、その心算のようでございます」

「今断罪を叫んでいる汚い者達を一斉蜂起させないように、段階的に断罪するのだな」

「そう御聞きしております」

「具体的な手順はどうなっているのだ」

「今断罪されている者達の罪を明らかにし、処刑する者と犯罪奴隷にするものに分けます。犯罪奴隷となった者共をドラゴンダンジョンに送り、第二第三の断罪候補と連携して蜂起出来ないようにしております」

「今回の汚職にかかわった者共の性格や戦力を綿密に計算しているのだな」

「そう御聞きしております」

「ならばその件は安心だが、強制養嗣子政策はどうなっている」

「殿下の願いは叶わないと思われます」

「陛下は、引き続き強制的に貴族家に養嗣子を押し付ける御心算なのだな」

「はい」

「何度も献策しているが、この件に関してだけは御聞き届け頂けないようだな。デイヴィット筆頭魔導師も同じ考えなのか」

「心中までは分かりませんが、少なくとも御前会議では、陛下のご意向に沿った形で話を進められておられます」

「他の家臣のいる前で諫言などすれば、奸臣に君臣の仲を裂かれる可能性があるから、二人きりの時にやんわりと諫言するしかないだろうが、陛下は強制的養嗣子政策の危険を理解されておられるのだろうか」

「そこまでは分かりませんが、少なくとも殿下が書かれた建白書は、ウィンギス男爵を通して陛下に届けられております」

「そうか。ならばもう何も言うまい」

「は」

「ではこの書状を陛下に御届けしてくれ」

「承りました」

 この四日の狩りで、二足歩行地竜級ボスの養殖に目途がついた。

 半日に一度だと、手・尻尾・牙・皮・鱗を削り取ったボスは、失った身体の再生は出来ていた。

 だが魔力の回復までは出来ないようだ。

 だが1日間隔を空ければ、身体の再生だけではなく、身体再生に使った魔力も完全回復してしまう事が分かった。

 これからも引き続き検証しなければならないが、毎日地竜級の素材が十六頭分も確保できるのなら、その経済的軍事的価値は計り知れない。

 何としてもアゼス魔境は俺の領地としたい!

 今回のアゼス代官所の不正摘発と、ロジャー大蔵宮中伯逮捕の手柄を背景に、アゼス魔境を俺の領地としていただくように、父王陛下に願い出ることにした。

 もし完全にアゼス魔境を領地化出来れば、その経済力は我が王国の総生産力を超えることになるだろう。

 だからと言って兄上を廃して王太子になりたいわけでも国王になりたいわけでもないし、独立して小王国を興したり、王国内に半独立大公国を興したりしたいわけでもない。

 ただ王国を護る貴族家として、発言力・戦闘力・軍資金を持っていたいだけだ。

 今でも王子の一人として、それなりの発言力と個人戦闘力は持っているが、領地を持つ貴族として組織的軍事力を保有し、その領主軍を維持するだけの経済力も必要なのだ。

 そんなことをつらつら考えながら旅籠に戻ると、ギネス達が風呂から上がっており、入れ替わりにマギー達が風呂に行っていた。

「若殿様、私達にも魔力鍛錬を教えていただけないでしょうか?」

 ベネデッタとアデライデが、何か思う事があったのだろう、真剣な表情で教えを乞うてきた。

「急にどうしたんだい?」

「若殿様の並外れた魔力を身近に感じるに従い、若殿様と同じ鍛錬をさせて頂けば、今まで以上の魔力を得ることが出来るのではないかと考えました」

「私も同じでございます」

「別に構わないけれど、我の遣り方は体術槍剣術と一体になったモノだから、魔力だけの鍛錬ではないけど、アデライデはそれでもいいのかい」

「はい! いざという時の護身術として、学んで損になることはないと思っています。それに基礎体力が向上すれば、もっと困難な狩りにも挑めると思っています」

「そうか、それならばいいよ。ベネデッタも、今迄と違う戦い方になるけど、構わないんだね」

「はい! 今までは剣を主に使っていましたが、白金級を相手に戦うとなると、少しでも間合いの遠い槍を使えるようになりたいと思ったのです」

「そうだな。剣は予備武器にした方が、平原や森での狩りには有利だな」

「はい。今迄はダンジョン内での冒険や依頼を主に行っていましたので、剣でも特に不利を感じませんでしたが、アゼス魔境で白金級や金級を相手にすると、切実に不利を感じました」

「だが俺がいいと言うまでは、実戦で槍を使うなよ」

「はい。十分な鍛錬が出来ていないのに槍を使い、不覚を取るような愚かな事は致しません」

「そうか。ならば一緒に鍛錬しよう。だが今日はもう汗を流したのだから、明日からにするか?」

「いえ。思い立ったが吉日と申しますし、今から学ばせてください」

「そうか。ならば最初は見て真似るところから始めるがいい」

「「はい!」」

 せっかく風呂に入ったのに、大汗をかくような鍛錬は避けるべきなのかもしれないが、一瞬の不覚や僅かな実力差が生死の境を分ける冒険者だから、汗臭いくらいは仕方がないのかもしれない。

 それに季節もそれほど悪くないので、鍛錬と食事の後で、もう一度風呂に入って汗を流すのも悪くはないだろう。

「若殿様、御先に頂かせていただき、ありがとうございました」

「おにいちゃん、おさきにありがとう」

「うむ。湯冷めしないようにな」

「「はい」」

 普通なら士族である俺が一番風呂に入り、女達は後から風呂に入るのが身分制度のあるこの国の常識なのだが、これも身分制度に拘泥しては冒険者として命にかかわるから、手の空いた者から風呂に入るようにしている。

 それと平民の後で士族が風呂に入る場合は、一旦御湯を抜き、風呂を洗い直して再度湯を沸かすのだが、これも冒険者としておかしいと言って、女達が入った後の湯に入ることにしている。

 俺が風呂から出る頃には、旅籠の料理人が手によりをかけて作ってくれた料理が並んでいた。

 食材は俺達が提供しているので、全て銀級以上の魔物でそろえることも可能なのだが、ギネスがもったいないというので、銅級を主体にした素材を使っている。

 何度か料理を食べるうちに、アデライデが魔肉よりも魔蟲好きという事が分かり、一品は必ず魔蟲料理を付けることになった。

 今日の魔蟲料理は殿様飛蝗型の魔蟲を外殻ごと焼いたモノで、太い足は王城で食べた海老のような味で、胴体内はその海老の味に脂肪の甘みと旨味が加わって、なんとも言えない美味しさなのだ。

 殿様飛蝗型の魔蟲は、魔物としての危険度が低く、薬や魔道具としての素材としての利用価値もなく、銅級にランク付けされているものの、食材としてはとても美味しいので、食用部位は銅級としては高値で売買されている。

 次の出てきたのが銅級の兎型魔獣肉で、淡白で歯応えがあり、魔獣肉とは思えない、全く臭みのない上品な肉なのだ。

 だから香草等で臭みを消す必要がなく、塩だけで美味しく焼くことが出来るので、魔境に近い庶民の家では、おもてなし料理として供されることが多い。

 マギー達も美味しそうに食べているから、鉄級の魔獣を下手に香草で濃い味付けにした料理よりも、兎型を中心に野外料理を組み立てた方がいいかもしれない。

「おにいちゃん、わるいひとはぜんぶつかまったの?」

「そうだね。代官所にいた悪い人や、この町にいた悪い人は捕まったよ」

「ほかのまちにいたわるいひとも?」

「他の町? トラス宿場のヤクザ者達のことかな」

「おかあさんとおねえちゃんをいじめたひと」

「ヤクザ者は他の人に任せたから、御兄ちゃんもどうなったか分からによ」

「おにいちゃんがこらしめてくれないの?」

「御兄ちゃんが懲らしめた方はいいのかな?」

「おにいちゃんいがいはしんじられない!」

「そうか。マギーは御兄ちゃんを信じてくれるんだね」

「うん! おにいちゃんが、わるいひとをぜんぶこらしめてくれるの」

 やれやれ、こう言われると反省してしまうな。

 トラスのヤクザ者の事は、ブラッドリー達に任せて気にもしていなかったけど、どうなったか聞いておかないと無責任だな。

 後で外に出て報告を受けよう。

 それと、俺なら世の中の悪い人を全部懲らしめてくれると信じてくれているが、流石にそこまでの能力はないし、それを行えるだけの時間もない。

 だがマギーの信頼にこたえたい気持ちもあるし、ここはどうするべきだろう

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